短編小説で記述いっぱいになることある?もう長編やん。まぁ気長に楽しんでください。 最近ハンドクリーム塗ってるのに手が余計荒れます。誰か助けてください。 サムネは相棒のカルポ君に書いてもらいました <山の声> ・山の声 山奥の村、霧間(きりま)は、地図にも載らないほど小さな集落だ。 家々は黒ずんだ木材で組まれ、屋根には苔が生え、昼でも薄暗い。 村を囲む山は、まるで巨大な獣が眠っているように重く、どこか息づいている気配があった。 村の者たちは、日が沈むと決まって戸を閉め、灯りを落とす。 理由は誰も語らない。 ただ、子どもたちにだけは必ずこう言い聞かせる。 「夜に名前を呼ばれても、返事をしてはならぬ」 十六歳の少年、湊はその言い伝えを半信半疑で聞いていた。 村の大人たちは迷信深く、外の世界を知らない。 湊は、いつかこの村を出て、山の外の町で暮らすことを夢見ていた。 その夜、湊は眠れずにいた。 窓の外では、山風が木々を揺らし、ざわざわと囁くような音を立てている。 耳を澄ますと、風の音に混じって、かすかな声が聞こえた。 ーーみなと。 湊は息を呑んだ。 聞き間違いかと思ったが、再び声がする。 ーーみなと......こっちへおいで。 声は窓の外から聞こえる。 幼い頃に亡くなった母の声に、どこか似ていた。 湊は布団の中で固まった。 返事をしてはいけない。 そう教えられてきた。 だが、声は優しく、懐かしく、胸の奥を締めつけるようだった。 ーーみなと......寂しいよ。 湊の喉が震えた。 返事をしたい。 でも、してはいけない。 その葛藤の中で、ふと気づく。 声は、母の声に似ているが、どこか違う。 抑揚がなく、感情がまるでない。 誰かが母の声を“真似ている”ようだった。 湊は布団を握りしめ、必死に目を閉じた。 声は、しばらく湊の名前を呼び続けたが、やがて風とともに消えていった。 翌朝。 村の広場に、ざわめきが起きていた。 湊が駆けつけると、村人たちが一人の男を囲んでいる。 男は昨夜まで元気だったはずの隣家の青年、良太だった。 だが、その顔を見た瞬間、湊は息を呑んだ。 良太の顔は、良太ではなかった。 目の形も、鼻の高さも、口元の癖も、すべてが違う。 まるでーー “誰か別の人間の顔”に変わっていた。 村人たちは震えながら言った。 「......返事を、してしまったんだよ」 湊の背筋に冷たいものが走る。 昨夜、湊の名前を呼んだ“あの声”。 もし返事をしていたらーー 自分も、今の良太のようになっていたのだろうか。 湊は、変わり果てた良太の顔を見つめながら、 胸の奥に、言いようのない不安が広がっていくのを感じていた。 山は、何かを呼んでいる。 そして、誰かの顔を奪っている。 その理由を知ることが、湊の運命を大きく変えていくことになる。 ・変わった顔 良太の顔は、村人たちがどれだけ見つめても、誰のものなのか分からなかった。 まるで、どこにも存在しない“誰か”の顔を貼りつけたようだった。 湊は、広場のざわめきの中で、ひとり震えていた。 昨夜、自分の名前を呼んだ声。 あれに返事をしていたらーー 今、良太のようになっていたのは自分だった。 村の古老・安藤さんが、杖をつきながら人々の前に出た。 背は曲がり、白髪は乱れ、しかしその目だけは鋭く光っている。 「……また“山の声”が出たんだよ」 村人たちは息を呑んだ。 誰もが知っている言葉だが、誰も口にしたがらない。 安藤さんは良太の顔をじっと見つめ、低く呟いた。 「この顔……“山の主”が、またひとつ奪ったんだねぇ」 湊は思わず声を上げた。 「山の主って……何なんだよ。 どうして返事をしただけで、顔が変わるんだ」 安藤さんは湊を見た。 その目は、まるで湊の心の奥まで見透かすようだった。 「湊、お前……昨夜、声を聞いたね」 湊の心臓が跳ねた。 誰にも言っていないのに。 