宇宙、その根源たるもの。 それの真の姿を認識する事は誰にもできない。それは樹として認識される。 世界樹、ユグドラシル、建木、生命の樹…様々の呼び名を与えられ、時には全ての根源とされ、神話の根源とされ、世界の根源として語られた。時には樹ではないものとして認識され、崇められた。 だが、それらは全て、それの多様な側面の一つに過ぎない。あるものはそれをこう呼ぶ。 "始まりの樹" この宇宙の全ての根源であり、宇宙を越えしもの。人間の知識欲は宇宙誕生の真実を解明する事を求めているようだが、答えは簡単だ。宇宙は始まりの樹を根源とし、生まれた。 宇宙の根源は意思を持たない。始まりの樹が無意識のうちに宇宙では生命のサイクルが繰り返され、文明が滅び、世界が創られる。 しかし、宇宙が永遠かつ不変のサイクルを続けるか?答えはNoだ。 始まりの樹の存在を知った者は、傷付け合い、騙し合い、憎み合い、戦う。勝利した者だけが始まりの樹に選ばれ、宇宙を手に入れる。 始まりの樹の支配者は宇宙を思いのままにできる。壊す事も、創り直す事も、改変する事も、全てを無かった事にする事も、永遠に守り続ける事も。 始まりの樹の支配者は英雄とも、破壊神とも、創造神とも、最高神とも、魔神とも、宇宙そのものとも、観測者とも呼ばれるだろう。だが、基本的に支配者はこう呼ばれる。 "創世者" 創世者がどう呼ばれ、人々にどう思われるのか、どう行動するのか。それは戦いに勝利したただ一人の、選ばれし者次第だ。 そして、誰が選ばれるのかはまだ決まっていない。基準などない。ただ戦いに勝った一人だけが選ばれるだけ。 守りたいという想いで戦う者、冷徹な者、騙す者、秩序を目指す者、支配者になりたい者、進化を促す者、自身に見合わぬ欲を持つ者。 その全ての者が争い、ただ一人が選ばれる。 始まりの樹を、宇宙の全てを手にする者は… 1話 覚醒 「おいおい、大丈夫か〜?」 一人の男が、そう言った。見た目からして20歳近くだろう。妹と思しき少女に話しかけている。 「大丈夫だって。いつも心配しすぎだよ、お兄ちゃんは」 「俺は兄さんだからな、ちゃんと美優を守らなきゃ」 彼は神代颯汰。妹は美優、と言うようだ。 二人はショッピングモールで買い物をし、今から丁度帰る所だった。 「そんなに買っちゃって…美優の財布は大丈夫か?荷物も俺、持つぞ?」 颯汰は優しく心配する。 「いいよ。お兄ちゃん、休んでてよ。私のためにいっつもバイトで、久々の休日なんだから…大学だって行けたのに…私のため行かなかった。だから、休日ぐらい気楽に過ごしてよ」 だが、彼女は逆に颯汰を心配していた。 「俺は大丈夫。大学だって、どうせ行けなかったよ!俺、頭悪いしさ!」 颯汰はわざとらしく笑った。 (お兄ちゃん、昔から嘘つくの苦手なんだから…) そう思いながらも、美優は話題を変えた。 「ねぇ、お兄ちゃんは買いたい物ある?」 「買いたい物…あ、じゃあ!あれ、あの服買いたいな!」 颯汰は服屋のショーケースを指差して言う。 「じゃあ行こう!…って、あれ女物じゃん!お兄ちゃん…また私のために買おうとしてるの?」 だが、颯太は美優のための物を買おうとしていたらしい。 「ははっ…バレてたか」 美優の問いに、颯汰は苦笑いで返した。 「でもさ、美優に似合うと思うよ?」 彼のその言葉を聞いた美優は、少し嬉しそうに笑った。 「じゃ、行こうぜ!」 颯汰と美優は服屋に向かって歩き出す。 「う、うん」 「これは俺が買いたい物だから、俺が払うよ」 レジで颯汰は財布に入っていた全額を出した。 だが、その金では服の金額に少しだけ届かず、 「お兄ちゃん…しっかりしてよ〜」 結局、残りの500円は美優が払った。 「マジごめんな。結局払わせちゃったよ」 「いいよ…買おうとしてくれてありがとう」 普通の兄妹の会話。いつもと変わらない日常。だが、その背後で宇宙の恐怖が迫っていた。 「日も暮れてきたし、今日は帰るか」 彼が空を見ると、空はもうオレンジ色に染まっていた。 