===太田順也はzunさんの本名です。 ~~~ZUNさん幻想入り物語 第七話~~~ 魔法の森の湿った空気が、ふっと冷たくなった。 先ほどまでの、魔理沙が振りまく「荒々しい爆発のような熱」とは違う。もっと繊細で、計算し尽くされた、氷細工のような鋭い気配。 「おっと……。こいつはまた、面倒なやつに見つかったな」 魔理沙が箒を止め、眉をひそめて森の奥を睨んだ。 木々の隙間、七色の霧が立ち込める向こう側から、カサリ、と落ち葉を踏む音が聞こえる。 そこに立っていたのは、金髪の少女だった。 フリルのついた青い衣装に、赤いリボン。胸元には一冊の大きな本を抱え、その周囲には数体の人形が、糸も見えないのに生きているかのように宙を舞っている。 「……あら、魔理沙。その妙な連れは何かしら? 妖怪の餌を散歩させているわけじゃないわよね」 少女が冷ややかな、しかしどこか気品のある声で問いかけた。 「失礼なこと言うなよ、アリス。こいつはZUNだ。外の世界から落ちてきた、ちょっと面白い『物作り』さ」 アリス・マーガトロイド。 順也はその名前を聞きながら、彼女の周囲を浮遊する人形たちに釘付けになった。 人形たちは、それぞれが独立した意志を持っているかのように、剣を構えたり、槍を突き出したりして順也を威嚇している。 (……これは、多層構造(マルチレイヤー)だ) 順也の脳内では、アリスと人形の関係性が即座にプログラムの構造へと変換されていた。 本体となる親オブジェクト(アリス)から、複数の子オブジェクト(人形)へ座標データが送られ、それぞれが異なるアルゴリズムで動く。しかも、その動きには一切の無駄がなく、数学的な美しささえ感じられる。 「……すごい」 思わず、順也の口から本音が漏れた。 「何がすごいのかしら。私の人形がそんなに珍しい?」 アリスが怪訝そうに首を傾げる。 「いえ、その制御(コントロール)です。一人の人間が、これほど多くの個体を同時に、かつ精密に動かすなんて。これをプログラムで再現しようと思ったら、どれだけの計算量(クロック)が必要か……」 順也は我慢できなくなり、リュックからPC-98を取り出し、歩きながら電源を入れた。 「あ、おい、ZUN! こんなとこで立ち上げるなよ!」という魔理沙の制止も耳に入らない。 Windows 95の起動ロゴが、薄暗い森を青白く照らす。 順也はアリスの動き、人形が描く軌道を「オプション(随伴機)」のロジックとして、テキストエディタに猛烈な勢いで打ち込んでいく。 「な……なんなの、その箱。私の魔法を、そんなカチカチ鳴る機械でどうにかしようっていうの?」 アリスは困惑し、少しだけ頬を赤らめた。自分の魔法をこれほど「構造的」に称賛されたのは初めてだったからだ。 「どうにかするんじゃない。あなたの美しさを、この箱の中に『移植』したいんです」 順也は顔を上げず、キーボードを叩き続ける。 PC-98の画面の中で、小さなドットの塊が、親となるドットの周囲を回転し、一斉に弾を放つコードが書き上がっていく。 「ふん……。外の世界の人間って、みんなあんたみたいに無礼で熱心なの?」 アリスは呆れたように溜息をついたが、その指先の人形たちは、どこか誇らしげに宙を舞った。 「決めたわ。魔理沙、その男を家まで送るなら、私もついていくわ。その箱が、私の魔法をどう『解釈』するのか、見届けさせてもらうから」 こうして、魔法の森の探索パーティに、気難しくも美しい人形遣いが加わった。 順也のリュックの中では、PC-98が熱を帯び、幻想郷の新しい「弾幕の定義」を刻々と書き換えていた。