【残灯聲 -幽綺継構-】提出作品 『換骨奪胎パラダイム』 作:満面(@hogakara) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 音楽:BGMer様より ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 克服不可能だった難病が、治るようになるらしい。 生来からの性格を、思うがまま変えられる未来が来るらしい。 そんな噂が出てきたのはいつ頃だったか。 そんなこと、今では当たり前の話である。 ここ数年で医療を取り巻く環境は目まぐるしく変化した。 人間の体内組織を複製し移植する技術や、遺伝情報や神経をいじる技術。それらが表舞台に立ち、非難され、それでも普及し、やがて称賛を浴び、日常となった。現代日本を支える柱として欠かせないものになっている。 それでも"私"は、まだ受け入れられずにいる。 明確な理由を持たぬまま、立ちすくんでいる。 頭の中を整理したい。 "私"が何に対峙しているのか。それを知りたい。 拒絶する記憶をひとつずつ辿っていく。そうしよう。そうすれば、きっと何かがわかる。 ーーーーー "私の部下"は先日、職場に復帰した。 大きな自動車事故を起こし重傷を負っていたらしいが、それから数週間も経たないうちに事故の影響を微塵も感じさせない軽快な足取りで戻ってきた。おそらく"彼"も例の手術を受けたのだろう。"仲の良い同僚"づてに聞いた話なのだが、どうやら今回の事故の手術と同時に神経の方にも手を加えたらしい。集中力が高まって仕事も捗っているとのことだ。実際、"彼"からミスの報告をされる数はすっかり減った。 社会が、どんどん良い方向へ向かっていく。 皆が変わっていく。"彼"も少しながら変わった。 それなのに、"私"はまだ変われずにいる。何故か、怯えている。 "私"は震える身体を抱いて再び瞼を開けた。 空を仰げば、漠然とした恐怖がこちらを見つめている。 そうか。 「恐怖」だ。"私"は恐れているのだ。 一体、何を。…それはわからない。 …まだ、思考を止めてはならない。 ーーーーー 私には"病気がちな娘"がいた。まだ"小学生の子ども"だ。"妻"からの強い要望もあり、少し前に遺伝子操作の手術を受けさせた。 手術は成功した。娘は嬉しそうな笑顔を浮かべていた。これから先、娘が病気で困ることは減るだろう。皆と同じように、学校生活を送れるようになるだろう。"妻"も喜んでいた。皆と違ってできないことも多く、苦しい思いをさせてきただろうから、それが無くなって良かったと。 "私"だって、嬉しかった。今だって、嬉しいことに偽りはない。 だが、どうしようもなく辛い。 あの時から娘が、"私"の子でなくなった気がしたのだ。あれからずっと、中身の違う"愛娘"の着ぐるみを見ているようだった。中身も、外身も、全てが疑いようのない"我が子"であるはずなのに、だ。 絡まりきった糸くずのような思考回路上で、"私"はずっと頭を悩ませていた。 顔を上げれば、眼前には広い海が見える。 遥か昔から保たれた調和の姿に、"私"の体が包みこまれていくようだった。 ーーーーー 嗚呼、やっとわかることができた。 "私"は"社会にとって異端な存在"だった。利益を度外視に、他人の考えには目もくれず、自分の意見だけを守っている。 "そんな私"だったから、"愛する妻"を突き放してしまった。"彼女"が手術を受けたがっていた、その考えを拒絶してしまった。 "自分勝手な人間"だったから、誰にも何も言わず、独りでここに来た。 俯けば、足元に崖が見える。数歩踏み出せば、真っ逆さまに落ちていくだろう。 不思議と、怖くはなかった。頭は冴え渡っていた。 ここで、"私"は"私"として終わることができるのだ。 "私"は少しずつ、足を進めた。そして、"私"のいなくなる世界を考えた。 これから先、怪我や病気という概念は無くなっていくのだろう。人類は何の"足かせ"も無く、順調に発展していくような気がする。 きっと、"妻"も娘も幸せに生きていくだろう。"私"のせいでできなかったことを、これからは沢山してほしいものだ。 "独りよがりな私"ですまなかった。