「な、なんで……」 「顔に出てるよ。怯えた子どもの顔だ」 村人たちの視線が湊に集まる。 湊は唇を噛んだ。 安藤さんは、村人たちに聞こえないように湊の耳元で囁いた。 「返事をしなかったのは、賢かったね。 あれは“お前の声”じゃない。 お前の母の声でもない。 山が、お前を呼んだんだよ」 湊の背筋に冷たいものが走る。 「……どうして俺を」 「理由なんて、山に聞かなきゃ分からないさ」 安藤さんはそう言うと、良太の家族に向き直り、 「今日から三日は家から出すんじゃないよ」と告げた。 村人たちは散っていき、広場には湊と安藤さんだけが残った。 湊は震える声で尋ねた。 「安藤さん……山の声って、本当は何なんだ」 安藤さんは空を見上げた。 山の稜線が、朝の光の中で黒く沈んでいる。 「昔から言われてるよ。 山は“人の形”を欲しがるんだと。 夜に名前を呼ぶのは、そのためさ」 「人の……形?」 「そう。 山はね、顔を集めているんだよ。 誰のものでもない、完璧な“顔”を作るためにね」 湊は息を呑んだ。 「そんな……」 「信じなくてもいいさ。 でも、返事をしたら最後。 山は、お前の顔を奪いに来る」 安藤さんは湊の肩に手を置いた。 「湊。お前は、山に“選ばれた”んだよ。 理由は分からない。 でも、逃げても無駄だ。 山は呼んだ者を、必ず迎えに来る」 湊の喉が乾いた。 昨夜の声が、耳の奥で蘇る。 ーーみなと......こっちへおいで。 安藤さんは続けた。 「知りたいなら、山へ行くしかない。 “禁域”の奥に、山の主がいる。 あいつが、すべての答えを握ってる」 湊は拳を握った。 恐怖と、怒りと、混乱が渦巻く。 良太の顔。 母の声を真似た“何か”。 山の主。 逃げたい気持ちと、知りたい気持ちがせめぎ合う。 安藤さんは湊の目を見て言った。 「湊。お前は、山に呼ばれた理由を知りたくないのかい」 湊は、ゆっくりと頷いた。 こうして湊は、決して踏み入れてはならない“山の禁域”へ向かう決意を固めた。 ・禁行の影 翌朝、湊は村の外れにある“禁域”へ向かう準備をしていた。 山の奥へ入ることは、村では固く禁じられている。 だが、昨夜の声と、良太の変わり果てた顔が、湊の背中を押していた。 家を出ると、ひんやりとした朝霧が村を包んでいた。 その中から、ひとりの老婆が現れる。 安藤さんだ。 白髪を布でまとめ、杖をつきながらも、その目は鋭く澄んでいる。 湊を見るなり、ため息をついた。 「……行くつもりなんだね」 湊は頷いた。 「俺、知りたいんだ。どうして山が人の顔を奪うのか。どうして俺の名前を呼んだのか」 安藤さんは湊の顔をじっと見つめた。 その視線は、湊の心の奥まで刺さるようだった。 「湊。山は“呼んだ者”を逃がさないよ。行けば、戻れないかもしれない」 「それでも……行くよ」 安藤さんはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。 「なら、これを持っていきな」 差し出されたのは、古びた木札だった。 表面には、見たことのない文字が刻まれている。 「それは“顔守り”だよ。 山に顔を奪われないようにするための、おまじないさ」 湊は木札を受け取り、胸元にしまった。 「ありがとう、安藤さん」 「礼なんていらないよ。......湊、気をつけておくれ。 山はね、人の形を欲しがるだけじゃない。 “人の心”も、喰うんだよ」 その言葉の意味を問い返す前に、安藤さんは霧の中へ消えていった。 湊は山道へ足を踏み入れた。 村の外れを越えると、空気が変わる。 湿った土の匂い、鳥の声の消えた静寂、風の止まった空気。 まるで、山そのものが息を潜めて湊を見ているようだった。 しばらく進むと、奇妙なものが目に入った。 木の根元に、人の顔の形をした“くぼみ”がある。 目、鼻、口の位置がはっきりしている。 