あの日、東北を覆った大地震。あの日。2011年3月11日の日から15年の月日が立ちました。 私は今日12歳、東日本大震災、能登半島の際は四国に居ましたから、「大地震」という物を体験したことがありません。しかし、家族などからその悲惨さは何回も、何回も教わっています。 話は変わりますが、福島第一原発ではチェルノブイリ原発事故と並ぶ、国際原子力事象評価尺度でレベル7という最悪の評価をもらっています。このようなことから、他国に与えた影響も凄まじく、「技術があれば大丈夫」という思考のドイツ当時首相が脱原発になった等、大国を動かしていることがあります。 私が言いたいのはこの大きく、悲惨な事件は自国のみではなく、他国をも動かしているということです。他国の営業方針すら変えてしまう。そのような福島第一原発は恐ろしく、ある意味すごい、凄まじい。ということを知ってほしい。そんな気持ちを込めて文章を今打ち込んでいます。 又々話は変わりますが、東日本大震災では40mもの津波を観測したそうです。この高さはビル13~15階建てだそうです。14階の高さのビルがこっちにぶつかってくる想像は全くつかないものです。私も全くイメージが出来ません。そして津波では仙台という世界有数の大都市が津波に飲まれる様子が世界へとLiveで放送され、全世界に絶望を与えたそうです。私も想像するだけで嫌気が差します。本当に忘れてはならない天災だということを理解しました。 ... 話が長くなりましたが、東日本大震災、そして福島第一原発は決して忘れては行けない事件であり、これらの事件を忘れてしまえば、死者・行方不明者の計2万2,230人の方々に失礼だと思います。 このような事故を決して忘れず、教訓を学び、もし次回起きても死者の数を1人でも減らせたらいいな。と考えています。 死者・行方不明者の方々が死後くらいは幸せにいてくれればいいなと考えます。 2万2230人を思って。
全て大半:中記載