・管理人視点があります ・ゲーム内で生成される職員の名前を使用しています ・職員は死にます ・多少のグロがあるかもしれません ・クオリティは期待しないでください
今日もまた目が覚める。同室だった仲間たちは1人、また1人と他部門に配属されて気づけば自分しかいなくなった。コントロールチームの寮室は静かで、1人で使うには広すぎる。うるさく鳴り響く時計を止めて、ベットから出る。何をするにも億劫で、パジャマのまま栄養ゼリーとエンケファリン錠剤を飲み込む。徐々に体温が上がりだし、ぼんやりとした多幸感と理由もなく気分が高揚する感覚に身を任せた。 食堂に向かうと数名の職員の話し声が聞こえてくる。 「おはよう、ジョイ! 朝ご飯どうする?」 今日の朝食はデラニーが作っているらしい。ほぼ毎日料理好きな職員がキッチンに立って料理を振る舞っている。 「おはよう。もう部屋で食べたから大丈夫だよ。ありがとう!」 「そうなの?たまにはちゃんとしたものを食べないとダメよ」 「わかってるよ」 モニターに映された本日の配属とEGOに目を通す。いつも通り自分の名前しか無いコントロールルーム、何日も変わっていないEGO。小さくため息をついてロッカーに向かった。 ロッカーを開けてEGOに袖を通す。ネクタイを締め、すっかり手に馴染んだレイピアを腰にさす。コントロールチームに移動し、マルクトからチーフの腕章を受け取った。 「今日もコントロールチームの職員として頑張ってください」 いつも同じようなセリフを繰り返している。 「はい。もちろんです」 僕もいつもと同じ言葉を返す。コントロールチーム、と大層な名前がついているが、どうせ試練の鎮圧ぐらいしかやることはない。罰鳥は放っておいても帰って来るし、収容されているアブノーマリティも弱いものばかりなのだから。 業務開始のブザーが鳴る。管理人からの指示はない。エネルギーの少ないアブノーマリティにかまっている暇はないのだろう。指示がないとメインルームから出ることも許されない僕とは違い、オフィサーはふらふらと廊下と部屋を行き来している。1度目のクリフォト暴走がおきた。コントロールチームの収容室に異常はない。罰鳥が逃げ出した。オフィサーがこちらを見る。罰鳥は放っておいたほうが良いということぐらい聞いていなかったのか? 声を出すのも面倒で、どうせ死ぬのだからと気づかないふりをする。はじめの数日はオフィサーともちゃんと会話をしていた。彼らは僕らと違って弱くて、作業もしないが、それでも同じ会社で働く仲間だと思っていた。挨拶をして、雑談をして、襲われていれば助けていた。 たしかあれは、はじめての紫の白昼の試練のとき。急に管理人から廊下に出るように指示があり、僕らはそれに従った。閉じかけた扉から彼らが石板に押しつぶされるのを見た。衝撃で臓物を飛び散らせ、染みに変わるのを見た。かろうじて息のある1人が僕たちの方を睨んで、憎悪を口にしたのを見た。「どうして」そう口が動いて、睨んだ目をそのままに息絶える。その醜悪さに吐き気がした。彼らは僕らとは違う。自分で自分の身も守れない、数合わせ用の肉塊。そう思ってしまえば楽だった。叫び声は蝉の鳴き声、飛び散った血液はペンキと変わらない。優しい仲間が傷ついた表情を浮かべるから、できる限り死なないでほしいとは思っていたが今はそんな事を気にする必要もない。 そんな事を考えているうちに管理人から鎮圧指示が飛ぶ。琥珀の黎明が出現したらしい。レイピアを抜き駆け足で廊下へ向かう。ついた途端に飛びかかってくる完全食を串刺しにして、もう一匹に叩きつける。廊下の奥でオフィサーに群がる残りの2匹を蹴り飛ばし、力いっぱい踏み潰した。体液が飛び散り、靴が汚れる。オフィサーの怯えた視線が煩わしくて、早足でメインルームに戻る。武器をぬぐって腰に戻すとまた管理人から指示が飛んだ。 テレジアにクリフォト暴走が発生しているらしい。すぐに向かえといわれ、逆らう理由も手段も持たない僕は収容室に走った。 中央の机の上に置かれたオルゴールに駆け寄り、慣れた手つきでゼンマイを回す。心地の良い音色が流れ出し、心が癒やされていくのを感じる。仲間が作業をしているときなどはこのオルゴールが役に立った。少女がくるくると舞う。普段はすぐに退出の指示が出てしまい、最後まで聞いたことはなかったが、今日は違うらしい。折角の機会だと考えて曲に耳を傾けた。繰り返されるメロディーが反響し、頭の中を満たしていく。ゼンマイはなおも回り続け、オルゴールの音が脳を揺らした。不意に、平衡感覚を失い、床に膝をつく。立ち上がろうにもめまいが酷く、自分の足が、腕がどこにあるのかがわからない。押し寄せる音楽から少しでも離れようと扉に向かって這い進んだ。 扉に手をかけたところで「どうして」と背後から声が聞こえた。「どうしてお前たちだけが助かった」「どうして助けてくれなかった」「どうしてーー」気づけばオルゴールの音は消え、代わりに僕を責める声が響いている。