1. 砂時計の底で 掌からこぼれ落ちた銀の砂を 数える指が、いつしか震えを止める 戻らない瞬間のまぶしさが 瞼の裏で、鈍い痛みへと変わる頃 私たちは、欠けた器を抱えたまま まだ見ぬ泉へと足を向ける 満たされない空白があるからこそ 汲み上げる一滴は、こんなにも透明だ 2. 未踏の地図 破り捨てた昨日の頁は 風に舞って、どこかの街の塵になる 「もしも」という名の迷路の中で 出口を探すのは、もうやめにした 靴底が捉えるアスファルトの硬さ 肺を満たす、少し冷たい新しい風 その重みと、その息苦しさこそが 私がここに在るという、唯一の証言 3. 暁の境界 夜の淵に腰を下ろし 溶けゆく星をただ眺めていた 昨日という名の重い外套を 脱ぎ捨てる勇気は、まだ持てないけれど 東の空が、静かに藍を脱ぎ捨てる 赦されない過ちも、癒えない傷跡も 光の粒に晒されて、輪郭を失っていく ただ、今日という真っ白な岸辺へ 私は静かに、漕ぎ出していく 4. 振り子 時計の針が刻むのは、進む音ではなく 何かが剥がれ落ちていく音だ。 昨日の自分を追い越せないまま 影だけが先へと急いでいく。 けれど、止まったままの景色には もう、風は吹かない。 5. 藍色の呼吸 夜が明ける直前の、あの重たい静寂。 すべての後悔を飲み込んだ海が 静かに潮を引いていく。 戻りたかった場所は、もう波の下。 私はただ、新しく乾いた砂の上に 最初の足跡を刻みつける。 6. 羅針盤の針 狂った磁石が指し示していたのは いつだって、背後のまぶしい残像だった。 それをポケットの奥にねじ込み 北極星を探して顔を上げる。 震える指先が選ぶのは、 地図にも載っていない、名もなき朝だ。 7. 窓辺の光 昨日までの私を、一冊の本のように閉じる。 読み返せば、滲んだ文字ばかりが目に付くけれど 物語はまだ、エピローグには早すぎる。 インクが乾くのを待つ間もなく 白い頁が、窓から差し込む光に焼かれている。 8. 鉄橋にて 通り過ぎていった列車の轟音が 後悔を散りぢりに追い払っていく。 線路はどこまでも続いていて 振り返る余裕さえ、加速が奪っていく。 行き先は決めていない。 ただ、この速度を信じて前を見るだけだ。 9. 昨日の抜け殻 脱ぎ捨てられた服のように 昨日は床に、力なく横たわっている。 それをもう一度着ることはできない。 肌寒い朝に身をすくめながらも 私は、まだ誰も袖を通していない 「明日」という名の、新しい皮膚を纏う。 10.光の足跡 窓を叩く雨音の数だけ こぼれた言葉を拾い集める 「あの一秒を、あの眼差しを、もう一度」 巻き戻せない時計の針を見つめ 影法師だけが長く伸びていく 悔恨は、深い海の底の砂 触れれば濁り、離せば沈む けれど、その冷たさを知る指先だけが 祈りの温度を正しく測れるのだ 昨日を毎日やり直したいと思う分、明日をしっかりと生きよう 朝焼けがカーテンの隙間を抉(こじ)開け 新しい空気が肺の奥を洗うとき 未完成のままの私たちが 今日という名の一歩を踏み出す 振り返るたびに増えていく足跡は 戻れぬ場所への道標ではなく どこまでも歩いていけるという 静かな、確かな証明なのだから