Side仁慈 ___ 感情のままに叫んだ。 喉から勝手に発している声が自分のものでは無い感触がして気持ち悪かった。 目の前には、凄惨な死体があった。 大切な大切なひとの、死体があった。 その事実だけで辛かった。 辛いどころの話じゃなかった。 …取り敢えず遮二さんを呼ぼう。 あのマジシャンへの尋問はそれからでいい。 逃げる気配が無さそうだ。 ピ、ポ、パ。 無情な電子音が木霊する。 数コール後に電話口から声がした。 「…どうした、仁慈。」 胸が一杯になる。苦しい。吐きそうだ。辛い。 「…30分後に…来てください…。住所は後で…っ…。」 足の力が抜け、俺はそのまま崩れ落ちる。 「…分かったから落ち着け。…処理する遺体の数は幾つだか分かるか?」 分からないなら言わないで良い__と付け加えてくれたうえで聞いてくれるあたり、ある程度察してはいるのだろう。 「…ごめんなさい…わか…りません…。」 分かった、と短く返してそのまま電話は切れた。 …あと30分だ。あと30分で全部終わらせよう。 仁義亡き鶸に、慈悲など要らない。 ____ Side 鶸 ____ …あ”ークソだ。 意識は途切れかけだし普通に吐きそうだ。 いっそのこのまま殺してほしいまである。 生きていたいとは嘘だとしても言えない。 言いたくない。 言う資格がない。 取り返しが本当に付かない。 …彩陽ちゃんが笑っていたのが、唯一の救いか? いや、救いにすら成らない。むしろ一種の皮肉。 …そうこうしている間にオレンジ髪の青年がこちらに近づいてきた。 明らかに殺気立っている。 手にはナイフを持っていた。 …避ける気力があまり残っていないな。 ……疲れた。 青年は俺にナイフを振りかぶり、そのまま真下に下ろしてきた。 音が何も聞こえないせいでやはり音の無い映像にしか見えない。 強いて言えば、腹あたりに激痛が舞い込んできたことくらいだろうか。 …待て、腹? ………あ。 今から抵抗しても時既に遅し。気がついた頃には俺の内臓が露出しかけていた。縫い口が千切れたのだろう。 …流石に青年も目を丸くしている。 ……痛みが一周回って何も感じなくなってきた。 …俺、死ぬなこれ…。 はぁ…。 ____ Side 仁慈 _____ 感情のままにナイフを振るった。 叫びながら、喚きながら。 どうしようもない感情をナイフにそのまま乗せた。 怒りを、憎悪を、憎しみを、胸をかき混ぜられたような不快感を、全部。 全部全部、ナイフに込めた。 刺して、抜いて、抉って、切りつけて。 腹が割れていたのを見て、そこも重点的に切りつけた。 内臓が見えた。 …違和感を感じた。 出方からして、最近切りつけられたような感じだった気がした。 …まさか、な。 いや、間違いないか。 …狂流アイツ…とんでも無い置き土産置きやがって…。 流石だよ。流石アイツだ。 …これで殺すのには苦労しない。 じゃあ此処からどうしようか。 見た感じ耳がないから聴力に訴えかけるのは無理だ。 …脳内に…ってやっても無理だな。 …文字でなにか伝えるか? ………互いに色々とギリギリなのに? …それしか無いか。 血ならこの場に溢れるほどある。 書こう。アイツの心をしっかりへし折るために。 もう、俺は折れたんだ。 だったら互いに折れないと気が済まない。 伝えよう。全てを。 狂流が自分で封じた記憶を。 俺だけが覚えている記憶を。 嗚呼、酷いな俺。 本人が隠したことを死んでから伝えるなんて。 俺のエゴの犠牲になるなんて。 嗚呼、嗚呼。 「最低だ。」 ____ Side鶸 ____ 青年が地面に指を指した。 俺はその方向に顔を向けると、文字があった。 「今から書くから、見ていろ。」 そんな達筆な文字が書かれていた。 さらさらと血で文字が書かれる。 そこの内容の意味を理解すればするほど背筋が凍る。 鼓動が脳内でどくどくと響く。 心音しか音がないのは、酷く不気味で、息が詰まる。 全身の温度が引いていく。 後悔がまた押し寄せてくる。 …気がつけば、俺は泣きかけていた。 …というか多分泣いていた。 もしかしたら嗚咽混じりだったのかもしれない。 それくらい酷く重く、辛くて苦くて、最悪で最低な話が綴られていた。 「狂流はな、クソみたいな過去から這い上がって来たんだよ。村では村八分として扱われていた。実験所ではアイツの体質が災いして周りより致死率が高い実験に回された。時々記憶があやふやだったこともある。ずっと吐いていたことだってある。救いだって捨てていた。」 