笛のような音が喉から聞こえた。息がうまくできない。視界が霞む。死体が積み重なっているのが見えた。何十もの顔が僕を見ている。自分と目が合う。ちがう、ぼくはここにいる。じゃあ、あれはなに?ぼくがつみかさなっている。ぼくがぼくのくびにてをかける。ぼくはそれらのうちのひとつになった。 ______ _ 「管理人、コーヒーはいかがですか?」 モニター越しに指示を出しているとアンジェラが背後から声をかけてきた。 一時停止を押して振り返る。 「またかい?アンジェラ。コーヒーは1日2杯までと決めているんだ。カフェインは判断を鈍らせるような気がするし、健康にも良くないからね」 彼女は返事をする代わりに、大きくため息をついた。 「……その態度は、少しひどいと思うのだけど。そういえば、サボテンに水をやっていなかったね。ただでさえ日当たりが悪いのに、もう何日も水をやっていないなんて、枯れてしまっては困るんだ。花を咲かせるのをずっと楽しみにしているんだから」 水差しを持ち上げてサボテンに向けると、アンジェラから静止の声がかかった。 「いい加減にしてください」 苛立ったような、呆れたような声色に困惑する。そんなに自分がコーヒーを断ったのが気に食わないのだろうか? 「どういうことだい?何か怒らせるようなことをしてしまったかな?」 私の質問に彼女はもう一度深くため息をついた後答えた。 「そのサボテンに水をやるのは今日で2回目ですし、私がコーヒーをいれたのは、先ほどが1度目です」 「そんなはずは……」 そんなはずはない。そう言いかけたが、アンジェラはその言葉を遮るようにして、少し早口で続けた。 「私は何度も言ったはずです。職員のすべてを生かす必要はないのだと。私達の仕事はエネルギーを作ること。そのために必要な犠牲もあるのだと、あなたに繰り返し伝えました」 「もちろん、覚えているよ。でも、それを許容することはできない」 覚えてもいるし、わかってもいる。しかし彼らを捨て駒のように扱うのはいくらなんでも酷いのではないかと、エネルギーごときのために人の命を消費することが本当は正しくないのではと、そう思うと割り切れずにいる。 最高峰のAIが、数秒、言葉を探して口ごもる。 「……あなたは、あのとき私とシャンパンを開けるべきでした。犠牲となった職員を悼み、気持ちを切り替えるすべを身に付けなければならなかった」 「そうかも知れないね」 そうするべきだったと自分でも思う。 「繰り返せば、いずれ最良の結果が得られると思っているのですか? 「もちろん。不可能なことではないはずだ」 そう。不可能なことでは、ない。 「本当に? これまでに何度繰り返したと思っているのですか? あなたのミスがだんだんとよりひどいものになっていることを自覚していますか?」 「わかっているよ」 何度もサボテンに水をやって、コーヒーを何杯飲んだのかもわからなくなって、今と前回の区別ができなくなってきている。 「いいえ、あなたは何もわかっていない。これはあなたのために言っているのです。今からでも遅くはないはずです。あなたが取り返しがつかないほどに壊れてしまう前に考えを改めてください」 「それは、彼らを見捨てろと言っているのか? ここには助ける手段も時間もあるというのに」 彼女は自分のことを心配してくれているのだろう。それでも、ここまで来て諦めるわけには行かない。 「では、全員を助けるつもりですか?」 「ああ。当然だろう?」「オフィサーたちも?」 部屋から音が消える。自分が考えた、助けられるべき全員にオフィサーは含まれていなかった。彼らがちゃんと役に立つことはほぼないし、最近は邪魔に思うことも多かった。自分が助けたいのはエージェント職員だけだ。なんと傲慢で、自分勝手なのか。結局自分のものが壊されるのが気に食わないだけのくせに。 アンジェラからみた自分はさぞ滑稽だっただろう。意味のない事にこだわって、ひたすらに時間を無駄にして、おまけに自分を善人だと思い込んでいるときた。 「チェックポイントまで戻れば死んだ職員は復活するんだよね?」 返答は求めていなかった。今更、今までと同じことを続けられるとは思わない。一時停止を解除し、作業指示を出す。エネルギーが溜まったことを確認し、業務終了を押した。 死者1名。それも施設内ですぐ作れる装備だ。2日後にはチェックポイントに戻る予定なのだからなんの問題もない。 画面越しに職員たちが慌てる様子をながめる。彼らにとっては同僚が死ぬのは初めてのことなのだろう。元同室の職員が取り乱して涙を流している。他部門の職員が信じられないといった表情で亡骸を眺めている。彼らが初めて死んだ時、自分はどんな表情を浮かべていたのだろうか。少なくとも涙は出なかった。 ……流し込んだシャンパンの弾ける感覚は案外悪くない、と思う。