===太田順也はzunさんの本名です。 ~~~ZUNさん幻想入り物語 第三話~~~ 「ZUN、ねえ。変な名前」 魔理沙は順也の隣にどっかりと座り込み、彼の膝の上にある黒い四角い物体――ノートパソコンを興味深げにつついた。 「なんだこれ? 鉄の塊みたいだけど、魔力は少しも感じないぜ。これで『物語』とやらを作るのか?」 「まあ、そんなところです。これ一つで文章も書けるし、絵も描ける。音楽を打ち込んだり、プログラムを組んでゲームという遊びを作ったりもできるんです」 順也はノートパソコンの天板を撫でた。 山の奥深くで迷子になったのだ。当然、バッテリーは残りわずかだろうし、電源を確保する手段もない。この世界にコンセントがあるとは到底思えなかった。 だが、順也はどうしても「今」、この瞬間に感じているインスピレーションを形にしたかった。 霊夢の静かながらも底知れない雰囲気と、魔理沙の星のように弾ける活力。この二人の対比を、頭の中で鳴り続けるメロディと一緒に記録しておきたかったのだ。 祈るような気持ちで電源ボタンを押す。 ――ファンが微かに回り出し、液晶ディスプレイが明るく光を放った。 「うおっ! 光ったぜ! なんだこれ、魔法の道具じゃないか!」 魔理沙が目を丸くして身を乗り出す。縁側で茶を飲んでいた霊夢も、少しだけ視線をこちらに向けた。 「……バッテリー残量、100%?」 順也は画面右下のアイコンを見て息を呑んだ。 あり得ない。数時間山を歩き回っていた時点で、半分は切っていたはずだ。それに、どこか空気中の「何か」――魔力や霊力のようなもの――を吸い上げているような、奇妙な静電気がキーボードから指先に伝わってくる。 この幻想郷という空間そのものが、この機械を生かそうとしているのだろうか。 「なあなあ、それで何ができるんだ? 私にも見せてくれよ!」 魔理沙の無邪気な急かしに、順也はふと微笑んだ。 「じゃあ、あなたが普段使っている『魔法』を、少しだけ見せてもらえませんか? それを、この箱の中で再現してみます」 「お、いいぜ! 派手なのがいいか?」 「いえ、まずは簡単なもので。基本の形を知りたいので」 魔理沙はニヤリと笑うと、エプロンのポケットから小さな八卦炉を取り出した。指先で軽く弾くと、そこからポンッ、と光り輝く星型の魔法弾が飛び出し、ふんわりと空中に浮かび上がった。 それは熱を持たず、ただ純粋な光と力の結晶としてそこにあった。 美しい、と順也は純粋に感動した。 と同時に、彼の脳内で凄まじい速度で「計算」が始まった。 この星が飛ぶ軌道。X座標とY座標の推移。重力加速度の無視。当たり判定のサイズ。画面(スクリーン)の端に到達した際の処理。メモリの番地に直接数値を書き込んでいくような、泥臭くも精密なロジックの構築。 頭の中に、16進数の羅列や、HTMLとJavaScriptで構成されたキャンバスの座標系が走馬灯のように駆け巡る。 順也は無心でキーボードを叩き始めた。 カタカタカタカタッ! と、静かな境内に乾いた打鍵音が響き渡る。 シンプルな開発環境を立ち上げ、即席でコードを組んでいく。 背景は黒。そこに、先ほど魔理沙が出した星弾と同じ軌道を描く、黄色い小さなドットの塊をプログラミングしていく。 「……なんだこれ。真っ黒な画面に、ちっこい光が飛んでるだけじゃないか」 数分後、画面を覗き込んだ魔理沙が拍子抜けしたような声を出した。 「今はまだ、ただの点の移動です。でも、これがすべての基本(ベース)になるんです」 順也は画面の中で正確なサインカーブを描いて飛ぶドットを見つめながら、熱を帯びた声で言った。 「ここにキャラクターの絵を乗せて、背景を描き込んで、音楽を鳴らす。あなたが放ったその美しい魔法の規則性を、誰でも体験できるように再構築する。……それが、僕のやり方です」 霊夢が湯呑みを置き、ふう、と息を吐いた。 「変な理屈。でも、その箱から出てる音……ちょっとだけ、神社の空気に似てるわね」 順也の手は止まらなかった。 彼の中で、まだ名もなき「東方」の世界が、一行のコード、一つのピクセルから確かに産声を上げようとしていた。