2話 日常 夜7時ごろ、瓦礫だらけのショッピングモールで一人の青年が佇んでいた。 彼の中で困惑、衝撃、痛み、迷い…様々な感情が渦巻いている。 青年…神代颯汰を悩ませるその感情の主な原因は、アビス。謎の歪みから発生した、正体不明の謎の怪物。 先ほど颯汰が立ち向かい、これまた謎の力に覚醒して彼が打ち倒した。 だが、ショッピングモールはボロボロ。 どれほどの修復費がかかるのか分からない。 颯汰が色々な事を考えていると、一人の少女が走ってきた。 「美優!」 颯汰の妹、神代美優だ、 「お兄ちゃん!大丈夫!?探してたんだよ…!?」 互いに心配しあっているようだ。 だが、安息も束の間、上空から瓦礫が落下。 「!」 颯汰は咄嗟に彼女の手を握りながら回避する。 「大丈夫か…!?」 颯汰は美優を心配する。だが。 「お兄ちゃんこそ…大丈夫なの?」 颯汰の体には複数の傷と、今できた擦り傷。 「だ、大丈夫だって!」 その傷を見て彼女が呟く。 「何が…あったの…?」 「大丈夫。あの怪物は…いな…く…なった…から…」 彼女を安心させようと話す颯汰だったが、糸が切れたように倒れ込んだ。 「お兄ちゃん!?大丈夫!?」 美優は蹲み、地面に触れる寸前で颯汰の体を掴んだ。 「ねえ!お兄ちゃん!?」 彼女がそう叫び続けていると、颯汰の目がふと開く。 「ごめん…大丈夫だからさ、心配すんなって」 颯汰は立ち上がり、そう言った。 「警察に言った方がいいのかな…」 颯汰がそう呟いた。 『その必要はないよ』 その時、颯汰の頭の中に少年のような声が響いた。声…というか、思念そのもののような。 『"人"が"あの怪物"の事を理解できるはずもない。言っても信じてもらえないよ』 少年は続けて言った。 (え、誰…!?) 颯汰はそう思考する。すると、まるでその思考が筒抜けになっているかのように少年は告げた。 『僕は…世界の外側の存在、君たちからは"エクス"と呼ばれているね』 (何が何だかよく分からないけど…これ、頭の中で喋ってる…?) 『理解できなくて当然だ。君は、自分の家に行くべきだよ。さあ、行くんだ』 (え、あ、あぁ…) 多くの疑問が生じたが、颯汰は少年の言うことに従い帰ることに決めた。 「美優、帰ろう」 「うん」 「颯汰!逃げて!!」 "誰か"が叫んでいる。 「美優を…頼んだぞ!!」 また別の"誰か"が言っている。 二人の男女のようだ。 「父さん…母さん…」 颯汰がそう言った。 二人が振り向き、颯汰に微笑む。だが、顔が分からない。輪郭すらない。服装や体型すら判別できない。分かるのは、あれをした、これをした、ということだけ。 「………ッ」 颯汰は頷き、走り出した。 ただ逃げる。二人に背を向けて、何かから。 生きるため?妹のため? 颯汰は自分を責める。だが、言葉にならない。言葉を発する余裕もなく、ただ走り続ける。 颯汰が背を向けた二人の、颯汰の両親の目の前で、世界の歪みが人の形を得る。 怪物は二人に向かって歩み寄り、触れた。 悲鳴もなく、二人は消えた。過去現在未来、全ての時間と可能性、そして記憶から、完全に。 しばらくして、怪物の前に一人の男が現れる。 「消えろ」 ただ、そう一言だけ呟き、男は怪物を指さす。 雷のような何かが怪物に襲いかかり、怪物は倒れた。やがて怪物は消え去った。世界の歪みが元に戻るかのように。だが、消え行く怪物からはエネルギーのようなものが発生していた。 「終わったな…」 男の呟きに呼応するように、エネルギーは男の持つ装置に吸い込まれていった。 