===太田順也はzunさんの本名です。 ~~~ZUNさん幻想入り物語 第九話~~~ 深夜。霧雨魔法店を包む森のざわめきは、昼間よりも一層不気味で、そして饒舌だった。 「……腹が減ったな」 順也はPC-9821の画面から目を離し、凝り固まった首を回した。 画面上には、デバッグ中の黒いウィンドウが虚しく点滅している。魔理沙とアリスは、魔法の理論について散々言い合った後、いつの間にか床の魔導書の山に埋もれて眠ってしまっていた。 ふと、テーブルの隅に置かれた小さな皿が目に留まった。そこには、魔理沙が昼間に「とっておきだ」と言っていた、色鮮やかな縞模様の干しキノコがいくつか乗っていた。 順也は無意識に手を伸ばし、その一つを口に運んだ。 噛みしめると、土の匂いと、鼻に抜けるような強烈な苦味が広がった。 「……苦い。けど、どこか懐かしい味だ」 それが引き金だった。 数分後、順也の視界が急激に歪み始めた。 PC-98の16色しか出せないはずの液晶画面が、見たこともない数万色の色彩を放ち、部屋の隅にあるガラクタたちが、それぞれ勝手にリズムを刻み始めたのだ。 「あ……ああ、そうか。これだ」 耳の奥で、現実には存在しないはずの音が鳴り響く。 それはFM音源の矩形波が、幾重にも重なり合い、歪み、増幅された「幻聴」だった。 キノコの胞子が神経を逆なでし、脳内に眠っていた旋律(メロディ)のダムを一気に決壊させた。 順也は取り憑かれたように、再びキーボードに向かった。 今の彼に見えているのは、現実の部屋ではない。 「弾幕」という名の数学的な秩序と、それに抗う「意志」が織りなす極限のコントラスト。 アリスの緻密な計算と、魔理沙の無鉄砲な破壊力が、脳内で一本のメインループ(基幹プログラム)として統合されていく。 カタカタカタカタカタッ……! 打鍵音が、もはや音楽そのものとなっていた。 Windows 95のメモリの限界を突き抜けるような、超高速のコーディング。 彼は今、森の深淵が吐き出す「毒」を、そのままゲームの「カタルシス」へと翻訳していた。 「……なんだ、この旋律は」 不意に、背後から声がした。 いつの間にか目を覚ましていた魔理沙とアリスが、驚愕の表情で順也の背中を見つめていた。 PC-98の小さなスピーカーから流れていたのは、狂おしいほどに激しく、それでいて心臓を締め付けるほどに切ない、重厚なFM音源の旋律だった。 「ZUN、あんた……私のキノコを食べたのか!?」 「静かにして。……今、彼はこっち(幻想郷)の深層意識と繋がっているわ」 アリスが魔理沙を制した。 順也の瞳は、液晶の光を反射して怪しく輝いている。彼の指が叩き出す一行一行のコードが、まだ誰も見たことのない、美しくも残酷な「魔法の夜」を構築していく。 夜が明ける頃、順也はキーボードに突っ伏して深い眠りに落ちた。 画面に残されていたのは、一つの新曲と、複雑怪奇な弾幕のパターンデータ。 それは、魔法の森の住人である魔理沙ですら寒気を覚えるほど、純粋で、狂気に満ちた「遊び」の形だった。 「……やってくれるぜ。外の世界の人間が、森の毒を作品(エネルギー)に変えちまうなんてな」 魔理沙は、順也の寝顔を見ながら、苦笑いして自分の帽子を彼に被せた。 その日、PC-98の中に、東方旧作を象徴する「あの独特の重厚な雰囲気」が、完全に定着した。