だが、表情はない。 ただの“型”のようだった。 湊は背筋が凍った。 (......これ、良太の顔と関係あるのか?) さらに奥へ進むと、今度は“顔のない人影”が立っていた。 人の形をしている。 だが、顔だけが滑らかに削り取られたように、何もない。 湊は息を呑んだ。 その“顔のない者”は、湊の方へゆっくりと首を向けた。 顔がないのに、視線を感じる。 湊は後ずさりした。 木の枝が足に絡まり、転びそうになる。 その瞬間ーー ーーみなと。 耳元で、あの声が囁いた。 湊は振り返った。 誰もいない。 だが、声は続く。 ーーみなと......どうして返事をしてくれないの。 湊の心臓が跳ねた。声は、母の声に似ている。だが、やはり抑揚がない。感情がない。 “顔のない者”が、湊へ一歩近づいた。 湊は震える手で、胸元の木札を握った。 その瞬間、木札が微かに熱を帯びた。 “顔のない者”は動きを止め、ゆっくりと森の奥へ消えていった。 湊は荒い息をつき、膝をついた。 (……安藤さんの言った通りだ。山は、俺を呼んでいる) そして、湊は気づく。 声が聞こえた方向は、 村人が決して近づかない“禁域の最深部”── “面の谷”だった。 湊は立ち上がり、谷へ向かって歩き出した。 そこに、山の主がいる。 顔を奪う理由も、呼ばれた理由も、すべてが待っている。
・面の谷 禁域を越え、湊は山の奥へと進んでいった。 木々はねじれ、根は地面から浮き上がり、まるで何かが地中から押し上げているようだった。 風は止み、鳥の声も消え、ただ湊の足音だけが森に響く。 やがて、視界が開けた。 そこは、深い谷だった。 谷底は白い霧に覆われ、何も見えない。 だが、霧の向こうから、かすかに“人の声”が聞こえる。 ーーみなと。 湊は息を呑んだ。 まただ。 昨夜と同じ声。 母の声に似ているが、やはりどこか違う。 谷の縁には、奇妙なものが並んでいた。 無数の“顔”だった。 木の幹に刻まれたもの、石に浮き出たもの、土に埋もれたもの。 どれも表情がなく、ただ“顔の形”だけがそこにある。 湊は震えながら近づいた。 その中のひとつに、見覚えがあった。 「......これ、良太の...?」 良太の“元の顔”が、木の表面に刻まれていた。 まるで木が、良太の顔を吸い取ったかのように。 湊は吐き気をこらえた。 そのときーー 谷底の霧が、ゆっくりと揺れた。 霧の中から、何かが“這い上がってくる”気配がする。 湊は後ずさりした。 胸元の木札を握る。 木札は微かに熱を帯びている。 霧が割れた。 そこから現れたのは── 人の形をしているが、顔だけが“白い仮面”のようにのっぺりとした存在だった。 湊は声を失った。 その“顔のない者”は、湊の方へゆっくりと手を伸ばした。 指は細く、骨のように白い。 ーーみなと。 声が、谷全体から響いた。 母の声。 だが、やはり違う。 感情がない。 ただ名前を呼ぶためだけに作られた声。 湊は震えながら叫んだ。 「......誰なんだよ! なんで俺の名前を呼ぶんだ!」 その瞬間、霧の奥から別の声がした。 ーー湊。 今度の声は、母の声ではなかった。 もっと低く、もっと深く、 山そのものが喋っているような声だった。 霧が渦を巻き、谷底から“巨大な影”がゆっくりと姿を現した。 湊は息を呑んだ。 影は人の形をしている。 だが、顔がない。 ただ、白い“面”だけが浮かんでいる。 その面には、 湊の顔が刻まれていた。 湊は膝が崩れそうになった。 (……なんで、俺の顔が……) 影は湊に向かって、ゆっくりと手を伸ばした。 ーー返してもらうよ、湊。 その声は、まるで湊自身の声だった。 湊は震えた。 胸元の木札が熱くなり、手の中で脈打つ。 そのとき、背後から声がした。 「湊、離れな!」 振り返ると、 杖をついた 安藤さん が立っていた。 「山の主に触れたら終わりだよ! あれは“お前の顔”を奪いに来てる!」 