ようやく本編です。文字数多めですが毎回このクオリティを継続させるのはおそらく無理って言うかもしかしたら失踪する可能性も十二分にあるって言うか..... まあ、そうならないよう頑張るんでよろしくお願いします。 では、どうぞ。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 「................」 もう廃墟と化したビルの屋上で、少女が柵に手を掛け眼下に広がる光を見下ろしていた。 空は今にも泣きだしそうな鉛色をしている。......いや、もう泣きだしたようだ。 少女は雨雫が身体を穿つように打ち付けているというのに、光の消えた目で只々灰色の街を見下ろしていた。 果たして少女に、この町は見えているのだろうか。 否、少女の視界に映るのは、これまでの散々な人生だけ。走馬灯よりもゆっくりと流れるそれは、確実に少女を終末へと導いていた。 ________ああ、苦しいよ。 『うわっ、オマエ、なんだよそれ!』 『気持ちわりー』 『知ってる!こいつ、忌み子だろ?』 『待って、ねぇ......』 『忌み子が話しかけるな!...もう行こうぜー!』 『おう!あっちで遊ぼう!』 散々頼んで、誕生日の今日、6月9日にだけ外に出ることを許された。 初めて地下室ではない世界を知った日。 _____もしかしたら、友達もできるかもしれない そんな淡い期待はあっさり打ち砕かれた。 『みんな、みんな、私が悪者だって.....私、何か悪いことしたの?!なんで何もしてないのにこんなに嫌われなきゃいけないの?!』 『うるせえ!お前が悪魔の申し子だからだよ!生かしてやってるだけありがたいと思え!』 『お前なんて生まれて来なけりゃ良かったんだ!』 幼い頃、父との会話が蘇る。.........いや、最早父とは呼べないか。それは母も同じこと。 私に味方はいなかった。只の一人も、だ。 私は誕生日を除いた日々を、暗い地下室で過ごした。 床で寝て、起きたら残飯が置かれているような、そんな日々。 何で、耐えてきたのだろうか。 ...............もっと早く、こうすればよかった。 逆に、何で私は今まで醜く生にしがみ付いていたんだろうか。 分からない。只、今死んだら駄目だという気がしたから、残飯でも何でもかっ食らって寝て起きて生きていただけだった。 地下室の中に残飯が置かれていないことも少なくなかった。そんな時は、唯一のライフラインである水道から水を飲んで腹を満たした。どうしても我慢できないときは自身の腕を噛んで血を啜ってどうにかしていた。 ............不味いとか、気にしている場合じゃなかった。 当時の私の生に対する執着は異常だった。もしかしたら、心のどこかで見返したいとか思っていたのかもしれない。 ........まあ、それももう終わること。 短く苦々しい思い出ばかりが頭を駆けて抜けていった。 せめて死ぬときは気持ちよく終わりたかったな..... まあ、贅沢は言えない。殺されず、自分の意思でこの結末を選べただけ感謝しようじゃないか。 柵の向こうへと向かい、改めてぽつぽつと灯りの灯る街を見下ろした。 下を見ると、やはり本能は反対するらしく、足を竦ませ私の決心を鈍らせる。 ああ、くそ、せっかくここまで来たのに、己の身体に今更邪魔されたくない。 雨雫がべっとりと黒いシャツを濡らし、それが肌に張り付いてくる。決して良いとは言えない感覚に襲われ、身体がぶるりと震えた。 これは寒さのせいだ。絶対にそうだ。 意を決して身体を傾け、爪先を地面から離す。 私の身体はビル群の隙間に落ちていくかに思われた、その時。 「何やってる!」 背中を中心に、じんわりとした暖かさが脳を刺激した。 * 「おい、なんて真似してんだ........」 私の身体を掴んで止めたのは16の私と同じくらいの少年。切れ長で、真っすぐな意志を湛えた鮮やかな赤色の目をしていて、それを引き立てる紺色の髪を白い紐で束ねて肩に流していた。 整った顔立ちとは裏腹に、彼の言葉遣いは乱暴だった。 「飛び降りるとか正気か?お前..........」 「......................」 相変わらず私を後ろから抱き締めたまま、ポンポンと頭を撫でてくる。 「辛気臭い顔してるし、何かあったのか?」 瞬間、ぐわりと頭がひっくり返ったかのような衝撃に襲われた。 「離して!」 「うおっ」 思わず暖かさの原因を突き飛ばしてしまった。 嗚呼、何をしている、今すぐ謝らないと。でも。 ______私に、「それ」を教えないで.......! その味は、知りたくない。知ってしまったら、もっと惨めに落ちてしまうだろう..........知りたくない.......!知る機会なんてないと思っていて油断していたら.....! 「私に...........触らないで.......」 まるで手負いの獣のようになってしまっていただろう。だが、私にはそれしかない。今はただ、悲しいほどに温かいあの感触を忘れたくて、二度と触れたくなくて必死だった。 