「ぐっ……はあ、はあ」 ここはルディ王国軍の訓練場。いえみけは、毎日の戦いの合間をぬって剣の稽古をしている。今日は実戦として、ライに相手をしてもらっていた。 「どうした? これで終わりか?」 「…いや、まだまだ!」 反応速度は上がってきたが、スピードの速いライを捉えるのは難しい。 「ボディーがガラ空きだぜ!」 いえみけの縦斬りをかわして胴斬り。いえみけは腹を押さえてうずくまる。ライは剣を下ろそうとするが、いえみけはまだだと首を振る。 (なかなか頑張るじゃねえか) ライは剣を構え直した。とどめの一撃を見舞おうと、ジリジリと距離をつめる。 「終わりだ‼︎」 ギン! と音がした。思っていたのとは違う硬い手ごたえに、ライはハッとする。 ライが剣を振る一瞬前に、いえみけも剣を振っていた。 「……今回は、僕の勝ちだ」 いえみけの突きだした剣は、ライの攻撃を防ぐと同時に、ライの頸動脈を的確に狙っていた。 いえみけが剣をゆっくり戻すと、ライの体から力が抜けた。 「ははっ! やられたな。木刀なのに怖さを感じたぜ」 「ライに純粋な剣術だけで勝ったのは初めてだよ」 「それじゃ、今日はこんくらいにするか」 「いやもう一本……」 「しつっこい! 少年漫画の主人公かよっ! 今日はもう終わりだ。服も汚れてるし、身体中ボロボロだろ」 「それはそうだけど……」 いえみけは不満そうにマントを脱いだ。 次の日。 ライはデンに昨晩の話をしていた。 「__というわけで、最近いえみけの成長がハンパないんだ」 「へぇー。努力してるのね、いえみけさん」 デンは感心して、「そうそう、そういえば」と付け加えた。 「アイデンシティが荒れているんですって。近々大規模に取り締まりにでるから、念のため属性剣士も準備をしておいてくれって。隊長さんたちから」 「了解。じゃあ訓練はしばらく控えるようにいえみけに言っとくか。アイツ、成長はしてるけど疲労も積もってるからな……」 言いながら、どんな状況でもあんなに激しい訓練はさせない方がいいな、とライは思った。 だって、明け方になるたびに、死にかかったいえみけをハーブと薬とコーヒーで蘇生させるのがお約束になりかかっているのだ。百歩ゆずったって、健康的な生活だとは言えない。 デンと別れると、ヒデが走りよってきた。 「大変です! 王国軍の中で、薬物中毒者が発見されました!」 ひどく取り乱して、息も切れている。ルディ王国ではいくつかの植物が危険物として指定されていて、規制もされている(しかも、その規制は王国軍が行なっている)ため、 だが、王国軍も長い歴史を持つ大規模な組織。こういったトラブルは古い記録にもいくつか残されている。そして、ライはこういう時こそ冷静さが重要なのだと知っていた。 「中毒者の人数と、名前は? 症状も教えてくれ」 「今のところ確認されたのは一人、なんですが……いえみけ」 「え?」 「中毒者の名前……いえみけさんです」 「そうk、、、え、ええー⁉︎」 思いもよらなかった名前が出てきた。ライの顔は、真っ青になった。 「ちょっと来てください。実際の様子を見せますので」 ヒデについて病室へ行くと、個室のベッドにいえみけが寝かされていた。ベッドの脇には二本の剣、サキエルと兼光が立てかけてある。 病室にいた赤毛の青年がライとヒデに気づき、声を上げた。 「あ、ここは立ち入り禁止です! 面会希望なら入り口で申請して、許可を得てからにしてください」 「許可はもらってきました。ヒデ・ヒロムとライ・アルバロで」 「えっと……? まだ連絡が来ていませんね。確認してくるので、少し待っていてください。病室の外で」 「病室の外で」と言う声に妙な迫力を感じたライたちは、結局青年が戻ってくるまで病室の外にいた。 