その一部始終を、颯汰は見ていない。 「!」 颯汰は外で走っておらず、自身のベッドの上にいた。 「夢か…」 まだ、昨日のことが現実とは思えない。 「怪物が現れて…俺がなんかす凄い力に覚醒して〜」 颯汰は昨日の記憶を辿る。 「なんて、現実で起こるわけないよな」 そして、否定する。 『現実だよ』 昨日、ショッピングモールで聞こえた少年の声が、颯汰に現実を突きつける。 『さっきのは…君の両親が消た時の記憶かな?』 そして、言葉を続けた。 「そうだけど…って、夢まで覗き見してたのか!?」 颯汰が少し大きな声で驚く。 『あんまり大きい声で喋ると、妹さんに心配かけるよ?思考するだけで意思疎通ができるんだから、そうしなよ』 (そうだな…) (で、何がどうなってるのか教えてくれないか?) 『全部は無理だけど…あの怪物はアビス。この世界の、宇宙の歪みが人の形を真似て、実体化した存在さ』 少年の声は、まるで人間でないかのように無感情に淡々と事実を語っていた。 『奴らは無差別に人を襲い、触れられた、または奴が放つ攻撃を喰らえば、存在から消える』 (え…?) 『過去、現在、未来だけでなく、分岐した全ての時間軸からも、全可能性宇宙からも、存在の根幹ごと消滅する。勿論、誰の記憶にも残らない』 (じゃあ、俺の父さんと母さんは…!?) 『無論、消えてる…はずなんだけど、君が見ていた夢の中で存在自体は残っていた。君の記憶の中だけだと思うけど…』 (………) その事実が、颯汰の心に影を落とす。 「お兄ちゃーん!ご飯食べようよ〜!」 その時、美優の明るい声が響いた。 「あ、ああ!」 まだ真実を受け入れられないまま、颯汰は家のリビングに向かった。 『へえ、昨日アビスに襲われたって言うのに、随分元気だ。君の妹は強い精神力を持っているようだね』 少年の声が、颯汰の脳内にも届かないほどの大きさで、独り言を呟いていた。 「そっか…父さんと母さんが死んでから、今日でちょうど1年か…」 朝食を食べながら、颯汰は呟いた。 「え?」 その独り言に、美優が反応する。 「父さんと母さん…って誰だっけ?」 そして、颯汰に質問した。 「……え?美優?」 困惑を隠せず、表情が歪む颯汰。 「その人たちが死んだって、何?」 (美優は…父さんと母さんを覚えてない…!?) 『当たり前だよ。これが正常な人間だ。アビスに触れられた人間は消える。さっき言っただろう?君が存在だけでも覚えてる事が異常なんだよ』 颯汰の脳内に少年の声が再び響く。 (そんな…!) 『仕方がない事だよ。世界がそういう仕組みなんだから』 「お兄ちゃん?」 「い、いや。何でもない…」 颯汰は感情を押し殺し、そう言った。 「ごちそうさま」 朝食を食べ終わり、颯汰は食器を片付けた。 「じゃあ、行ってきます」 「行ってらっしゃい!」 颯汰は靴を履き、玄関の扉を開けて外に出た。 『どこへ行くんだい?』 (高校時代の後輩と久々に会うんだ。あいつ、そろそろ20歳だからさ…) 『会って何をする?』 (ちょっと遊んで…昼ご飯を食べる…かな) 『20歳の誕生日を祝ってあげるのかい?』 (来週だからちょっと早いかな。誕生日パーティーをする予定だから。高校生の時は家が隣だったんだけど、あいつ、引っ越しちゃってさ) 『へえ…でも、大学は神代美優と同じだよね』 (なんで知ってるのかはともかく、そうだよ。美優はあいつと今でも仲良くしてもらってるらしいな) 『噂をすれば…彼じゃないか?