「...........お前なぁ」 呆れたようにため息をつき、じりじりと後ろに下がる私を、一歩一歩追いつめてくる。今思うと、爛々と光るその瞳が恐ろしかった。 (裏の世界みたいな人だなぁ......声は全然だけど) 背が高い割には声は高めで、少ししゃがれている。 「..............ッ」 そのうち、柵に背中がぶつかってしまった。 「もう、逃げらんねぇなぁ」 此方を見下ろしてくる少年がほの暗く嗤う。先程まで高いと思っていた声はドスの利いた暗い声に変換されていた。怖い。 袋の鼠、という言葉が頭に浮かんだ。 「誰だか知らねぇけどよ.........!」 少年は両手で私の横の柵を掴んで体重をかける。悪魔のような顔が眼前に迫っていた。壁ドンだなんてときめいている場合じゃない。とにかく怖すぎる。 ヒュッ、と喉から息が漏れた。 死を覚悟した、その時。 「命は大切にしろよ!」 「...........え?」 あまりにも素っ頓狂な声が出てしまった。いや、え、ちょ...........その感じでそれ言う? 「約束だ!今後一切こんなことはするなよ!」 「いや、ま、え........」 困惑していると、彼は傾けていた体を起こして左手を差し出した。 「ほら、指切りするぞ。」 「え、ちょ、まっ、え、えぇ..........?」 私はおずおずと小指を立てた状態の左手を差し出す。 彼は私の小指に指を絡めると、呑気に歌い始めた。 「はいっ、ゆ~びき~りげ~んまん」 しかも地味に音程がちょっと外れている。 「う~そついたら........」 彼はそこでにっこり笑い、歌詞をすっ飛ばして最後の部分を歌い上げた。 「指切った!」 え、待って.........何されるの。ウソついたら何されるっていうの。 「よし、じゃあもう家に帰れ。家族も心配しているだろうしな」 「かぞ、く.........」 "家"という言葉、"家族"が"心配している"というワードだけが、いつまでも頭の中に反響して咀嚼することができない。 「あ............」 「どうした?もし遠いなら送っていくけど」 彼は察しのいい方ではないらしい。俯いた私を首を傾げて見ている。 よく分からない感情の連なりを吐き出すように言葉たちに意味を持たせて事実を世界に浸透させる。 驚くことに声は震えずすんなりと私の口から溢れ出した。 「家族なんていないよ。」 「..................っ」 「家もないの。私に居場所なんてどこにもない。 だから、だから.............死んだ方がっ..........マシ.....だった....っ!」 少年は目を見開いて此方を見つめる。いつの間にか、目からは涙が溢れ出していた。雨と混ざり、塩気は分からなくなっている。 「................じゃあ」 少年が突然私を抱き締めてきた。今さっき拒否されたのを忘れたのだろうか。.........いや、そうではない。彼の手が少し震えている。それが寒さからか、また拒絶されることへの恐怖なのか、そのどちらでもないしどちらでもあるのだろうか、いずれにしろ私には分からない。 「じゃあ、俺が、お前の居場所を作ってやる。」 あまりにも夢物語だ。砂上の楼閣だ。言っていることは小学生のようで、でも、その声に秘められた真剣さから気持ちを想像すると、どうにも彼が可愛く見えてきて。 彼を、信じてみる気になって。 「........分かった」 つい、返事をしてしまった。 その返事に満足したように、彼は微笑んだ。 そして、再び私に向き直ると、「それ」がある方の頬を片手で包んだ。 「にしても、何でそんなぶあっつい髪で目ぇ隠してんだ?見えねーだろぉ?」 「ヒッ..........」 髪をかき上げてくる彼の手に、悪意なんてないと分かっていても、思い出してしまう。 _________数年前、「それ」を隠してようやく抜け出せるようになった頃のことだ。 偶然仲良くなった同い年の男の子。彼は、私のことを好いてくれていた。 純粋な優しさに触れるのは初めてで、天にも昇る気持ちだった。 .......だけど、何度か会ううちに、彼は私の分厚い前髪の事を気にしてきた。 何とかはぐらかしてきたのだが、19回目に抜け出したとき、とうとう髪を捲られてしまった。 _______瞬間、彼の顔は軽蔑や恐怖なんかの感情で埋め尽くされた。 そして私に石を投げ、そのまま走り去っていってしまったのである。その当時、私は11歳。 今思うと初恋だったのかもしれない。そんな彼に、拒絶されて、石まで投げられた。もう五年経ったとはいえ、その時の絶望は未だに頭から離れない。 嫌だ、嫌だ。また、拒絶されたくない。折角仲良くなれそうなのに、「これ」のせいで、二度も己と同じ人に石を投げられるのか、嗚呼、誰か、助けて。 感覚も分からぬまま、ただ前髪の重さだけを感じて視界は真っ黒になった。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ありがとうございました。