3.11 14:46 東日本大震災が起きました。1日投稿が遅れても震災でお亡くなりになられた方への悲しい気持ちは変わりません。 3.11で親を失った子供、子どもを失った親に追悼します。私は3月7日金曜日、津波の被害にあった宮城県の大川小学校に行ってきました。その小学校では早退した方を除き、全児童職員74人のうち、70人が死亡、4人がいまだに行方不明です。3.11の朝、いつものように「いってきます」という言葉を親に掛け、学校に行く。全てこれが一瞬でなくなってしまう。僕は3月11日、震災で被災した方々への追悼の気持ちを込めて黙とうをしました。 いままでありがとう
2011年 3月11日 いつもと同じ朝でした 「行ってきます」の後ろ姿を見送ったあの日 「寒かったでしょう」と温かい手で抱きしめてあげたい わたしたちの記憶を未来の命へつなぐ わたしたちとは、震災で亡くなられた方、行方不明の方そして今を生きる私たちです。 わたしたちの記憶とは、震災の記憶だけではなく、大地震が来る一分前、一秒前までの日常の記憶であり、すべての人々の記憶です。 あの日、私たちは、いつもと変わらない日常を過ごしていました。いつものように仕事をし、いつものようにご近所さんと何気ない会話を楽しみ、いつもどおり教室で学び、いつもどおり子供たちの帰りを待っていました。それぞれの日常を生きていたのです。 地震が起こるその時まで。大津波が襲い来るその時まで。 日常は突然消えました。そして、たくさんの大切なものを失いました。けれども、それはどうして失わなければならなかったのか。それを問い続けていかなければなりません。今を生きている私たちが、未来へ何を伝えたいのかが大切なのです。 自然とともに生きることの意味を 命の重さを知ることの意義を そなえる意識を持つことの大切さを あらためてともに考えてほしいのです。