2025年1月19日 私は、キャンプ帰りの重い荷物を背負い、東京駅に向かっていた。 幸せの黄色い新幹線─── ドクターイエローの、最終検測(多分)を見送るためである。 私自身、ドクターイエローは新神戸の駅と沿線で数回見たのみだが、いつ見てもその姿には圧倒される。やはり、その色によるものだろう。湘南色やスカ色では、こうはなるまい。 事前情報では、ドクターイエローの入線は16番線に17時55分。私は、すでに人の群がってる14・15番線に陣取った。 (図1) →至新大阪 17番線────────────────────── ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎ 16番線────────────────────── 15番線────────────────────── ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎←ココ 14番線────────────────────── 集まった顔ぶれを見るだけで、ドクターイエローの知名度を感じさせる。 これから16番線にやってくるのは、幸せの新幹線・ドクターイエロー。私は高鳴る鼓動を感じながら、冷静にカメラの電源を入れた(充電ギリギリだった)。 17時53分、15番線にいた回送が出て行くが、間髪入れずに18時3分発のひかり655号が入ってくる。じれったさを覚えつつカメラをいじっていると、前方で歓声が聞こえる。 慌ててカメラを構えるがもう遅い。画面には、すでに“それ”が写っていた。人垣と15番線の列車の隙間から、特徴的に車体が見え隠れする。例え暗くともよく分かる鮮やかな黄色、一目見て特別と分かる光り輝く黄色だった。すぐにカメラを下げ、ホーム後方に移動する。18時03分に15番線のひかり655号が出てからは、ひたすらに、容量も気にせずに(気にするほどでもないが)写真を撮った。カメラを上げるときに見た姿が、直接目で見たほぼ唯一の姿になった。この日唯一の心残りだ。 駅員さんが放送をしていたようだが、詳しく聞こえないほど夢中になっていた(撮影は、ホームに列車のいないことを確認して行いました)。 上手く撮れないなと思ったが、理由に気がついて息を呑んだ。 前照灯が明るいのである。 当たり前だという意見もあるだろう。私の写真の腕が低いのも確かだ。 だが、明るく煌々と鉄軌を照らす光は、やはり明るかった。 やがてドクターイエローは、音をあげて東京駅を走り去っていった。10分ほどあったはずだが、稲妻のような出来事だった。 後ろ姿に向けて、軽く手を振った。本当はさようならコールでもしてみたいものだが、やめておいた。まだドクターイエローの仕事は残っている。安全を守る新幹線は、最後までやり切らなければならない。多分、本人が一番よくわかっているはずだ。 これは、キモオタと思われたくないがための自己満足かもしれない。でも、これまで働いてきた車両に、せめて少しくらい、ねぎらいの意を示したかった。少なくとも、そう思っている。 去り際の黄色い新幹線は、白い子分たちを先導していく、とても頼もしい存在に思えた。心残りは不思議と少なく、安心感の方が強かった。先ほど見た姿がよほど強く残ったのだろう。 帰りの車内で、ふと考えた。 「あぁ、あれが幸せだったんだな」と… 虚仮威しのように聞こえるかもしれない。決して救われたわけではない。でも、確かに私は幸せだった。 幸せは、永遠じゃない。 でも、一つじゃない。 何万、何億もの命を預かり、幸せを届けてきた黄色い新幹線・ドクターイエロー。 幸せは、ちゃんと僕たちの手に届いたよ。 君のくれた幸せは、きっと忘れないから─── 2025年1月19日 ドクターイエローT4編成 最終検測
面と向かって言えないことを言えるのがSNS(危険) 確かに黄色い車体には何かしらの魔力があると思います。 24日には、ツアーで新大阪まで往復します。撮影に行く方はぜひ! 最近文章系しか作ってない()