第六話:リンゴ飴 夜の空気は冷たく、 街の灯りはどこか他人事のようにきらめいている。 セリア「……よし、これで全部かな」 セリアは、買い物袋を腕に提げ、ふと夜空を見上げた。 かつてアステと呼ばれていた頃の記憶はない。 3mを超えていた巨躯も、今は人並みの少女の姿だ。 電子機器の仮面もなく、ただ穏やかに、 この世界で新しい人生を歩んでいる。 ふと、胸の奥がチリりと痛んだ。 なぜだか分からないが、 イチゴ飴の並ぶ菓子売り場を通るたび、 ひどく懐かしくて、泣き出したいような 寂しさに襲われるのだ。 セリア「……気のせいだよね」 セリアは小さく首を振り、帰路につくために 歩道橋の階段を上り始めた。 その時だった。 歩道橋の真ん中、欄干の向こう側に、 一人の少女が立っているのが見えた。 燃えるような赤色のイメージカラーを纏った、 背の高い少女。ふぇりだ。 彼女の瞳に、かつての輝きはなかった。 スペースは???に飲まれ、 アステは転生して自分を忘れた。 世界中の誰の記憶からも自分の存在が消え、 ただ一人、重すぎる記憶だけを抱えて生きる限界。 セリア「……あ、あ、あああ……っ!!」 セリアの心臓が、鐘を打ち鳴らすように 激しく脈打った。記憶はない。名前も知らない。 けれど、彼女が今にも夜の闇へ 溶けてしまいそうなのを見て、体が勝手に動いていた。 セリア「待って! ダメだ、そこを動かないで!!」 セリアは買い物袋を投げ出し、全力で駆け寄る。 ふぇりがゆっくりと振り返った。その頬を、涙が伝う。 ふぇり(……アステ、先輩?) ふぇりの唇が、音もなくその名を形作った。 目の前にいる少女は、 あの時の泣き虫な巨人とは似ても似つきない。 けれど、その瞳に宿る、どうしようもなく優しい 寂し泣きの面影を、 彼女は見逃さなかった。 ふぇり「……やっと、会えたね。 ボクのこと、思い出してくれた?」 ふぇりは、ふわりと微笑んだ。 それは、イチゴ飴をもらった時よりも、 ずっと綺麗で、ずっと悲しい笑顔だった。 セリア「待ってくれ! 行かないで! 話せば分かる、私は、君を――」 セリアの手が、必死に空を掻く。 あと数センチ。あと少し指が届けば、 その細い手首を掴めたはずだった。 けれど、ふぇりは一歩、後ろへと踏み出した。 ふぇり「バイバイ、先輩。……今度は、 ボクのことを忘れないでね」 ふぇりの体が、重力に身を任せて宙に舞う。 赤い髪が夜風に広がり、 まるで一輪の彼岸花が散るように、 彼女は高い歩道橋から夜の底へと堕ちていった。 セリア「――ぁ、あああああああ!!!」 セリアの絶叫が夜の街に響き渡る。 地面に叩きつけられた衝撃音と共に、彼の脳内に、 決壊したダムのように記憶が流れ込んできた。 電子機器の画面越しに見た、 イチゴ飴を頬張るふぇりの笑顔。 ハサミを誇らしげに見せる、生意気で愛らしい仕草。 そして、泣きながら彼女を突き飛ばした、 あの日の自分。 セリア「ふぇり……ふぇり!!」 セリアは震える足で階段を駆け下り、 彼女の元へたどり着く。 冷たいコンクリートの上、 真っ赤な鮮血の中に横たわる少女は、もう動かない。 握力95kgを誇った彼女の手は、今は何の力もなく、 セリアがこぼした涙を拭うことさえできなかった。 その傍らには、セリアが投げ出した買い物袋から 転がり出た、安物のイチゴ飴が一つ。 街の灯りに照らされて、ただ静かに、赤く光っていた。
▫︎URL 前回: https://scratch.mit.edu/projects/1288797894 ▫︎クレジット ♫:あの子みたいに 執筆:刹那 絵:理沙 ▫︎タグ #originalcountryhumans #リンゴ飴の約束 #小説 #ふぇり #スペース #アステ