以前書いた短編作品「海の守り人」の続きです。 ========================================= _______私の事を、どうか、忘れないでください。 たった一枚の置き手紙と共に、俺の上司は海の彼方に消えていった。 _____* 「......」 ぐっと服の胸元を握りしめた。 水を含んで重く圧し掛かるTシャツは、俺に残酷な現実を突き付けていた。 「......なんで、お前もいなくなるんだよ......」 涙か海水かわからない液体が、目を濡らす。 「Poseidon......」 俺の中に在った{Poseidon}の力は、俺が年を取るごとに弱くなっていた。 明確に弱くなったことを自覚したのは、いつの話だろうか。 確か......Poseidon、と、呪文でなくても正しい発音で発することが出来るようになった頃からだと記憶している。 あの頃の上司と同じ年である15歳になった現在では、海に沈もうが名を呼ぼうが、俺の中のPoseidonが反応することは微塵も無かった。 自分で泳いで岸に辿り着くことが出来るようになってしまったのも原因なのだろうか。 ______ずっと続くと、思っていたのに。 解っている。神は常に幼いものを愛でるし、神をこの身に宿すには、俺の器は小さすぎた。 実際、何度か死にかけたのだ。 「あーあ......続けたかったのに」 給料もそんなに悪くなかったし、スリリングな体験はなんだかんだ言って面白かったものだ。 検査をした隊員は慰めるように説明してくれた。 「年齢を重ねると力が無くなっていくのは、よくあることですよ。昔でも、女子などは初潮を迎えると力が衰えることが殆どでした。」 だから、何も珍しいことではない、と。 その慰めが、何の役にも立っていないことに、検査員は気付いているのだろうか。いや、きっと気付いていないだろうな。 俺の中に在ったPoseidonが、一体海の中で、三叉の槍を持ち、何をしていたのかは、全く解らない。 身体にPoseidonを宿している時の記憶は無く、故に、真似事などしようとしても何もできない。 一応、僅かだが水属性の力があると言われ、力を増大させるバッジを付けて訓練に参加している。 でも、そこでも俺は痛感した。 Poseidon無しの俺は、どれだけ弱い存在だったのかと。 精々、水球を出してぶつける位だ。 力を増大させてもそれなのだから、本当に俺の力は僅かだったのであろう。 今では補助隊員として、事務作業ばかりをこなす日々。 単調な日々にも、もう慣れたが、それでも時には恋しくなる。 数多の海と、時々の空が見せる表情が。 ______* 「ゲホッ...ゲホッ......ぉえ」 頭の中に、私ではない誰かの怒りの声が反響する。 無理矢理取り込んでいるのだから無理もない。 口から胃液と血が混じって流れ落ちる。 (今日のは...ちょっとひどいな) もう30分はこんな状態だ。トイレの中は、胃液のつんとする臭いと鉄さびのような血の臭いで溢れかえっていた。 部屋の中にまで臭いを持ち込むわけにはいかず、戸を閉めるので一層臭いは強くなる。 なぜこんなことになってしまったのか......と何度も思うが、すべては私が望んでやったことなので何も言えない。因果応報、自業自得だ。 かつて、私はある少年を部下に持つ(自分で言うのもどうかと思うが)エリートだった。 その少年は、海に愛されていた。 Poseidon...つまり神に等しい力を持ち、忠実に任務をこなす素晴らしい部下だった。 いつの間にか、年下というのも厭わず惚れてしまっている自分がいた。 惚れた弱み、というんだろうか。恋は盲目、ともよくいうが、彼が何度も死にかけて戻ってきたとき、いつも胸が張り裂けそうな思いだった。 それに、私には分かっていた。このまま彼がその身にPoseidonを宿し続ければ彼の身体は近いうちに破滅する。注がれる魔力量が増えているのに、彼の魔力を受け入れる器は小さくなっているからだった。 それに、一気に魔力を注入する、というのも身体によくない。中毒を起こしてしまう危険性が高まるのだ。 もう、これ以上、彼に傷ついてほしくなかった。 幸いなことに、彼自身はその有り余る力が自信を破滅に導くとは露ほども思っていなかった。だから...... 私が代わりに背負う。この身に変えてでも、彼を守りたい。彼には、幸せな顔で笑っていてほしいから。 _____何故、引き離した_______ 重い声が脳天に響く。 返事をしてやる義理はない。 トイレの中で、血と吐瀉物にまみれた便座に頭を預けて座り込む。 私はお前と共に死ぬ。Poseidon。 私が死んだとき、お前もまた、この世に干渉する力を失うのだ。 1億年に1度というほどの大掛かりなものだったのでしょう?私如きに台無しにされて、可哀想に。 私は彼より水属性の力を多分に有しているから、結びつかざるを得なかったでしょうね。 その上、大切な仕事道具である槍まで私のものにされたのだ。きっと怒り心頭だろう。でも、それでいい。 私は、幸せに暮らす彼の裏方として、サポートとしてひっそりと消える。抱えているのは爆弾だが、派手に爆発させて気取られるようなことはしない。 ..........だから、どうか、幸せに生きて。私を踏み台にして、あなたはあなたの道を見つけてほしい。 海彦。 ______* 「どこに行ったんだろう.......本当に」 "もう二度と会うことはないでしょう" その一文が書かれた手紙は、涙で滲んでほとんど読めなくなっていた。 好きだったのに。好きだったのに。 神も、俺たちに容赦などしてくれないらしい。まあ、寵愛を失ったのだからそれも当然か。 「粋貝さん.........」 自室の扉に座り込む。膝に涙が落ちてズボンに滲んだ。 その涙をかき消すかのように、頭を膝にこすりつける。 決してあの人には聞かせられない醜い嗚咽が響いた。 ______かわいそうに、かわいそうに_____ 声が聞こえた気がした。 ______救ってやれない、未熟な私を許して______ ああ 「あの人に会いたい」 世界を縁取る水平線の彼方に解けて消えていった、 あなたに。 ========================================= バッドエンド...?読了ありがとうございました!暗い話も厭わず食う精神を最近手に入れました。