なんか辛い。 いや、辛いという言葉で形容するには簡単すぎると思う。 この感情は分からない。自分でもわかっていないのだから、誰かに理解されることなど不可能だとはわかっている。 社会とは難しいものだ。自身の理想とは到底かけ離れた世界。その中で生き続けることに意味はあるのだろうか。 結論はいつまで待とうと来ない。変わることへの恐怖と不安へのまれやすい日本人の事だから仕方がないとも考えられる。 時々、自分が自分でないと感じることがある。 仲間の中で笑っている自分。 雨の中傘もささずに川を眺める自分。 音楽に想いを馳せている自分。 "笑う"ことを忘れた自分。 もう涙を流すことも諦めた自分。 自分の影となった自分。 自分そのもの。 全部同じ自分。けど、何かが違う。根本的におかしい。何が変か。不明瞭な仮定と実験の中で生きる。それは苦痛に満ちた世界。 痛い。少し痛いのか、かなり痛いのか、とても痛いのか、どれが答えなのか。自分の回答は果たして正解なのか。正体は一体何なのか。心臓の鼓動が伝える信号に耳を傾けてみる。 ...否。そんなものに委ねても意味はない。 結局、希死念慮を抱えたままどうしようもなく生きていくのだろう。それは偽物の希望。 それは偽物の感情。 それは偽物の仮面。 それは偽物の癒し。 それは偽物の心。 それは偽物の何か。 それは偽物。本物は何処へ行ったのか。 裏側、生涯捲れることのない自分の裏側を覗いて、その正体を明らかにするしかない。 痛い。場所は分からない。 "自分らしさ"という毒を喰らいながら。