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第一夢 砂糖水のような朝 ========================= 目覚ましが鳴る三分前に目が覚める。 理由は分からない。 ただ、体がそう覚えている。 天井の左隅にある小さな染みを見て、今日もまだ消えていないことを確認する。 あれは大学生の頃、雨漏りを放置したせいでできた染みだ。今はもう乾いているが、跡だけが残っている。 カーテンを少しだけ開ける。 曇り。遅刻はしない。 キッチンでコーヒーを淹れる。 安物の粉だが、分量だけは守る。多すぎると苦く、少なすぎると水になる。私は水っぽい味が嫌いだった。 だから、決まったスプーンを使う。 パンを焼く。 トースターの前に立ち、焼ける音を聞く。焦げる直前で止める。これだけは失敗しない。 時々、砂糖水みたいな朝だ、と思う。 甘いわけじゃない。ただ、喉に残る。 玄関で靴を履き、ドアを開ける前に、必ず一度だけ室内を振り返る。 理由はない。癖だ。 会社までの道も、正常だった。 コンビニの前でタバコを吸う男は今日も同じ場所に立ち、電柱の影が歩道に斜めに落ち、小学生の列が騒がしく通り過ぎていく。 私はそれらを見ながら、何も感じないことに安心していた。 感情が動かない日は、良い日だ。 翌朝、 玄関の靴が、揃っていなかった。 胸の奥に小さな棘のような感覚が残った。 ――私は、こんな向きで脱いだ記憶がない。 記憶を探る。 朝の自分。靴を脱ぐ自分。 映像は曖昧で、細部が欠けている。 疲れているのだ、と結論づける。 最近、仕事が立て込んでいる。 そうやって、私は違和感を正しく処理した。 翌朝も、同じだった。 染みは消えていない。 コーヒーは同じ味。 パンは焦げなかった。 だが、会社でマグカップを持ち上げたとき、指先にざらりとした感触があった。 ひび。 細く、長い何か異様なひび。 昨日まで、なかった。 私はひびをなぞり、しばらく考えた。 そして、同僚に聞いた。 「このカップ、割れてたっけ?」 同僚は一瞬こちらを見て、すぐに書類に視線を戻した。 「前からだよ」 即答だった。 迷いがない。 別の同僚にも聞いた。 同じような答えが返ってきた。 私だけが、昨日を覚えていない。 やはり最近疲れているのだろうか。 病院に行こうかと悩みながらも、 深くは、考えなかった。 家に帰ると、冷蔵庫に牛乳が二本あった。 一本は、今朝開けたもの。 もう一本は、未開封。 賞味期限は、三日後。 私がいつも選ぶ日付。 だが、レシートはない。 買った記憶もない。 だが、冷蔵庫の中にある以上、誰かが買ったのだ。 そしてこの部屋に出入りできるのは、私だけ。 私は牛乳を一本取り出し、コップに注いだ。 味は普通だった。 それで、終わりにした。 その夜、夢を見た。 暗い部屋。 床に座り込んだ、小さな影。 声をかけようとして、喉が動かない。 代わりに、誰かが言った。 「……ごめんなさい」 目を覚ますと、心臓が早鐘を打っていた。 夢の内容は、すぐに霧散した。 ただ、嫌な感触だけが残った。 ========================= 最近何かと忙しく