===太田順也はzunさんの本名です。 ~~~ZUNさん幻想入り物語 第二話~~~ 「……幻想郷、ですか」 順也はその言葉を反芻した。 目の前の巫女――霊夢と名乗った少女は、面倒そうに鼻を鳴らすと「ついてきなさい」とだけ言い残し、地面から数センチ浮いたまま歩き出した。 順也は戸惑いながらも、彼女の背中を追った。 足元の草花、遠くに見える山並み、そして空を横切る巨大な「何か」。すべてが現実離れしているのに、不思議と懐かしいような、それでいて創作意欲を激しく刺激する色彩に満ちている。 急な石段を登り切ると、そこには古びた、しかし手入れの行き届いた神社が佇んでいた。 「ここが私の家。博麗神社よ」 霊夢に促され、順也は縁側に腰を下ろした。 差し出された湯呑みから立ち上る茶の香りに、ようやく強張っていた肩の力が抜ける。リュックを下ろし、中身を確認した。 ノートパソコン、デジタルカメラ、数冊の自由帳、そしてお気に入りのペン。 現代の「創作道具」たちは、この浮世離れした世界においても変わらずそこにあった。 「それで、あんた。外の世界で何をしていたのよ」 霊夢が茶を啜りながら、じろりと順也を見た。 「……音楽を作ったり、絵を描いたり、プログラムを組んだり。まあ、ひとことで言えば『物語』を作っていました」 「へえ、物書きの類? でも、ここじゃそんなもの何の役にも立たないわよ。お腹は膨れないし、妖怪も退治できないわ」 「そうかもしれません。でも……」 順也は、先ほどから自分の頭の中で鳴り止まない「音」に意識を向けた。 この清浄な空気、巫女のまとう独特の雰囲気、そして背後の森から感じる不穏な気配。それらすべてが、ひとつの旋律(メロディ)となって脳内に流れ込んでくる。 その時、神社の境内に突風が吹き抜けた。 「よお、霊夢! 珍しい客人が来てるじゃないか」 快活な声と共に、空から一人の少女が箒に乗って舞い降りた。 黒い大きな帽子に、フリルのついたエプロンドレス。霊夢とは対照的な、星屑を散りばめたような賑やかな衣装を纏った魔法使い。 「……霧雨魔理沙よ。こっちは、外の世界から落ちてきた迷子」 「外の世界? そりゃ面白い。なあ、お前さん。外の世界にはもっと派手な魔法があるのか?」 魔理沙と呼ばれた少女は、興味津々といった様子で順也の顔を覗き込んできた。 順也は圧倒されながらも、自然と手が動いていた。 リュックから自由帳を取り出し、滑るような手つきでペンを走らせる。 「……おい、無視するなよ。何を書いてるんだ?」 「スケッチです。忘れないうちに、あなたたちの『形』を留めておきたくて」 真っ白な紙の上に、霊夢の冷静な瞳と、魔理沙の爛漫な笑顔が、独特のデフォルメを伴って描かれていく。 それだけではない。二人の周りに漂う「弾幕」のイメージ、この世界の理、そして彼女たちが主役となるであろう物語の断片が、恐ろしいスピードで構築されていく。 「ほう……。見たこともない描き方だな。なんだか、私より私らしいぜ」 魔理沙が感心したように声を上げた。 順也は、視界の端で自分のノートパソコンが、電源を入れていないにもかかわらず微かに光を放ったような気がした。 この世界は、創作を喰らうのか。それとも、創作がこの世界を定義するのか。 「……とりあえず、名前を教えて。あんた、なんていうの?」 霊夢が問いかける。 順也はペンを止め、少し照れくさそうに、しかしはっきりと名乗った。 「太田順也。……ペンネームは『ZUN』といいます」 幻想郷に、のちに伝説となる一人の「神主」が足跡を刻んだ瞬間だった。