「先ほどは失礼しました。確認が終わりましたので、中へどうぞ」 ベッドに横たえられたいえみけは、見たところ健康そうだ。特に体に不調があるようには見えない。 「本当に、中毒になんてなってるのか?」 「はい。肉体ではなく精神に影響を及ぼすタイプなので、今は眠らせています」 青年は簡単に説明をした。 朝の時間になってもいえみけが集合しないので数人の隊員が見に行ったところ、いえみけは廊下の真ん中で眠っていた。起こそうとしたら襲いかかってきたので、オリバー隊長が「睡眠誘いしララバイ」で再度眠らせた。医者に診てもらったところ、精神が錯乱状態にあり、魔法などではなく薬物が原因だというところまでがわかった。 そして、薬物の特定と解毒を任されたのが、この目の前にいる青年である。 「マジかよ……ところで特定ってのは医者じゃなくてお前がやるのか?」 「あ、はい。実は僕は剣士なんですが、血を操るという能力が『こっち向き』だから、ということで担当を任されました。医者は色々忙しいから、こあまり時間がかかりそうな案件を押し付けることはできないと。……申し遅れました、僕はカーラム・アブルートといいます」 「ああ、よろしく。挨拶も早々になんだが、特定はもう進んでいるのか? 数日後に大規模な戦闘がある予定だから、早めの解毒を頼みたいんだが」 「いえ、それがまだ全然進んでないんです。一般に患者の精神がやられている場合は、挙動や様子から薬物の系統を絞り込むのがセオリーと言われています、が……しかし、ここにはその専門家がおらず、僕だけで特定する自信はありません。起こすのも怖いし……」 「まあ、そうだよな」 ライも同感だ。専門家でもなければ医者でもない、この気の毒な青年も困っただろう。しばらく寝かせておいて、南の大陸から詳しい人間を呼んだ方がいいに決まってる。 その時、ヒデがとんでもないことを提案した。 「じゃあ、ここにいるライさんが相手をしますよ。こう見えても、彼は実力者ですからね。生かさず殺さず、適度に煽って相手の言動を引き出すのはお手のもの。でしょう?」 オイ、ちょっっっっっっっと待て! 「でしょう? じゃないっ! なんでだよ! 今コイツを起こしたとして、オレたちに何ができるってんだ。特定できるかどうかもわからないのに、無駄に色々消耗させて……」 ライが言い終わる前に、大きな音と共にドアが開き、血相を変えた一人の看護師が駆け込んできた。 「あ、カーラムさん! オリバーさんから伝言で、『属性エネルギーを戦闘で大量に消費してしまったので、ララバイがそろそろ切れる』と……」 「なんだって⁉︎」 「まずい!」 ララバイの効果が今切れたら、いえみけが目を覚ましてしまう。 そうなったら、きっといえみけは暴れ出すだろう。 狭い病室の中では、取り押さえるのも大変だ。 「ヒデ、カーラム! 急いで、いえみけを運び出すのを手伝ってくれ! 屋外訓練場へ移動させるぞ!」 「はい!」 訓練場に着いた時には、いえみけが目を覚まし始めているのが見てわかった。かすかにうめき声を上げたり、指先を動かしたりしている。 「ヒデ、訓練中の隊員たちの避難を頼めるか? オレはいえみけが暴れ出したら、なんとかする」 「わかりました」 ヒデは短く答え、走っていった。 「さてと……カーラム」 「はい?」 「薬物の種類の絞り込みって、どうやるんだ?」 「! 引き受けてくださるんですか⁉︎」 「……どうせ目を覚ましちまうなら、疲れさせてまた眠らせる前に少しでも仕事を進めたいだろ」 「ありがとうございます! えっとですね、人格がどう変化しているかを調べたいので、話しかけて、普段と違うところを教えていただきたいです」 「よし、わかった。