君の20m先にいるよ』 「颯汰せんぱぁ〜い!」 元気の良い声が颯汰を呼んだ。 「お、京介!」 颯汰もそれに応え、声のする方を向く。 『あれが…北條京介かい?』 (あぁ) 「先輩、久しぶりっすね!ちょうど1年ぶり?いや、1年と2ヶ月ぶりか!」 「いつも美優がお世話になってるよ。ありがとう」 「途中までは同じ通学路ですからね!せっかく同年齢の幼馴染が同じ大学なんだから、お礼を言いたいのはこっちすよ。いつも俺の方がお世話になってます!」 「まあ、これからもよろしくな」 「はい!あと、先輩とも仲良くさせてもらいますよぉ…!」 颯汰と京介は微笑んだ。 「で、何して遊ぶんだ?」 颯汰が問う。 「え、やっぱゲーセンでしょ!」 「ごめんな、俺、金ないんだ」 「え?マジすか」 「先輩、俺が払いますんで、これやってみてください!」 「クレーンゲームか…よし!俺、クレーンゲームは得意なんだよ。任せとけ!」 そう言いながら、颯汰は易々と目的の物をゲットした。 「そんな上手くやるコツはなんすか…!?」 「うーん…勘」 「勘?」 「勘」 午後2時ほど、路地裏。 「今日はありがとうございました、楽しかったっす、先輩!」 「あぁ、パーティーも楽しみにしててくれ」 昼食を食べ終わり、二人は帰ろうとしていた。 「14時…まだ時間に余裕あるんで、カラオケでも行きません?俺が奢るんで!」 「うーん…そうするか!」 二人がカラオケに向かおうとした時、颯汰に衝撃が走る。 (!) 『なるほど。君はアビスの出現を感知できるようだね』 「うわあ!なんだこの化け物?!」 アビスは颯汰と京介の近くに現れた。 「京介!下がってろ!」 颯汰は京介とアビスの間に立ち塞がる。 (昨日もできたんだ…今日も、倒せるはず!) 「先輩も危ないですって!一緒に逃げましょうよ!」 「大丈夫!俺、なんか凄い力を持ってるらしいからさ!」 (よし…!) 颯汰は全身に力を込める。 (ふぅ…) そして、一気に脱力する。不思議な力が全身を駆け巡る感覚。 「おらぁ!」 戦う準備が整うと同時に、颯汰はアビスに殴りかかる。 「グワァァァァァ!」 アビスは雄叫びをあげ、それを迎え打つ。 『へえ、君はアビスに触れても平気なんだね。でも、負けたら終わりだよ』 (分かってる…!) 「京介!こいつに触れられたら…」 (死ぬ、か?死ぬでいいのか?適切な表現か?) 「死んじまうから!どこかに避難してろ!」 京介は困惑しながらもコクリと頷き、物陰に隠れた。 アビスが颯汰に襲いかかる。 「!」 颯汰は建物と建物の間を、壁を蹴り、攻撃を回避する。 「ギャァ!」 アビスが雄叫びをあげながら飛び上がり、颯汰を地面に叩きつける。 颯汰は瞬時に立ち上がり、上から落ちてくるアビスに蹴りを喰らわせる。 だが、アビスはまだ倒れない。 「だったら…」 近くに落ちていた鉄パイプ掴み、剣に変える。 「はぁ!」 そして、斬りかかる。 (しぶとい…!) 颯汰はまだ消滅しないアビスに対し、攻撃を続ける。 「これで…倒れてくれ…!」 颯汰が全力の力を込め一撃を放とうとした時、 「颯汰!避けろ!」 誰かの声が響いた。爽やかな声だ。 颯汰は咄嗟に、壁を蹴り、上空に回避する。 その直後、アビスを強力な水流が襲う。その攻撃を受けたアビスは完全に消滅した。 「お、お前…!」 颯汰は水流を操った人物を見ると、驚いた。 「あ…!」 京介も驚いている。 「颯汰!京介!久しぶりだな!」 その男は、ニカッと明るい笑顔を見せた。