本文↓ リッターの狙撃音て乾いてるのかなというのはあるけども、() 銃声の表現を学びたい() 敗北の余韻は、思っていたよりもしつこかった。 あれからしばらく、リッターは何を考えていたのか覚えていない。 足は勝手に通路を進み、気づけば試し撃ち場の端に立っていた。 白い壁。 無機質な床。 いつもと変わらない場所。 照準を上げ、引き金を引く。 乾いた音とともに、インクが一直線に飛ぶ。 着弾は正確。 ぶれも、遅れもない。 もう一発。 今度は、空中でわずかに軌道を曲げる。 ありえない角度で、同じ場所にインクが重なった。 (……問題ない) 技術は、ある。 射程も、精度も、判断も。 それなのに、胸の奥に残る違和感だけが消えなかった。 「やっぱり、ここにいた」 振り返ると、スクリューがいた。 いつもの軽い表情でこちらを見ている。 「まだ撃つ気?」 「……調整」 「試合終わった後に?」 リッターは答えず、照準を下ろす。 沈黙。 壁に当たったインクが、ゆっくりと垂れていく。 「今日の試合さ」 スクリューが、間を置いて口を開く。 「前半は、ほんとに綺麗だった」 「……」 「一発で流れ持ってったし、カンモン突破も早かった」 褒め言葉のはずなのに、リッターの表情は変わらない。 「でも」 その一言で、空気が変わる。 「途中から、ちょっとズレてた」 「……ズレてた?」 リッターが、初めて聞き返した。 「うん。噛み合ってないっていうか」 「私は当ててた」 「知ってる」 スクリューは即答した。 「全部、当ててたよ。止めてた」 「……」 「でもね」 床を見つめたまま、続ける。 「“当ててる間”のこと、見てなかった」 その言葉が、静かに刺さる。 前に出ていた味方。 裏を取られていた瞬間。 自分が照準の先しか見ていなかったこと。 (邪魔にならない位置を、選んでた) それは、正しいと思っていた判断だった。 撃てる場所。 当てられる距離。 自分が最大限に力を発揮できる場所。 「……止められると思った」 低く、独り言のように言う。 「全部、私が」 スクリューは何も言わない。 否定もしない。 「負けるとは、思ってなかった」 「うん」 「だから……」 言葉が、そこで途切れる。 スクリューが、少しだけ視線を上げた。 「一人で勝てる、って思ってた?」 責める声じゃなかった。 確認するみたいな声音だった。 リッターは、壁から視線を外す。 「……違う」 「ほんと?」 一瞬の沈黙。 「……わからない」 それが、正直な答えだった。 当てること。 止めること。 それさえできれば、勝てると思っていた。 でも、実際には―― 「私が悪い」 小さく、淡々と告げる。 言い訳も、理由も付けなかった。 初めてだった。 負けを、完全に自分の中に置いたのは。 スクリューは、少しだけ目を細める。 「じゃあさ」 「……何」 「次は、どうするの」 すぐには答えられなかった。 試し撃ち場の天井を見上げる。 高くて、何もない空間。 (射程は、足りてた) 遠くは見えていた。 当てられていた。 それでも、届かなかったものがあった。 「……まだ、わからない」 「そっか」 それでも、ひとつだけ確かなことがあった。 当てる力は、間違っていない。 狙撃そのものが、否定されたわけじゃない。 (なら、問題は“使い方”だ) 撃つ場所。 撃つ順番。 立つ位置。 それを少し調整すれば、きっと噛み合う。 そう思いたかった。 狙撃を捨てる必要はない。 正しさは、まだ自分の手の中にある―― リッターは、そう結論づけようとした。 「でもさ、今のリッターなら、そのうち気づくと思うよ」 「何に」 「当てる以外の、距離」 銃口の先に、白い壁がある。 何度も撃ち抜いた、変化のない距離。 リッターは、照準をわずかにずらした。 当てられる。 けれど、撃たない。 インクが飛ばないまま、時間だけが過ぎる。 (当てられる、はずだった) その『はず』が、今日の試合では通じなかった。 射程は足りていた。 精度も、判断も、揃っていた。 それでも――勝てなかった。 リッターは、ゆっくりと銃を下ろす。 (私が見ていたのは、的だけだった) 敵の位置。 角度。 距離。 それ以外のものを、全部切り捨てていた。 味方がどこにいるか。 誰が前に出て、誰が遅れているか。 その「間」に、自分がどう立っているか。 見えていなかった、とは思わない。 ただ、見る必要がないと思っていた。 試し撃ち場を出ると、外はもう暗かった。 通路の向こうで、スクリューが振り返る。 「ねえ、リッター」 「……何」 「今日の負け、無駄じゃないよ」 いつもの軽さはない。 でも、慰めでもなかった。 「当てられる人は、いっぱいいる」 「……」 「でも、“撃たない理由”を考え始めた人は、少ないから」 その言葉が、胸の奥に引っかかる。 撃たない理由。 当てない選択。 リッターは答えず、ただ一度だけ頷いた。 王なき時代は、もう始まっている。 その中心に立つためには、 射程の外にあるものを、知らなければならない。