湊は叫んだ。 「なんで俺の顔なんだよ! どうして俺なんだ!」 安藤さんは、湊の腕を掴んで引き寄せた。 「湊...... お前は、生まれたときに“顔を二つ持っていた”んだよ」 湊は言葉を失った。 安藤さんは続けた。 「山の主は、お前の“もうひとつの顔”を奪った。 でも、まだ満足していない。 今度は“本当の顔”を取りに来たんだよ」 湊の頭が真っ白になった。 (俺は...顔を二つ......? どういうことだ......?) 山の主が、湊の顔を刻んだ“面”を掲げる。 ーー返してもらうよ、湊。 その声は、湊自身の声だった。 湊は震えながら、安藤さんの腕を掴んだ。 「安藤さん...... 俺は......何者なんだ......?」 安藤さんは、悲しそうに目を伏せた。 「湊。 お前の“もうひとつの顔”はね...... 山に捧げられたんだよ。お前が生まれた、その日に」 湊の心臓が止まりそうになった。 自分の顔が、山に捧げられたーー? 誰が? なぜ? 山の主が、湊の顔を刻んだ面を掲げたまま、 ゆっくりと近づいてくる。 湊は逃げられないと悟った。 ・もう一つの顔 山の主が掲げる“湊の顔”は、白い面のように無表情だった。 だが、その無表情が逆に、湊の心を締めつけた。 ーー返してもらうよ、湊。 その声は、湊自身の声だった。 谷全体に響き、霧が震える。 安藤さんは湊の腕を強く引いた。 「湊、聞きな。 お前は生まれたとき、顔が二つあった。 ひとつは今のお前の顔。 もうひとつは...“山の主が持っている顔”だよ」 湊は震えた。 「どうして...そんなことに...」 安藤さんは、苦しそうに目を伏せた。 「お前の母さんは、難産だった。 湊、お前は“二つの顔”を持って生まれたせいで、命が危なかった。 だから母さんは、村の掟に従って片方の顔を山に捧げたんだよ。 お前を生かすために。」 湊の胸が締めつけられた。 (母さんが……俺を守るために……) 山の主が、湊の顔を刻んだ面を掲げたまま、ゆっくりと近づく。 ーー返してもらうよ。 それは、もともと“山のもの”だ。 安藤さんが叫んだ。 「違うよ! 湊はもう“ひとつの顔”で生きてるんだ! 山の主、お前のものじゃない!」 山の主は動きを止めた。 白い面が、湊の方へ向く。 ーー湊。 お前は、どちらの顔で生きたい。 湊は息を呑んだ。 (どちらの顔......? 俺の顔は、ひとつじゃなかったのか......?) 山の主は続ける。 ーーお前の“もうひとつの顔”は、ここにある。 返してほしいなら、返す。 ただし... 今の顔は、もらう。 湊は震えた。 どちらを選んでも、何かを失う。 安藤さんが湊の肩を掴んだ。 「湊、聞くんだ。顔ってのはね... “生きてきた証”なんだよ。 お前が笑った顔、泣いた顔、怒った顔... 全部、お前が積み重ねてきたものだ。 山の主の面は、ただの“形”だよ。 心のない、空っぽの顔だ。」 湊は胸元の木札を握った。 木札は熱く脈打ち、まるで湊の心臓と同じリズムで震えている。 湊は、山の主を見つめた。 「......俺は、今の顔で生きる。 母さんが守ってくれた顔で。 俺が積み重ねてきた顔で。」 山の主は動きを止めた。 霧が静まり返る。 ーーそうか。 その声は、どこか寂しげだった。 ーーならば、お前の“もうひとつの顔”は…… 山に返す。 山の主は、湊の顔を刻んだ面を胸に抱き、ゆっくりと霧の中へ沈んでいった。 霧が閉じ、谷は再び静寂に包まれる。 湊は膝をつき、深く息を吐いた。 安藤さんがそっと肩に手を置いた。 「湊……よく選んだね。 お前は、もう山に呼ばれないよ。」 湊は空を見上げた。 霧が晴れ、薄い光が差し込む。 (俺の顔は……俺のものだ。 母さんが守ってくれた顔だ。) 湊は立ち上がり、村へ向かって歩き出した。 山の声は、もう聞こえなかった。