※注意※ これはいかなる侵略戦争も賛美、肯定する意図は全くございません。 別世界線の日本(日本が連邦制だったら)を題材にしています。これは私の創作であって史実とは何ら関係はございません。 ー説明ー 戊辰戦争以降、日本は明治政府への移行を果たした。しかし、蝦夷(北海道)のアイヌ民族や琉球王国(沖縄)の琉球民族は日本への編入を嫌がるばかりであった。そのため、日本は連邦制国家へ生まれ変わった。基本的には中央政府が列島全体を支配するが、蝦夷と琉球には大幅な自治が認められた(というかもはや独立国のようだ)。大日本連邦は着々と経済、軍事などで成長を続け、後の日清戦争、日露戦争で勝利を収め、ユーラシア大陸へじょじょに勢力を広げた。1910年には大韓帝国が日本の自治領になった(韓国併合)。その後に大正デモクラシーの時代を受け民主化を本格的に進めるも、1929年の世界恐慌によって経済は崩壊手前へ。軍部が政治に口出しをするようになり、1931年には満州事変を決行、翌年1932年には満州国が設置。国際社会はこれを認めず、大日本連邦は国連から脱退する。孤立の帝国となった大日本連邦は1937年に中国諸国に宣戦布告。中華民国率いる中国諸国は抵抗を行うが統率がとれず、日本の傀儡政府が中華民国に反旗をひるがえしたり、日本へ寝返る勢力も相次ぎ、中国は崩壊寸前の状態に。1941年にアメリカやイギリスなど、連合国の本土に奇襲を仕掛け、東南アジア、インドへも侵攻する。そしてソ連にも傀儡政権を樹立、北進も進めた。1943年には地図のようにここまで国土を広げる結果となった。しかしそこからは徐々に劣勢に立たされ、1945年8月15日にポツダム宣言を受諾。大日本連邦は敗戦した。戦後はGHQの提案のもとで憲法を大幅に改正。高度経済成長、石油危機、かなり落ち着きつつあるが今も一応続いているバブル景気を経て、今も世界を支える大国の一つとして国際社会と渡り合っている。もちろん、この戦争の影響は消えたわけではない。 ー国家紹介ー 大日本連邦 (1870年~ )(一番右) 亜細亜共栄圏の盟主。 連邦制で、北海道に蝦夷アイヌ自治区、沖縄には琉球自治区がある。 大亜細亜戦争を起こした張本人である。 軍事力は亜細亜共栄圏の中でも最強(なお軍人の大半は倫理観が終わっている模様)。 産業では四大財閥が支配している(そのために汚職もすごい)。 日本領朝鮮(1910~1945)(日本の左のとなり) 大日本連邦の植民地。 北では工業が、南部では農業が盛んで、日本経済を支えていた。実は日本での世界恐慌の影響を抑える事ができたのは朝鮮のおかげ。 1945年の日本降伏の際に再び独立を果たす。 満洲国(1932~1946)(朝鮮半島の上) 満洲事変の際に建国された皇帝(名目上、事実上は天皇)を頂点にすえた国。日本の傀儡国家でもある。 日露戦争の賠償として日本がロシアから譲り受けた、満洲鉄道が走っており、工業やサービス業などの産業の多くは満鉄が支配している。 1945年のソ連による侵攻によって崩壊した。 極東ロシア国(1905~1948) 日露戦争でロシアからウラジオストクあたりの領土を譲渡された際に建国された日本の傀儡国家。 貿易業が盛んで大日本連邦の重要な貿易拠点となっていた。日本降伏にともない勢力圏から離れたものの、ソ連の編入要求を受諾する1948年まで続いた。 ザバイカル第二共和国(1941~1944)(上の中央) 白軍の残党が日本の協力を得て建国された。 しかし1944年のソ連のザバイカル奪還作戦によって、幹部らが粛清されたことにより、自然消滅した。 蒙古国(1939~1945)(満州国の左) 日本の傀儡政府である蒙古聯合政府が内モンゴルに作った日本の傀儡国家。 1945年のソ連による満洲侵攻で満洲国と共に消えた。 中華民国南京国民政府(1940~1945)(日本の真左) 中国国民党を裏切った一部の国民党左派の下中国国民党党員が元首の日本の傀儡国家。 沿岸部をほぼ掌握していたため、日本からの軍事支援を受けやすかった。 海軍もそこそこ強く、英米との海戦でも単独で倒せるほどの力があった。陸軍に関しては日本と肩を並べるほどに強かった(特に量)。 日本軍と共に国民党を追い詰めていたが、中英米の奪還作戦と、軍質の悪さが災いし、じょじょに後退。 日本降伏の2日後に首都であった北京を落とされ、正式に国民党軍に降伏し、崩壊した。 山西国(1937~1958)(中華民国の上左。緑が目立つ) 日本が日中戦争中に親日の地方軍閥である山西軍閥が日本との協力を経て建国した。 なんと日本降伏後も国共内戦のいざこざの中で中立を選んだことで、中華民国との合意のもと、中華民国に帰属する1958年まで続いた。 産業や軍事は亜細亜共栄圏で最も弱かった。 中華人民政府(1935~1949)(山西の左) 共産党の多数派であった共産全体主義者が日本との協力を宣言して設立された政府。 軍隊はゲリラ戦を得意としていたため、中華民国との戦闘では比較的優位だった。日本降伏後も中華民国と戦争を行ったが、中華民国の圧倒的な軍量に勝てず、1949年に降伏した。 