===太田順也はzunさんの本名です。 ~~~ZUNさん幻想入り物語 第十三話~~~ 紅美鈴が苦笑いしながら開いてくれた重厚な門を抜け、順也は紅魔館の玄関ホールへと歩を進めた。 一歩中に入ると、外の空気とは決定的に異なる「重圧」が彼を襲った。 深紅の絨毯が敷き詰められた長い廊下。高い天井から吊るされたシャンデリアが、鈍く、しかし贅沢な光を放っている。256色に拡張されたPC-9821の画面上でも、この室内の陰影を表現するには更なるディザリングの工夫が必要だと、順也は直感した。 「……静かすぎるな」 コツ、コツ、と自分の足音だけが響く。 順也は、廊下の曲がり角で不意に立ち止まった。 殺気ではない。だが、何かが決定的に「変化」した感覚。 刹那。 瞬きをする間もなかった。 さっきまで誰もいなかったはずの目の前に、一人の女性が立っていた。 完璧で瀟洒な従者、十六夜咲夜。 「……これ以上は、お引き取り願えますか。お嬢様は今、お忙しいので」 彼女は冷徹なほどに落ち着いた声でそう言った。 手元には、銀色に輝く数本のナイフ。それがまるで最初からそこにあったかのように、彼女の指の間に挟まれている。 順也の心臓が大きく跳ねた。しかし、恐怖よりも先に「解析(アナライズ)」の回路が回る。 (……見えなかった。ラグ(遅延)じゃない。フレームそのものが、彼女の意志でスキップされたような動きだ) 「驚きました。あなたの動き、まるで……プログラムの実行を一時停止(ポーズ)させて、その間にオブジェクトの座標を書き換えたような違和感があります」 順也は思わず、抱えていたPC-98を起動したまま彼女に向けた。 Windows 95のタスクマネージャのグラフが、彼女が動いた瞬間、異常なスパイク(突出)を示している。 「ほう……。私の『手品』をそんなふうに表現した人は、初めてね」 咲夜の瞳が、僅かに細められた。 彼女がナイフを軽く一振りすると、順也の首筋の数ミリ横を、銀の閃光が通り過ぎて背後の柱に突き刺さった。 「その奇妙な機械……絶えず『カチカチ』と時を刻んでいるようだけど。私の前で時間を語るのは、少し無謀ではないかしら?」 「いいえ、むしろ逆です。時間は止まるからこそ、その一瞬(フレーム)にどれだけの熱量を込められるかが決まる。……咲夜さん、あなたのその無駄のない所作、256色のこのマシンなら、もっと美しく記録できるはずだ」 順也は膝をつき、廊下の床にPC-98を置いた。 256色パレットで定義された「銀色」のグラデーション。 咲夜の髪、メイド服の白、そしてナイフの鋭い輝き。 「……勝手な人ね。でも、侵入者をそのままにするわけにはいかないわ」 咲夜が指を弾くと、空間が歪んだ。 無数のナイフが、順也を取り囲むように空中に固定される。 「あなたの言う『一瞬』の美しさ……その体で確かめてみる?」 順也は眼鏡を押し上げ、猛然とキーボードを叩き始めた。 1/60秒の世界で繰り広げられる、時間と弾幕の演算。 「やってみます。あなたの『止まった時間』を、僕のプログラムで動かしてみせる!」