===太田順也はzunさんの本名です。 ~~~ZUNさん幻想入り物語 第五話~~~ 博麗神社の夜は、外の世界よりもずっと深い。 電灯の代わりに置かれた燭台の火が、ゆらゆらと畳を照らしている。その静寂の中で、場違いな駆動音だけが響いていた。 順也が持ち込んだのは、外の世界でももはや骨董品となりつつあったノートパソコン、PC-9821。Windows 95が立ち上がる独特の起動音が、結界に囲まれた境内に小さくこだまする。 「……よし、動く」 魔法の森の妖精から吸い上げたのか、あるいは博麗神社の霊力によるものか。電源アダプタを繋いでいないにもかかわらず、PC-98はかつてないほど安定して動作していた。 順也は、画面上の粗いドットを見つめていた。 第3話で組んだドットの移動アルゴリズムに、今日見た妖精の色彩と、霊夢が持つ「浮世離れした静謐さ」を加えていく。 「次は、音だ」 彼はシーケンサーソフトを立ち上げた。 このPC-98に搭載されたFM音源チップ。金属的で、硬質で、それでいてどこか哀愁を帯びた独特の音色。 順也は目を閉じ、今日一日、この神社で感じた風の音、霊夢がお茶を啜る音、そして空に舞う弾幕の残像を脳内で旋律に変換していく。 指が鍵盤(キーボード)を叩く。 ――プー、ピー、ド、レ、ミ。 最初は断片的な音の羅列だった。しかし、彼が数値を打ち込み、FM音源のレジスタを直接操作するかのように音色をエディットしていくと、それは次第に力強い「和」の旋律へと変わっていった。 突き抜けるようなトランペットの音階。 激しく打ち鳴らされるドラムのビート。 その背後で、切なげに舞うピアノの旋律。 「……なんだ、この音」 いつの間にか縁側に立っていた霊夢が、不思議そうに部屋の中を覗き込んでいた。 「騒々しい音ね。でも……不思議と、私の心臓の鼓動に合っている気がするわ」 「これは、あなたの曲ですよ。霊夢さん」 順也は画面から目を離さずに答えた。 「私の曲?」 「ええ。あなたがこの場所で守っているもの。この世界の美しさと、そこに潜む不思議な理。それを音に閉じ込めてみました」 画面の中では、まだ未完成ながらも、紅白の装束を着たドット絵の巫女が、大きな「陰陽玉」を跳ね返して戦うゲームが動いていた。 後に『東方霊異伝』と呼ばれることになる、物語の原点。 「『東方』……」 霊夢は、画面の隅に打ち込まれたタイトルロゴを指でなぞった。 「外の世界から来たあんたが、この場所をそう呼ぶのね」 「はい。ここには東から昇る太陽のような、新しくて懐かしいエネルギーが満ちている。だから、僕はここを『東方』の物語として記録し続けたいんです」 順也の指は止まらない。 FM音源が奏でる激しいメロディが、夜の博麗神社を包み込んでいく。 「決めたわ。あんた、しばらくここに居なさいよ」 霊夢は、呆れたように、でも少しだけ嬉しそうに笑った。 「その箱から出る音が止まるまで、お茶くらいは出してあげるわ」 順也は深く頷いた。 こうして、博麗神社を拠点とした彼の「幻想郷開発日記」は、本格的な幕を開けた。