中華民国重慶政府(1941~1945) 中国国民党の孫文派の一部の親日家たちが建国した。 正統政府を名乗り、五色旗を掲げていた。 中華民国の重慶作戦によって侵攻され、崩壊した。 国民党軍左派政権(1938~1946)(南京国民政府の下) 国民党軍の内部にいた左派が蜂起を行って建国された国家。しかし中国諸国の中ではまだ弱い方だった。 日本降伏を知らなかったため、戦後も1年中華民国と戦争を続けていた。 雲南執政政府(1938~1945)(重慶政府の真下) 日中戦争中に雲南に住んでいる少数民族が建国した国家。1945年の中華民国の侵攻によって消滅した。 第二次東トルキスタン共和国(1940~)(上左、水色) 日中戦争のいざこざの中、独立した国家。 日本と同盟したとはいえ、民主主義国家であるため、全体主義の日本とは相いれなかった。 1944年にはしれっと連合国側に寝返り、戦後は中華民国と協調した結果、中華民国から独立を認められた。 現在ではかつての新疆全域を統治している。観光業で成長している。産業は貧弱で中華民国からの支援でかろうじてまかなっている。 チベット王国(1912~)(東トルキスタン共和国の下) 辛亥革命の際にしれっと独立した国家。 観光資源が豊富なため、観光業で大きな躍進を果たしている。 ベトナム人民民主共和国(1941~1975)(ベトナムの上部) ベトナムの社会主義者が建国した国家。 日本とは協調関係にはあったものの、大亜細亜戦争後半には連合国と秘密裏に単独講和を行った。その際に独立も承認してもらった。 のちに共産党内の社会民主主義者が民主化を行った。 1975年のベトナム統合の際に政府がベトナム共和国中央政府に権力を移譲する形で解散した。 安南保護国(1883~1949)(ベトナムの中央部) フランスの保護国。 一時は、独立を求めて、宗主国であるフランスに反旗をひるがえしたものの、日本降伏後、フランスに再び統治された。 1949年には革命によって王様が暗殺されたことで安南共和国が建国され、崩壊した。 コーチシナ共和国(1862~1975)(ベトナムの下部) フランスが作った国家。独立を求めてフランスに反旗をひるがえしたが、日本降伏後に再びフランスのもとに戻った。1975年のベトナム統合の際に、ベトナム共和国中央政府に権力を移譲する形で解散した。 ラオス王国(1940~1956)(ベトナムの左となり) 日本の保護国として建国された。 1945年に日本からの完全独立を果たしたが、1956年の社会主義革命で王族と共に歴史の彼方に消え去った。 カンボジア共和国(1940~1978)(ラオスの下) 日本の保護国として建国された。 1945年に完全独立を果たした。 1978年に社会主義革命によって歴史の彼方へと消えた。 タイ王国(1238(伝承)~)(中央ちょっと下らへん) 1238年(伝承)から続く国家。 1940年の第一回から大亜細亜共栄圏協議大会に参加し続け、大亜細亜共栄圏の東南アジア代表を担っていた。1945年に連合国と秘密裏に単独講和した。 マレー国(1942~1944)(タイの下) 1941年の東南亜細亜作戦でマレー半島に建国された日本の傀儡国家。 1944年のイギリスの奪還作戦でイギリスにマレー半島が奪還され、政府は東京に亡命して、実質的に消滅した。 インドネシア共和国独立準備委員会(1941~1945)(一番下) インドネシアの現地住民が日本の協力のもと建国した暫定政府。 日本の降伏直前に独立宣言を行い、委員会はインドネシア共和国政府に権力を移譲する形で消滅した。 フィリピン第二共和国(1943~1945)(右下) 日本が占領したフィリピン諸島に建国された日本の傀儡国家。現地軍は時々バナナを食べていたといわれている。1944年から翌年にかけて、アメリカ率いるフィリピン・コモンウェルスが奪還作戦を実行したことで、崩壊した。 ビルマ国(1941~1945)(タイの左となり) 日本が占領したビルマ地域に建国された日本の傀儡国家。1945年にイギリスの奪還作戦と、ビルマ国内軍の反乱によって消滅した。 自由インド仮政府(1942~1947)(ビルマの左となり) インド人と日本が設立した暫定政府。1943年にこの知らせがインド中に広がると藩王国の大部分が自由インド仮政府に協力し、独立宣言を行った。 大亜細亜戦争 1945年の日本降伏の後も、政府自体は続き、後に「インド自由共和国連邦」の誕生に大いに寄与した。 パキスタン国(1943~1948)(一番左) 自由インド仮政府の知らせの影響を受けた独立派の藩王国の一つが仮政府に合流しようとしたものの、国内のムスリム(イスラム教徒)がこれに反発し、一部の過激派がクーデターを実行。その結果誕生したイスラム原理主義を掲げた独裁国家である。 日本とは仲が良かったが、インドとは激しく対立した。しかし1948年にトルコを視察した世俗派寄りのムスリムたちが設立したパキスタン民主同盟がクーデターを実行し、世界初のイスラム共和制国家が建国され、それに際して崩壊した(ちなみに、これによりインドとの関係は改善され、国交正常化もされた)。