この行動基準を見て、もしかしたら自分が責められていると感じた人がいるかもしれません。でもなぜそのように感じるのでしょうか? これまで私たちが育って来たこの社会では、男性は女性よりも強くたくましくあれ、弱音は吐くな我慢しろ、男性同士の競争に勝て、家族を築き守れ、モテるほうが男として価値がある、性的に強くあれ、そのような価値観が当たり前とされて来ました。 また、この基準に書かれてある問題ある行動も、男性的な特徴として許容や肯定がされてきたのではないでしょうか。 社会がそのような「男性のあり方」を掲げてきたからこそ、多くの男性が男性という自分のアイデンティティの中に、上記のような価値観や特徴を多かれ少なかれインストールしてしまっているはずです。 その結果、「問題だからやめよう」という指摘が入ると、男性が責められるように見える、それはつまり男性である自分自身も責められるように感じてしまうからだと思います。 ただし、私たちは、「これまでの男性像」は、男性という存在と分かち難く存在しているものではなく、社会によって癒着させられているものであり、分離可能なものと考えています。 つまり、今まで「男性=○○」と思っていたこととは違って、全く新しい男性のあり方もあるのです。それが「ジェンダー平等社会にふさわしい男性のあり方」です。 否定項目が多く、一見不自由に見えるかもしれないですが、「これまでの男性のあり方」という呪縛に縛られている男性たちこそ、私たちから見ると不自由に見えます。そこから解き放たれれば、「人としての自分」を自由に表現できるようになるはずです。 逆に、「責められている」という感覚があるのは、「これまでの男性のあり方」と自己のアイデンティティがどれほど癒着しているか、そしてどれほど変わるべき要素が強いかを示すバロメーターです。 これを機に是非アップデートを初めてみましょう。 じゃねえんだよ
女性用のも作っていいかなぁ