⚠︎注意書き⚠︎ ・テレマン視点。 ・内容が重い ・内容が重い(何度でも言える) ↓↓↓ 館の廊下を歩く彼の背中は、昔よりずっと静かだ。 その姿を見るたびに、生前の彼を知る者として どうしても重ねてしまう。 あの頃の彼は……もっと分かりやすかったと思う。 感情の起伏も、喜びも苛立ちも、 すべてが今より前に出ていて、 どこか活き活きとしていた。 生前の記憶は、すべてが鮮明というわけではない。 それでも確かに覚えていることがある。 彼が家族の話をするとき、 ほんの少しだけ声の調子が変わっていたことだ。 自分では、きっと気づいていなかっただろうけれどね。 子どもたちの話。妻の話。 日々の、どうということのない出来事。 そして僕のことを、兄のように慕っていた…… 多分、ね。 今から話すのは、彼がこの館に来たばかりの頃の話だ。 僕自身が見たわけじゃなくて、 ヴィヴァルディから聞いたことだけれど。 彼は目覚めてすぐ、館を歩き回ったという。 妻がいないからだ。 大人になる前に先立ってしまった子どもたちも。 彼はしばらくの間、館中を歩き回った。 廊下を、大広間を、居室を。 もしかしたら、ここにいるのではないか、と。 そんな希望を、完全には捨てきれずに。 死の間際、天国ならば会える。 どこかで、そう思っていたのだろう。 けれど彼が辿り着いたのは天国ではなく、 この館だった。 それでも彼は、嘆き叫ぶことはなかった。 誰かを責めることもしなかった。 ただ、ひたすらに探し続けた。 そして、ある日を境に、彼は歩き回るのをやめた。 受け入れてしまったのだ。 叶わないなら、叶わない。 戻らないなら、戻らない。 …と。 その結果、彼は歪んだ。 今まで自然にできていた感情の起伏を、 彼は自ら遠ざけてしまった。 失う可能性を前にすると、思考は一方向に収束する。 排除。 遮断。 切除。 それらすべてが、極端なまでの防衛本能だった。 だからだろう、彼を怖いと感じる者がいるのは。 ただそれでもね、僕は彼の横に立ちたくなる。 どうでもいい話をしたくなる。 世間話をして、笑い合いたくなる。 きっと、昔の彼なら…… 少し遅れて、困ったように口元を緩めただろう。 あのわずかに遅れる笑みが、僕はとても好きだった。 今の彼は、もう違う。 ずいぶんと変わり果ててしまった。 それでも、思ってしまうんだ。 いつかまたあの頃みたいに。 ただの世間話をして、 何でもないことで笑える日が来たらいい、と。 彼が、堕ちるところまで堕ちてしまったのなら。 せめて僕は、そこに手を伸ばし続ける存在でいたい。 引き上げるなんて、大それたことはできない。 ただ、隣に立って、 「昔はこうだったね」と言える友でありたい。 ……それだけで、十分だろう? バッハ。
“彼”はなぜあんなにも無口・無表情なのか。 それらがこの番外編で明らかになります。 番外編=作者の人の心が無いシリーズ 最新話↓ https://scratch.mit.edu/projects/1256143423 番外編第一弾↓ https://scratch.mit.edu/projects/1215955592 BGM:ないしょ話(甘茶の音楽工房様)