===太田順也はzunさんの本名です。 ~~~ZUNさん幻想入り物語 第四話~~~ 「ずっとその箱を叩いてばかりじゃ、目が腐るわよ」 翌朝。神社の縁側でノートパソコンに向き合っていた順也に、霊夢が声をかけた。彼女の手には、使い込まれた竹箒がある。 「少しは外の空気を吸ってきたら? 裏山の参道くらいなら、変な妖怪も出ないわよ。……たぶんね」 「……そうですね。少し、素材(アセット)を探しに行ってみます」 順也はノートパソコンを閉じ、リュックに詰め込んだ。 「素材?」と怪訝な顔をする霊夢を伴い、二人は神社の裏手へと続く細い山道へと足を踏み入れた。 裏山は、表の参道よりもさらに木々が深く、空気の密度が濃いように感じられた。 道端には、図鑑でも見たことがないような原色のキノコが生え、時折、茂みの奥から「キュイッ」という、生物とも機械音ともつかない鳴き声が聞こえる。 「霊夢さん、さっきからあちこちで光が跳ねているように見えるんですが……」 順也が指さした先、大きなブナの木の根元に、淡く発光する「塊」がいくつか浮遊していた。 それは、人の掌ほどの大きさしかない、羽の生えた小さな少女たちの姿をしていた。 「ああ、あれ? ただの妖精よ。そのへんの雑草とか虫と同じようなものね」 霊夢は興味なさそうに、道を塞いでいた妖精を一払いした。 順也は立ち止まり、その光景を食い入るように見つめた。 妖精たちは霊夢に追い払われても、気にする様子もなくケラケラと笑いながら、不規則な軌道で空中を舞っている。 「(……不規則(ランダム)じゃない)」 順也の目には、彼女たちの動きが別の形で見えていた。 一見バラバラに見える羽ばたき、光の軌跡。しかしそれは、ある種のアルゴリズムに基づいているように思えた。自然界のノイズ(1/fゆらぎ)を伴いながらも、明確な意志を持って描かれるベジェ曲線。 「彼女たちは、何か目的があって飛んでいるんですか?」 「いいえ。ただ楽しいから飛んでるのよ。あいつらには、明日の予定も昨日への後悔もないわ。その瞬間の『遊び』がすべてなの」 「遊び」が、すべて。 その言葉が順也の胸に深く刺さった。 彼が外の世界で作ろうとしていたもの。複雑な仕様書や締め切り、効率化の波に消えかかっていた「純粋な遊び心」が、目の前の小さな命として具現化している。 一匹の妖精が、順也の鼻先に近づいてきた。 彼女が小さく手を振ると、指先からパッと小さな光の粒が放たれた。それはゆっくりと、しかし確実に順也の頬をかすめて後ろの木に当たった。 「っ……!」 「あ、こら。勝手に弾(たま)を出さないの」 霊夢がお祓い棒を振ると、妖精たちはクスクスと笑いながら森の奥へと消えていった。 順也は自分の頬に触れた。熱くはない。だが、そこには確かに「何かに触れられた」という確かな感触が残っていた。 「今の光……あれが『弾幕』の原型なんですね」 「そうよ。あんなの、遊びにもならない小規模なものだけどね。でも、この世界の連中はみんな、あんな風に自分の感情を形にして放り投げるのよ」 順也は再びノートを取り出し、夢中でペンを走らせた。 妖精の羽の透明度、光の粒が拡散する際の減衰率、そして何より、彼女たちが放った「理不尽なまでの無邪気さ」。 「……描ける」 順也は確信した。 この世界の美しさと、残酷さと、圧倒的な自由。 それを0と1の羅列に閉じ込めるのではなく、この世界そのものをプログラムという名の「儀式」で再定義する。 博麗神社の裏山で目撃した小さな妖精たちは、彼の中に眠っていた「物語の断片」を、鮮やかな「ゲーム」へと変質させていった。 「霊夢さん、戻りましょう。書かなきゃいけないコードが増えました」 足早に神社へ戻ろうとする順也の背中を見送りながら、霊夢は小さく溜息をついた。 「……まったく、外の世界の人間は、どいつもこいつも物好きねぇ」 だが、その口元は、ほんの少しだけ楽しそうに綻んでいた。