「だから、その日まで、またね」 〜第三話 またね〜 「……落ち着いた?」 散々泣いた僕をなだめるかのように、ハクが背中を優しく叩き続ける。 一定のリズムで伝わる温もりが、どうしようもないほど心地よくて、僕は強張った体から徐々に力が抜けていくのを感じた。 ずっと泣いていた目はひどく腫れていて、鼻の奥がツン、と微かに痛む。前触れなく、不規則にしゃくりあげる喉が、鬱陶しくてたまらない。 でも、どれもが生を証明するものなのに、不思議と気分は悪くなかった。 少しずつ呼吸が整ってきた僕を見て、ハクが体からそっと手を離す。 暖かさが遠ざかっていくのが心細くて、そしてそう思っている自分がいることに、戸惑いを感じた。 もらった愛、感情、どれもこれも初めてのことだらけで頭の理解が追いつかない。 だからだろうか? ……こんなことをしてしまったのは。 「……まだ、帰らないで」 気付けば、僕は、ハクの袖を握っていた。 「ずっと立っているのもなんだし、あそこのベンチにでも座る?」 ハクが指差す先にある、小ぶりなベンチに腰掛ける。 その瞬間、いつの間にか溜まっていた疲労がどっと押し寄せてきて、思わず背にもたれかかってしまった。 辺りはだいぶ暗くなってきていて、遠くにほのかに光る街灯が見える。 時折、僕とハクの間を通り抜けるようにして吹くそよ風が、涼しくて快い。 僕は、その風に言葉を乗せるように、小さな声で話し始めた。 ……自分は学校でいじめられていること。 ……親は自分を置いて、どこかに消えてしまったこと。 ……殴られ蹴られ、いつも体全身が痛くてたまらないこと。 ……人の顔ばっか窺い続けて、同じことをするのにももう疲れたこと。 ……愛なんて、神様なんてどこにもいないと思っていたこと。 ……何をしても、しなくても、変わることなのない日々に嫌気がさしたこと。 ……もういっそのこと、死んでしまいたいこと。 ハクは、僕の下手で、長くて、何度もどもってしまうような話を、笑わずにずっと聞いてくれた。 全てを話し終えると、ハクは小さく息を吸って、「そっか」と吐き出すように呟いた。 二人とも黙ったまま、無言の時間が続く。 夜の公園は、昼間とは想像がつかないほど静けさに包まれていて、独特の神秘を放っていた。 「……命が、欲しくはないの?」 ポツン、と水の中に垂らした絵の具のように、ハクの声が闇へ吸い込まれていく。 どういうこと? 僕は聞き返す。 「確かに、そんな毎日だったら生きるのが嫌になるかもしれない。死にたくなるのかもしれない。それでも、明日こそ良いことがあるかも……って、そんなこと思えないよね。 ……ごめん。今のは忘れて」 「ううん。いいよ、謝らなくて」 そう話すハクの姿が今にも消えてしまいそうで、僕はすぐさま否定する。 「ハクの言うことは、きっと正しいよ。でも……きっと僕には正しすぎるんだ。正しすぎて、眩しすぎて、今の僕じゃ耐えきれない。明日に、希望が持てなくなっちゃたんだ。 ハクのせいじゃないよ。全部全部、僕のせい。 だから……謝らないで」 それに、ハクと会えたことで、今久しぶりに楽しいって思えてるし。 そう付け足すと、ハクがわずかに口角を上げる。 「……キミが、そう思えてるなら良かった」 僕もつられて、笑おうとする。と、ーーいきなり、背後でガサガサっと草木がざわめく音が。 僕は慌てて口元を引き締めると、後ろを睨む。 (全然、気が付かなかった。もしかしたら、後ろに誰かいるのかーー⁉︎) それが、あいつらだったら……不味いことになる。 緊迫した空気の中、一秒、二秒と時間がすぎてーー 「にゃお〜ん」 どこか間抜けたような、猫の鳴き声が響いた。 ……は? 僕は思わず放心状態になる。 一拍遅れて、隣から喉を押し殺すような声が聞こえてきた。 僕が横に視線を向けると、肩を震わせて笑いを堪えるハク。 しばらくは我慢して小さな声だったが、すぐに大きな声で笑い出した。 「ふふっ……ふ、ね、猫って……そんなに、ビビらなくてもっ……ふっははっ!」 可笑しそうに腹を抱えて笑い転げるハク。笑いすぎて息をするのも苦しそうだ。 「……そんなに笑わなくたって、いいじゃないか」 僕はふてくされる、がそんなことを気にも止めずにハクは笑い続けた。 そんな僕も、最初は頬を膨らませて怒っていたが、結局ハクと一緒に笑い出してしまった。 暗闇のなか、絶えず反響する二つの笑い声。 やっと、笑い終えた時には息も絶え絶えになっていた。 「あぁ……ほんっとに面白かったぁ……」 まだほとぼりが覚めないのか、ハクは時々思い出し笑いをしている。 そんなハクの方に視線を向けながら、僕はそっと手に持っていた荒縄を撫でた。 ザラザラした手触り。本当は死ぬはずだった今日のことを思いだす。 生きるのが苦しくて、辛くて、今日こそは絶対に死んでやるんだ。 そう決めて出たはずの家。 これまでの苦しさを全て込めて作った、首吊り用のロープ。 なのに。 どんな運命、いや神様のいたずらなのか。 僕は今、自称神様の少年と、こんな風に笑い合っている。 ハクの動きと共に揺れる、純白の髪。感情を鮮明に、綺麗に映し出す真紅の目。 全てが、現実ではなく夢幻のように映る。 「……そろそろ、帰る時間だ」 ハクが、ベンチからゆっくりと立ち上がる。 「……また、会えるかな」 僕は、ハクがまたいなくなってしまうのが寂しくて、思わず口に出してしまった。 ハクが少し口を開いてから、困ったように、眉尻を下げる。 しかし、僕が言葉を打ち消そうとする前に「会えるよ」と言い切った。 「会えるよ。絶対に。 ……そうだ、またこの公園で会おう。今日みたいに、空が薄闇に染まる逢魔が時に。 キミと初めて出会った木の下で。 そうしたら、いつになるか分からないけど……また、絶対に来るから」 「絶対に?」 「うん。絶対に」 ハクがさながら神様のように、完璧な笑みで答える。 「だから、その日まで、またね」 そう言うと、ハクは公園から駆け足で去ってしまった。 取り残された僕は、一人ベンチに取り残される。 (またね、か……) そんな言葉のせいで、僕はまた死ねなくなってしまった。 「とんだ呪いをかけてくれたな、神様め」 でも、その言葉には最初のような恨みはこもってなくて。 目的は一つも達成できてないはずなのに、何故か行きよりも足取りは軽く、僕も公園を去った。
「キミは神様。」シリーズ第三話です! 第一話…https://scratch.mit.edu/projects/1085598220 まふまふさんの輪廻転生が元ネタとなっています。 (歌詞と見比べてみたら、元ネタになっているところがたくさん見つかるかも…?) 温かい目で読んでくれると、嬉しいです! (感想をくれると、もっと嬉しい……) リクエスト by sawara385 元ネタ まふまふ「輪廻転生」 https://www.youtube.com/watch?v=vU3oF90WKpw ※解釈違いなどが合ったら、すみません。元ネタの曲もすごく良い曲なので、是非聴いてみてください! #story