文字が乱れていた。 明らかに乱れている。 感情が高ぶっているのだろうか。 嗚呼、他人事だ。 最低だな。やはり屑だ。 「狂流は、誰よりも地獄を味わっていたんだ。狂流は、捨てていたが、捨てきれなかったんだ。そうだ。救いを求めていたんだ。小さな救いでも良い。ただ、望んでいたんだ。待っていたんだ。静かに、大人しく。記憶がなくとも、経験はある。狂流はマジックが好きなんだ。なぁ、あの子、あれが初対面だと思っていたのか?」 更に文字が乱れている。 青年は感情のあまり力を入れすぎている。 指が削れている。 だが、そんなのお構い無しに続ける。 続けるしか、俺の心を壊す方法がないから。 「小嵐 彩陽。この名前知ってるだろ?お前が殺したのはあの子だ。あの子はお前を救ったはずだ。お前の偽名を見れば一瞬で分かるに決まっているだろう?鵲と笠城。ほら、響きがそっくりだ。偶然でも心の底に残っていた証だ。なぁ、それなのに殺したのか?なぁ、お前にとって大切な簡単に忘れる存在か?なぁ、なぁ、なぁ、なぁ」 痛いところを容赦なく突かれる。 そこは勘弁してくれ。なぁ。 謝っても済むとは本気で思っては居ない。 ただ、謝るしか出来なかった、 首を括ろうが、赦してくれるような気がとてもしなかった。 人差し指が、目に見えて削れてもなお、青年は書き続けた。 泣きながら。辛そうに。 俺がそうさせたんだ。 「お前は、何も気が付かずに復讐に囚われ無実の少女を殺した仁義の無い外道だ。そんなお前が他人を楽しませる事ができると思うか?お前にゃ無理だ。今後一生無理だ。今後なんてものがあろうがなかろうが無理だ。お前の愚かさを今、とくと自分で味わえ。」 …ぁ。 心がパキリと音を立てて壊れた気がした。 ダメだ。俺の核心を折られた。 ……何が正解なのだろうか。 …口を回すにも、正解が分からなかった。 もうダメだ。本当に。 ほぼ衝動的にナイフを青年から奪い、俺の首に宛てがい、そして。 _____ side 仁慈 _____ 「ふざけるなよ?」 心をへし折り倒して、やっと自殺する気になったのだろうか。俺のナイフをひったくり、首に刺す事を試みた。 …だが、させる訳がないだろう。 俺はそのナイフを奪い取った。 手からは血が滴り落ちた。 このまま掴んでいれば指が落ちるのも時間の問題だ。だがもう良い。 別に、この先指なんて使うことはきっと無いから。 そうして力づくで奪い取り、適当な所へ投げ捨てた。 俺は、昂る黒い感情をそのまま文字にした。 指が削れるのを厭わず、商売道具が壊れることを厭わず。 「なぁ。死にたいだろう?そりゃああんな風に高いだけのプライドをへし折られたらそうなるよなあ。流石に同情するよ。でもなぁ、自業自得なんだよ、全部。全部全部。それのツケが今回っているだけ。分かるかな?」 我ながら書いている文字列に嫌悪を覚える。 この畳み掛け方は、昔俺も散々やられたから。吐き気がするがどうでもいい。 今はただただ、恨みを晴らしたいんだ。 誰かの為になるとは思わない。 エゴだ。ワガママだ。全部そうだ。 それでも、やらないと気が済まない。 やり場のない恨みを、ここで全てぶち撒けてしまえ。 それにしてもここからどうしようか。 酷くつまらなく、ありきたりな展開しか思いつかない。 コイツを一生苦しめる方法を、考えなければ。 考えろ。あるだろ1つくらい。こいつが死ぬ前に思いつけ。早くしろ。はやく。 アレはぬるい。これは違う。穴がある。それも違う。どれも違う。 …正解なんて、無いのかもなぁ。 アイツが苦しみ抜く選択の、正解なんて。 じゃあここで殺すか? …それは嫌だな。 どうするのが…? あ。 あったよ、正解。 …アイツに出来る、最大の復讐があった。 …未練は無い。 狂流が居なければ、生きる意味は無いようなものだ。 俺は、震える手で書いた。 「なぁ、人魚の血って知っているか?」 横を見ると首をふるふると横に動かしている瀕死の人間が居た。 分からなくても、顔色は明らかに悪くなっている当たり、察しは着いているのだろう。 ああ、大正解だ。ろくでもないものだ。 「人魚の血を飲むと不老不死になるらしいぞ。お前で試させてくれよ。」 さらさらと残酷な文字列を心を痛めずに書ける辺り、俺の心は壊れきったみたいだ。 口の端が思わず釣り上がる。 ざまあみろ。ここまで来たら死なせるものか。 「な…なぁ…待って…くれよ…。」 掠れた声で異議を唱えようが、それを聞く義務はない。 「なんで…殺さねえんだよ…?」 …これには答えておくか。 俺はボロボロの人差し指を地面に向けて、また書き始める。 「そっちの方がお前が苦しむと読んだからだ。…だって今、死にたくて消えたくて、責任持ってくたばりたいだろう?…させるか。んな事。」 ヒュッ喉を鳴らす音が聞こえた気がする。 …だが良い。 「たぁんとお食べ。」 俺は無理やり鶸の口をこじ開け、削れに削れた人差し指をねじ込んだ。 口を必死に閉じようとする姿が滑稽で、惨めで、昔の自分みたいで嫌になった。 だから、歯を数本折って出来た隙を使い、使える手で無理やり咀嚼させた。 俺の人差し指は、お陰で無くなった。 だが良い。どうでも良いそんなこと。 …これで、出来た。 アイツは不老不死になった。 その証拠に、致命傷が段々と治るのが見て取れる。あはは。可哀想だ。 …さて、仕上げだ。 俺はにんまり微笑った。 人生最期の景色は最悪だが、トラウマを植え付けるには十分すぎる。十分すぎた。 聞こえなくていい。 聞かなくていいから、言わせてくれ。 「あばよ、そのまま一生死ぬまで呪われながらクソみたいな永遠を過ごすんだな!」 後ろを向き、俺は狂流の遺体の方へ足を向ける。そうして隣に横たわる。 「あーあ。これじゃあ俺がただただ狂流…いや、彩陽の事が大好きなだけじゃねえかよ…」 懐から毒を取り出す。 あの実験所の毒。 昔、彩陽が飲まされていた毒。 …せめて、少しは苦しみがわかるといいな。 迷わず薬を飲み、その後のことを身に委ねた。 _______ side 鶸 ______ 痛みが引いてきた。 腹の傷は恐らく完治しただろう。 …だが、代償が重い。 重…すぎた。 手が震える。目眩がする。息が詰まる。 これから一生、俺は絶望と共に歩いていくのだろう。 歯の痛みが、心の痛みが。 全てを物語ってた。 宛もなく生きる事の辛さは知っている。 それが永遠に続くのか? …聴力が戻ってきたのを感じた。 ……あの青年。最期に何を言っていたのだろうか。答えは、俺が生きている限りは絶対に知り得ることが無いのだろう。 どうしようか、これから。 ………。 何が正しいのだろうか。この場合。 正しいなんて無いな。 間違いしか無い。 間違いを正解にする…なんていう荒業もきっと使えない。 いわゆる詰みってやつだ。 こんな詰みが、これから一生、宇宙が塵となるまで続くのだろう。 気が遠い。これら全てが夢みたいな感覚だ。 …夢を見るのは悪くない。だって、気が遠くなるだけだもの。 気が遠くなったって、仁義はきっと亡い。 そんな鶸に慈悲なんてこの先無い。 ____
これには前編があります。 前篇を読むことを前提とされていますが、無くても胸糞は変わらないはずなので読んでも読まなくても大丈夫です。 本音を言うと前篇も読んで☆と♡がほしいです。 https://scratch.mit.edu/projects/1245317329/ 前篇 使い方を全部見てね♡ …絶望と苦痛と共に、その場に閉じ込められるだけだろう。愛玩動物らしく。小さい檻に。 小さい檻に入り切らないほどの憂鬱と苦痛と悲観と自責と孤独と倦怠と焦燥と衝動と迷路と希死念慮と自己嫌悪を詰めて詰めて詰め込んで。 背負うしかないのだろう。 今後一生。永遠なんかでは表せない時間の間。 「…おい…何がどうなってこうなった?」 声のする方を向くと、紺色の髪を雑に一束に結んだ僧のような男…もとい遮二が驚いたような表情をしていた。 無理はない。 凄惨な死体が一つ、口から大量の血を吐いて倒れている死体が一つ。 周りに大量の血文字が書かれており、その中心には大量の血とほぼ無傷の男一人。 …そりゃあそうなるさ。 だが経緯を語る余裕はもう無かった。 「…そこの2つの遺体を手厚く埋葬してくれ。…費用は全部俺が出す。……頼んだ。」 俺はふらふらと立ち上がり、遺体とは反対側に進んだ。 何処かに向かう宛は無い。 ただ、何処かに行きたかった。 …何処にも逝けないのに。 一生俺は、此処から前にも後にも進めないのに。 ああそうだ、実験所に向かおう。 あそこに行って、全部を確認しよう。 宇宙と運命を共にするのは決定事項だ。 だが、時間が有り余りすぎた。 …此処から減る正気はもう無い。 …だったら全部を知ろう。 それで、罪に浸ろう。 せめてもの贖罪だ。 嗚呼そうだ。勘違いから生まれた愚かな行動への、贖罪だ。 仁義は無い。 慈悲は捨てた。 愚かな鶸は、一羽で舞うしか無い。 それを選んでしまったから、仕方がない。 _____