やってやるよ」 ライはカーラムを武具置き場に入れると、寝かせてあるいえみけから二メートルくらい離れた場所でその時を待った。 それからどれくらい経っただろう。ライが待ちくたびれ始めた頃、雨が降り出した。 「雨かよ……」 雨は視界を悪くし、動きを鈍らせる。怪我をしていると体温も奪われるので危険だ。 さらに、ライにはもう一つ、雨が嫌いな理由があった。おそらくは、雷の能力者として。 体や剣が濡れると、エネルギーをうまく操作できなくなるのだ。体内を巡らせているはずの属性エネルギーが、水を通して外に流れていってしまう。海でモンスターを倒そうとしたら、感電して死にそうになったこともあった。 外に来たのは失敗だったか。室内訓練場に運ぶべきだったな。 不意に背後から殺気を感じ、ライは振り向いた。 「いえみけ……」 うつむいたままゆらりと立ち上がったいえみけは、顔を上げた。 その目は、灰色の空を映して暗く深い灰色だった。 「おいっ、いえみけ!」 「……何?」 ライが呼びかけると、いえみけはゆっくり答えた。 ライは一瞬面食らったが、気を取り直して続けた。 「お、お前……大丈夫なのか?」 「何が?」 「それは……その……」 ライは言葉を濁す。「お前は今、薬物中毒でおかしくなってるんだ」なんて、そうやすやすと言えるものではない。 「どうしたの? 珍しく歯切れが悪いね」 いえみけはそう言ってクスクス笑った。 「そう言うお前は、珍しく挑発的だな」 「言ってみなよ。どうせもうわかってるんでしょ?」 「! お前、まさか……!」 ライは、あることに気づいて顔をこわばらせた。 「そうだよ。僕は、自分が何をしたかは全部覚えてる。寝惚けて隊員たちを襲ったことは謝るよ。あれは僕の意思じゃないけどね」 これには、ライだけではなく、カーラムも、ヒデも、偶然近くにいた他の隊員も衝撃を受けた。 巻き込まれたのか、そうでなくても誰かに騙されただけだろうと思っていたのに。いや、まだ判断するのは早計か。だが、その発言が真実なら重大な規律違反、どころか……。 様々な憶測が飛び交う。しかし、ライは信じたくなかった。こんなにもあっさり、それに薄ら笑いを浮かべながら、自分の悪行を暴露するなんて。そんなの、BDやらロベリアやら、悪いことを楽しんでいる連中と同じじゃないか。 「てめえ……!」 怒りに任せて剣を引き抜きかけたライだが、その手は途中で止まった。 「……なんでだ。なんでこんなことをしたんだ」 苦しそうにライは尋ねた。 「強くなれるから」 いえみけは答える。 「友達がいなくなったあの日に、僕は強くなると誓った。もちろん代わりになれるわけじゃないけど、その何倍も強くなればみんなの役にも立てる。何より、僕のために命を犠牲にしたままのドラkのためにも……いや、庇われたままの自分でいることが、僕は許せなかった」 話し続けながら、いえみけは胸の前で手のひらを合わせる。 「いくら修行しても、属性エネルギーの問題は解決しなかった。それで、僕は手段を選ぶことを放棄した」 いえみけは合わせていた手のひらを左右に引いていく。すると、何もなかったはずの空中から水の刃が現れた。 「このハーブは効いたよ。どうやっても安定しなかった水のエネルギーを、一発で自由に制御できるようになった」 「どうして……! あんなに頑張って訓練してたじゃないか……」 ライは虚しさを感じていた。理解できない。目の前にいるこの少年の気持ちが。 「ダメだって言うなら、僕を倒してみなよ。ライの……力でさあっ!」 いえみけは斬りかかってきた。 「くっそ!」 剣を抜いて、ライも応戦する。 思ったより長くなってしまったので一度切ります。 「双剣物語」様 〈他の作品が見れるとこ〉