微かな揺れと音で目を覚ます。そこは、小船の上だった。あたりを見回してみても特に何も見えず、ただ水に浮いているということだけがわかった。この船はどこかへ向かっているようで、ゆっくりと移動していた。 そして目の前を見れば、もう1人誰かが乗っていた。オールを持って動かしていることから、おそらくこの人物が船を動かしているのだろう。見た目的に多分女、年齢は自分と同じか少し下だろう。 そう思い彼女を見ていると、向こうも気づいたのかこちらに声をかけてきた。 「あ、やっと起きたね。初めまして、私の名前はユア。君は?」 「……ボクは悠。」 「へえ…ユウって名前なんだね。よろしくね!」 相手が片手を差し出してきたので、とりあえず自分も手を出しておく。そうすると、相手は笑って手を握り、軽く振った後に手を離し、またオールを掴んだ。 「ところでさ、ユウって今何歳?何年生?」 「……15歳で中学3年生。そっちは?」 「私は…14歳!あ、でも…21歳って言った方がいいのかな?まあ、どちらでもいいか。」 「いやよくないだろ…」 中学生と大人の差はかなり大きいと思う。というか、どうしてこの人は年齢を迷っているのだろうか。 「ところでさ、この船はどこに向かってるの?」 そう問うと、彼女は船を漕ぐのを止め、少し悲しげで真面目な顔でこちらを見つめた。 「………それはまだ、言えないかな。そういう決まりなんだ。」 「なら、いつボクは帰れる?」 「…それも言えないな。ごめんね。」 そう言い、彼女は悲しそうに微笑んだ。言えないのなら仕方がない。大人しくどこかに着くのを待つしかなさそうだ。 「そうそう、ユウは友達とかっているの?」 「いないよ。作ろうと思ったこともないね。」 作ったところで、どうせ話すのが面倒くさくなって自然消滅するのがオチだ。だったら、最初から作らない方が楽だ。 「そうなんだ…。……私には親友がいたんだ、1人。でもね、昔交通事故に遭っちゃって……。」 「…死んだのか?」 「いや、彼女は死んでないよ。でも、もう会えなくなっちゃったね。」 会えないということは転校でもしてしまったのだろうか。だが、そうだとしたら交通事故との因果関係が無い気がする。この話と言い年齢と言い、この人の言っていることはよく分からない。 「そういえば、ユウって夢とかあるの?大人になったらやりたい事とか。」 そう聞かれて考える。正直なところ、未来なんて想像したことがなかった。というか、そんな未来は来ないと思っていた。 「…全く考えてなかったな。それに、やりたいことも無い。」 「まだ15歳じゃそうだよね…まあやりたいことは生きてればその内見つかるよ。あ、でも…道は踏み外さないでね。君にまでああなってほしくは無いから……」 「…誰か知り合いに踏み外した人でもいるのか?」 そう問うと、彼女は俯いた。 「うん……いるよ。私のせい…って言えば私のせいなんだけどね……」 彼女は暗い表情のまま話を続ける。 「だからさ、君にお願いがあるんだ。」 「お願い?」 「うん。君の場合、こうした方が良さそうだから。」 彼女は覚悟を決めたかのようにこちらを見てくる。気づけば、彼女の手はオールから離れていた。 「もし私の親友…“のの”に出会えたら、彼女を止めてほしい。そして、『恨んでいない』と彼女に伝えてほしい。」 「……出会えたら言っておく。」 「…ありがとう。」 彼女は笑う。だが、どこか悲しそうだった。 「それじゃあ、もうお別れだね。君と話せて楽しかったよ。」 「…え?」 あまりにも突然に言われた言葉に驚く。辺りを見ても、どこかに着いたわけではなさそうだ。 「私から言えるのは一つだけ。」 そう言い、彼女は自分に近づいてくる。 「…生きて。どうか生きれなかった人の分まで。」 その言葉を最後に、彼女は自分を船から突き落とした。 なんとか水面に上がろうともがくが、体は沈んでいくばかりだ。だが、不思議と苦しくはない。水の中にいるせいでぼやけてしまうが、なんとか彼女の顔が見えた。少し悲しそうだった。 「____。__、_________。」 彼女が何か言っているが、うまく聞き取れない。さらに、段々と周囲が暗くなっていく。そして、そのまま意識を失ってしまった。 気づけば、自分の部屋の床の上だった、どうやら寝てしまっていたらしい。となると、先ほどのは夢だったのだろうか。だが、それにしてはハッキリと覚えている。あれは一体なんだったのだろうか。 体を起こそうと手をついたとき、何かにぶつかってしまう。そこを見れば、空になったビンが倒れていた。 「…そういえば、そんな事しようとしてたな。」 とりあえずビンを机に置き、床に散らばっていたカッターとロープは棚にしまう。そして問題集をリュックから取り出し、机に置く。 「…宿題、やっておかないとな。」 もう過ごせないと思っていた夏は、まだ続くのだ。
※この下は使い方を読んだ後に見ることを推奨します 「……ごめんね、勝手な事しちゃって。」 自分1人しか乗っていない船の上でつぶやく。正直、これが最善だったのかは分からない。このまま対岸まで運んだ方があの子にとっては良かったのかもしれない。 「でも、死んでほしくないな。死んだら、きっといつか後悔しちゃうから。」 生者が死者になるのは簡単だ。でも、死者が生者になるのは不可能だ。それは痛いほど知っている。 「だからどうか、生きてほしい。君には明日があり、未来があるのだから。」 どうせ届かないけれど、それでも祈らせてほしい。 私には、祈ることしかできないのだから。