「うん。今日はありがとう」 美優も感謝しながら賛成した。 (父さんと母さんが死んじゃってから…俺は美優に幸せな思い出を作ってやれてないな…) 颯汰はそう思い、次はもっと金を持ってくる事を決意した。 日曜日の夕方、他の人々も多くが帰ろうとしている。人々の楽しそうな声も聞こえる。 そんな幸せな空間で、突如空間が、次元が、時間が、概念が、歪んだ。まるで、崩壊する世界のように。 時空の歪みに、見知らぬ人が近付いてしまう。 「ん…?なんだこれ…」 その男性が歪みに触れた途端、彼は消滅した。概念そのものを、存在する次元から、時間からも空間からも抹消されたように。 そして、歪みが形を変える。宇宙の恐怖のような形状から、人間のような形へと。 人を模した人ならざる怪物、崩壊する世界の歪みが生んだ宇宙の深淵の存在…アビス。 「グアァァァァ!!」 人間でも、悪魔でもない。神とも概念とも違った何かが叫びながら、人々を襲う。何の罪もない一般人に理不尽で残虐な悪意が襲いかかる。 アビスは人々を殴り、時には崩壊する世界そのもののようなエネルギーを光線として放つ。 生命が次々と消えていく。残酷で、壮絶な状況だった。人々は何も知らずに、何が起こったのかすら分からず蹂躙されていく。 「……!」 美優はアビスに心の底から恐怖する。 「大丈夫、俺が守る…」 そんな彼女の恐怖を少しでも和らげるため、颯汰はできそうにもない事を言っていた。 「うおぉぉ!」 颯汰は美優を守るため、怪物に立ち向かう。 「お兄ちゃんも逃げよう!」 彼女はそう叫ぶが、颯汰は止まらない。 (この怪物…前にも見た事がある!) 「お兄ちゃん!!」 「この怪物は…母さんと父さんを殺した奴と同じだ!ここで美優を守れなかったら…俺は昔と同じだ!また大切な人を失いたくない!」 美優の叫びに対して、颯汰はそう叫ぶ。颯汰と美優の両親は1年ほど前、美優が高校に行っている間、颯汰の目の前で突如出現した怪物に殺害されたのだった。颯汰はもう二度と、大切なものを奪われたくない。その一心で颯汰は立ち向かう。だが… 「うわぁ!」 颯汰に苛ついたアビスが、強烈な裏拳を放つアビスにとってはデコピン程度のほんの少しの力。だが人間には到底耐え切れる力ではない。颯汰は勢いよく吹き飛ばされ、建物の壁に叩きつけられる。瓦礫が散らばり、衝撃の余波だけでガラスが砕け散る。 (俺はまた…大切なものを守れないのか…!?) そんな思考が彼の脳裏に浮かぶ。両親が襲われ、逃げるしかなかった時の記憶がフラッシュバックする。 「俺は…変わりたい!昔の、何もできなかった俺から!逃げるだけだった俺から!変わりたい!!」 だが、颯汰はそんな迷いを振り払うように叫び、再び立ち向かう。 「美優!逃げろぉ!」 颯汰の叫びを聞き、ついに美優も頷き、ショッピングモールの出口に走った。 (どうやってこいつを倒す…?) 怪物は一見、不死のように見える。 「うおぉぉぉぉぉぉぉ…!」 颯汰は無我夢中で殴りかかる。颯汰の渾身の拳はアビスに直撃… だが、アビスは痛くも痒くもない。颯汰に反撃の蹴りが襲いかかる。彼を再び壁まで吹き飛ばす。しかも、今度はモールの2階の壁までだ。 「!!」 言葉にもならない凄まじい衝撃が走る。颯汰の意識を刈り取るような痛み。 「くっ…!」 颯汰は血の味を感じる。2階の壁から瓦礫とともに落下する。落下した衝撃が彼を襲う。 (俺は…変われないのか…!?いや…!) 「俺は!大切な人を絶対守る!今俺にできる事をする!」 瓦礫と中に倒れ込みながらも、彼は諦めず、立ち上がる。 しかし、そんな彼を理不尽な悪意が襲う。怪物は全力でエネルギーを指先に集中させる。 アビスは崩壊のエネルギー波を放つ。凄まじい光線が颯汰に迫る…! 「俺は…守るんだぁぁぁぁぁぁ!!!!」 颯汰は全身全霊で叫ぶ。 "ドクンッ…!" それに呼応したように、彼の心臓から神秘の鼓動が鳴り響く。彼の目が宇宙のような青色に怪しく光る。 