情景は、ある時間軸の近未来。 街はビルが立ち、車があり、木も大きく育っている。 だが、その文明は静まり返っていた。 唯一聞こえるのは、小さな小さなモーターの音だった。 球体型のロボット。それが音を発していた。 ロボットは木の分かれ目に止まり、 「メモリーを再生します」 こう静かにつぶやいた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー カチッという音と共に、僕の目には光が飛び込んできた。 それを確認した僕は、プログラム通りに自分の身体を動かし、空中に浮いた。 周りの景色を認識しようとして、真っ先に飛び込んできたのは幼い男の子だった。 僕が「初めまして」と話しかけると、男の子はわあ、とまるで晩御飯で大好物が出てきた時のように目を輝かせて、僕を見ていた。 僕は自分の脳を働かせ、こう問いかけた。 「キミの名前は何かな?」 この子との仲を深めるための最初の一歩だった。 男の子は「カイル」と名乗った。どうやら僕は、この子の誕生日プレゼントだったらしかった。 「初めまして、カイル」そう僕が言うとカイルは少し考えてから、 「君はロールンだね!だって転がり落ち(Roll down)そうだもん!」 と、僕に名前をつけてくれた。 ロールン。それは、商品名でも製造番号でもない、僕の名前だった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー メモリーにノイズが走る。破損だろうか。 メモリーを飛ばし、破損していないものを探す。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー カイルが芝生の上をボールを蹴りながら走っていた。 今日は小学生サッカーチームの対抗戦の日だった。 綺麗な公園の中に作られたグラウンドは、規模こそ小さいものの、ちゃんと観客席と空調管理機能が備わっていた。 グラウンドを駆け、チームのみんなと一緒に勝利に突き進む姿を、僕のそばで応援している2人がいた。 僕を膝の上に乗せてるのがカイルのお母さん、大きな声でエールを送りながら小型ドローンカメラでカイルを撮っているのがお父さんだ。 段々と会場の熱が上がっていき、それと共にサッカーをしている子供達の情熱ももっと上がる。 カイルがボールを受け取り、そして__ 僕は立ち上がったお母さんの膝から落ちてしまった。 「大丈夫?ロールン?」 カイルは、家族の元に戻ってくるなり僕の心配をしてくれた。優しく、僕の傷を触って。 正直一番肝心なところが見れなかったのは残念だったが、カイルは嬉しそうにそのことを話してくれた。 「ねえ、ロールン僕ね__」 そう言いかけたカイルは、一瞬にして、青年の姿になってしまった。 青年のカイルは汗まみれの顔でニコッと笑い、 「今度はWCを目指して行くよ」 高校の大会を優勝した後に、そう言った。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 今のは?一体?破損したメモリー同士が繋がった?そんなことが__ またメモリーにノイズが走る。 そしてまた僕は、メモリーを飛ばすのだった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー そこは白い部屋だった。 そこにはカイルの父が横たわり__ ああ、これはダメだ。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー また、飛ばす。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー テレビからニュースの音声が聞こえる 『近年、またしても急激にの気候変動が起こっています。次のニュースです、AIの人権問題についてのデモ__』 ああ、ここにカイルはいないじゃないか。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー また、飛ばす。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー カイルがメールを僕に見せていた。 『警察官各位へ:反政府組織への対応』 そして、はっきりと覚えている一文は、 『見つけ次第、発砲を許可する』 ああ!もう!なんなんだ! ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー また、飛ばす。 カイルが殺すメモリー、カイルの同僚が撃たれ苦しみながら息を引き取るメモリー、無人機の突撃で跡形もなくなった母の葬式のメモリー、全て全て、そんなものいらないと。 僕はただ、カイルの、その家族の、みんなの、笑顔が見たいだけなのに。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 突然、髭を生やした男性の顔が映った。 顔の特徴でわかる。カイルだ。 「よーし、ちゃーんと撮っとけよ〜?」 カイルはそう言って、あの公園の、枯れてしまった芝生の上で、得意のリフティングをしていた。 片足と片手は義足で、リフティングもぎこちなかったが、カイルは、懐かしそうに笑っていた。 リフティングを失敗して、飛んだボールが僕に当たった。カイルは、すぐに来てくれた。 僕の動きを一通り確認して、「大丈夫だな」と言ってくれた。 微笑んでいた。それだけで、嬉しかった。 「ロールン、」 一言、声をかけられた。 カイルは、私の反応の有無に関さず続ける。 「いいか?お前は楽しいものだけ覚えていて、笑っていろ。俺も、そうするからさ!」 カイルはそう言って、私の電源を一時オフにした。 カイルは、もういなかった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー そろそろ、バッテリーが切れてきた。 カイル、僕は最後、笑えたかな? そう思い、僕は僕自身の体の全ての動きが止まるのをゆっくり、ゆっくり、待っていた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ある少年と、その親友のAI。 少年は途中で彼と別れ、消えてしまう。 AIはただ、長く生きていた。 だがどれほど長く生きようと、万物に終わりは来る。 AIは静かに笑っていた。 そうして、文明は音を立てなくなった。