「あー頭痛い…」 「もうやだ…死にたいのに死にたくないなんて…」 薬の効果が抜けてきて、昼食の時間になっていた。 「はいはい…知人には僕が食べさせてあげるからね…エヘヘ」 「ありがと。みなちゃん大好き」 そう言って、溱に抱きつく。 「大っ!?だ、だ、だだだあああだだあ」 バタッ 「あ…溱が尊死した…」 彼らのノリについていけないおばさん…結衣は不満気な顔を浮かべながら、バッグからまた何かを取り出す。 「…ん?母さん何それ」 「あ〜…」 少し考える素振りを見せる。 「…精神安定剤、に近いかな」 「え?なんで」 「別になんででも…んっ」 突然頭を抱える結衣。 「え、どうした?母さん?」 「うっ…うるさいっ!」 そして帯していた水で薬を飲み込み、喉元を過ぎたところで… 「…ふぁ?」 「か、母さん…?」 「…あっえっ、…ごめん」 「え?いやなになに」 「いや…急に怒鳴っちゃって…私この薬がないと…おかしくなっちゃうから…」 突然いつもと違う、控え目になってしまった結衣。 以前はうるさいくらい元気だった彼女がこうなったのは、一体何故なのか。 「…精神弱化剤、噂には聞いていたけど…ここまで露骨に効果が現れるとは」 「やっぱり兎花は知ってたか…」 「まあ、俺だって結衣さんがああなるまでは気付きませんでしたけど…」 「ん?ん?え?」 結衣に何があったのか… 話は数年前に遡る。 ーーー …私は当時、東京で年齢退行の実験をしていたんだ。 こんな姿になっても、懲りずに、な。 そこで事故が起きた。最初のうちは風邪だとか、年齢退行の一時的な副作用だとか考えていた。 しかし実際は… 私の精神力までもが中学生のそれまで退行してしまっていたのだ。 その影響か、時々精神が記憶に負けてしまい、乱れてしまうようになった。 ーーー 「…というわけだ」 話を終え、結衣はなぜか溱の膝の上に座っていた。 「結衣さんもちもちしてる…」 聞くと、溱には結衣くらいの妹がいるらしく、甘えん坊なよう。 先程も述べたように精神力の低下している結衣は、溱の子供の扱い方にすっかり虜にされてしまっていた。 結衣が話を続ける。 「今は薬を常備しなければいけないくらい、精神の乱れが頻発するようになってしまったのさ」 知人が口を開く。 「なるほど…そういう話なら兎花も多少協力してくれるんじゃないかなァ」 ちらっと兎花に目配せをする。 「任されますよ。その症状、きっと治してみせます。」 「じゃあこれからしばらくこっちにいるよ。 兎花に協力してもらっててなんだけど、知人の家に行かせてもらうね。…いいよね?」 「え?だめ」 「いいよね、おねえちゃんっ//」 「ブハァッ!!! …も、モチロンデス…」 「ちょっとみなちゃん!?」 「ぼッ、僕も行くから、ね?知人っ//」 「ブハァッ!!! …も、モチロンデス…」 …こうして、知人の家がかなり賑やかになった。 ーーー なんだか、いけないことをしてしまっている、知人はそんな気がしていた。 そりゃあ、目の前にいる少女がピンク色の液体を無理矢理飲まされていたらそう思うのも仕方がないだろう。 …それを渡されたのは、丁度泊まりの荷物を回収しに、兎花が家に来ていたときだった。 「そういえば。柳原、今日家になんか取りに行ってたよな」 「あー、そうね」 「あれってなんだったんだ?」 兎花が薄く笑みを浮かべる。 「今、サークルで鳥の刷り込みについて研究しててな。その成果がこれだ」 そうして鞄から、桃色の液体の入った瓶と、水色の液体の入った瓶を取り出す。 「こいつは精神をちょちょっといじる薬でね。こいつを飲んでから最初に見た人間を親と思い込むようになる。こっちが治療薬。」 「面白いもんつくるんだな」 「へへ、一応科学者だからな。ンで、これを穂神ちゃん、お前に試して欲しいんだ」 「わー、対象は?」 兎花がにやりと笑った。 「彩色溱」 「みなちゃんっ」 「知人?どうしたの」 「…」 溱からこちら側に近づくのを待つ。 溱はずっと無視してやると… 「…知人、無視しないで」 すごい近づいてくる。 知人と溱は距離感がおかしく、今なんか二人の胸がついてしまうくらい近かった。 「お〜〜い。む〜し〜す〜る〜な〜。」 そうして極限まで近づいたその時。 「…好きだよっ」 溱の動きが止まる。 「…ふぇ?え?えぇぇ??」 そして… 「え?知…んっ!?」 「…これはね、俺を親だと思い込む薬なんだって」 「!?…んんぅ〜!?」 「俺は悪くないから。柳原がやれって言ったから。」 溱の動きが鈍くなっていく。 「ん…ぅ…ぷぁっ」 「…みなちゃん」 「…ぱぱ?」 その表情は無垢で、純粋で、決して汚してはならない尊ぶべき存在であることが明らかだった。 「ブァッ!!!…ウッ、ウッ…トウトイ…」 突然、鼻血を吹き出して倒れる知人。 「えっ?ぱぱ!?」 「ブァッ!!!…ヤメテ…パパ、ハヤメテ」 「え、でも…ぱぱのほかにどうやってよべばいいの」 「ブアッ…ウ、う…じゃあ、パパでもいいや… じ、自分が誰だかわかる?」 「うん…みなと。」 彼女が一音一音発する度に、その純粋な言葉が知人の心を浄化する。 「はぁぁ、癒される… …そういえば、精神まで子供になるなんて聞いてないんだけど」 「?」 「ああ、みなちゃんは気にしなくていいよ。 柳原のばか。俺が尊逝したらどうしてくれるんだ」 「ぱぱ、ばかなんていっちゃめーよ」 そうして手を知人の口にあてる仕草をする。 「…ああ、もうこれでいいや…」 そうして知人と溱は、その夜を同じ布団の中で過ごした。 翌日。溱は元に戻っていた。 「パパ〜?」 「あはは…ごめんなさい!」 …そして、怒っていた。