今の颯汰には、光の速さに到達しているであろう光線すら止まっているように見える。 光線が彼に到達した時…既に彼はその場所に居ない……彼は既に、上空に跳んでいた。 「何が…起きた…?」 颯汰本人にも何が起きたかは分からない。何を根源とした力か、なぜ覚醒したか。 だが、彼は今そんな事はどうでもよかった。 「でも…これなら戦える…これなら守れる!」 彼は上空から落下する衝撃も利用し、怪物にパンチを喰らわせる。 アビスはパンチの威力に怯む。 先ほどまでは通用しなかった攻撃が、効くようになった。 アビスはカウンターのように、崩壊エネルギーを纏わせた拳を繰り出す。 (見える…躱せる!) 颯汰は常人ではあり得ないほどの跳躍力を見せる。モールの1階から3階まで、吹き抜けの場所を跳んだ。 アビスは近くにあった1階モールの柱を引き抜き、3階の颯汰に投げつけてくる。 「くっ…!」 颯汰は人間離れした反応速度で回避するが… 柱の影に隠れ、アビスも跳躍していた。アビスは通りすがりに颯汰を殴り、吹き飛ばした。 「痛っ!」 先ほどまではたった一撃で瀕死のダメージを与えた攻撃が、今の彼には少し痛い程度のダメージで済んでいる。 「凄い…俺、どうなってるんだ…?」 原理は颯汰にも分からないが、今なら何でもできるような気がしていた。 「ギャァァァァァ!!!」 彼がまだ死なない事に苛立ったのか、アビスが奇怪の叫び声をあげる。まるで、宇宙に存在するあらゆる生物の悲鳴が混ざったかのような。 怪物が取った行動…それは、建物の破壊と颯汰への攻撃。 再び柱を彼に投げつけ、今度は建物の三階の洋食屋を店ごと建物から引き抜き、振り回す。 だが、颯汰は店の丁度出入り口まで移動。直撃を回避する。 怪物は店を蹴り上げる。店はモールの天井を貫通し、空高く舞い上がる。アビスも店の壁に爪を突き刺し、共に舞い上がる。 アビスも入り口から店内に入り、颯汰と向かい合う。 示し合わせたかのように、二人が同時に振り込む。颯汰は飛び蹴りを放ち、アビスのパンチと威力が拮抗する。 (格闘戦じゃ倒せない…) 颯太がそんなふうに思っていると、店の中の瓦礫が反応。即座に颯汰の手に収まる。 (これを武器にするのか…?) 颯汰がそう疑問を抱くと、瓦礫は剣として創り直される。まるで、存在そのものが創り替えられたように。 「ヴギャァァァァァ!!」 アビスは再び奇声をあげ、颯汰に突進する。だが今度は、彼は冷静に剣で防御する。 (もしかしたら…こいつを倒せる…?いや!倒さなきゃ!) 二人は店の中を巧みに動き回り、颯汰は怪物を掴み、出入り口から外に出る。上空20m…颯汰は空中で剣を振り続け、怪物を攻撃する。 彼は怪物を投げ、少し浮かせる。 颯汰は地面に着地し、力を貯める。怪物が地面に近付いていく。 「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!」 そして、颯汰は全身全霊をかけて剣を振り払う。過去を振り払うように、宇宙の闇を振り払うように。 「ギャァァァァァァァァァァァァ!!!!」 怪物は今までで1番大きい奇声と共に、崩れ落ちていった。 「勝った…?」 彼にはまだ、何が起き、何が暗躍し、何が蠢いているのか知る由もなかった。 颯汰がアビスに勝った時、空はもう暗かった。 「颯汰…何故だ?何故、戦いに巻き込まれてしまった…!」 謎の青年が呟く。アビスを颯汰が倒す所を見ていたようだ。颯汰を知っているような口ぶりだ。 「俺が守らなきゃいけない…!」 青年はそう言いながら、立ち去った。 「ふふっ…面白い事になって来たね」 少年が呟く。白い服を纏い、まるで全てを知っているかのような雰囲気を醸し出している。 この少年もまた、颯汰を見ていた。 少年は宇宙の法則を歪めるように、夜の闇に消えていった。 「俺は…どうなっちまうんだ…!?」 颯汰自身、とても混乱していた。 だが彼は、宇宙の壮絶で無慈悲な運命に巻き込まれていく…