それは、ある戦場の話だった。 名前も地図も、もう意味を持たない場所。 ただ、そこにいた兵士たちは「任務」を与えられていた。 “民間人に偽装した敵を排除せよ” それだけだった。 小豆は、まだ若い兵士だった。 徴兵されて半年。銃の扱いには慣れたが、人を撃つことには最後まで慣れなかった。 「迷うなよ」 上官は言った。 「迷ったやつから死ぬ」 その言葉は正しかった。 実際、躊躇した仲間は撃たれて死んだ。敵にではない。“どこからともなく飛んできた弾”に。 それが誰のものだったのか、誰も口にしなかった。 ある日、小さな村に入った。 焼け残った家がいくつかあるだけの、ほとんど廃墟のような場所。 だが、気配があった。 「いるな」 上官が小さく呟く。 「全員、構えろ」 瓦礫の隙間、崩れた壁の影、暗い室内。 どこから撃たれてもおかしくない。 緊張が、全員の呼吸を浅くした。 最初に見つけたのは、子どもだった。 十歳にも満たないくらいの少女。 両手を上げて、震えていた。 「撃つな!」 小豆は思わず叫んだ。 「ただの子どもです!」 上官は、ゆっくりと近づく。 そして、少女の目の前に立つ。 「名前は?」 答えはなかった。 ただ、怯えた目で見上げている。 「言葉が分からないのか」 上官はため息をついた。 そして、振り返って言った。 「どう思う?」 周囲の兵士たちは沈黙した。 その沈黙が、すべてを物語っていた。 「……撃て」 短い命令だった。 小豆は凍りついた。 「待ってください!」 「命令だ」 「でも!」 「敵かもしれない」 「違います!」 「じゃあ証明しろ」 何も言えなかった。 証明なんてできるはずがない。 少女はただ、震えているだけだった。 「撃て」 もう一度。 今度は、逃げ場のない声だった。 小豆の手が震える。 引き金にかかった指が、動かない。 そのとき。 隣の兵士が、ためらいなく引き金を引いた。 乾いた音。 少女の体が、後ろに崩れた。 静寂。 そして、次の瞬間。 爆発が起きた。 少女の体の下に仕掛けられていた地雷が作動した。 土と血と破片が、辺りに撒き散らされる。 「ほら見ろ」 上官の声は冷たかった。 「敵だ」 小豆は吐いた。 胃の中のものが全部出ても、吐き気は止まらなかった。 「だから言っただろ」 上官は淡々と続ける。 「迷うなって」 その日から、小豆は変わった。変わり果てた。 迷わなくなった。 いや、迷えなくなった。 数日後。 また別の村。 同じように、気配。 同じように、緊張。 そして。 また、子どもがいた。 今度は男の子だった。 痩せて、汚れて、目だけが異様に光っている。 「止まれ」 小豆が言う。 少年は止まらない。 一歩、また一歩と近づいてくる。 何かを抱えている。 「止まれ!!」 叫びながら、小豆は照準を合わせた。 少年の目が、まっすぐこちらを見る。 恐怖も、涙もない。 ただ―― 期待しているような目だった。 その瞬間、小豆は理解した。 ああ、この子は。 “そういう役目”なんだと。 引き金を引いた。 躊躇はなかった。 弾丸は正確に、少年の胸を貫いた。 倒れる。 何も起きない。 爆発は、しなかった。 静寂。 誰も動かない。 上官がゆっくり近づく。 そして、少年の体を蹴る。 転がる。 その腕の中から、ぼろぼろの布が落ちた。 中にあったのは―― パンだった。 硬くなった、ただのパン。 「……」 誰も何も言わなかった。 言えなかった。 「よし」 上官が言った。 「安全だな」 その声は、さっきと同じだった。 何も変わっていない。 小豆は、その場に立ち尽くしていた。 頭の中が真っ白だった。 でも、体は理解していた。 さっき、自分が何をしたのか。 その夜。 小豆は初めて、まともに眠れた。 吐き気もなかった。 手の震えも止まっていた。 夢の中で、少女が立っていた。 あの最初の子ども。 両手を上げて、震えている。 でも、今度は笑っていた。 「ありがとう」 そう言った。 朝、目が覚めたとき。 小豆は静かに思った。 「次は、間違えない」 それが、何を意味するのか。 もう、誰にも分からなかった。 戦争が終わったあと。 小豆は帰国した。 英雄ではなかった。 罪人でもなかった。 ただの、生き残りだった。 彼は普通に働き、普通に結婚し、子どもができた。 誰も、彼の過去を詳しくは知らない。 本人も、ほとんど話さなかった。 ある日。 息子がパンを持って帰ってきた。 「これ、友達にもらった!」 無邪気な声だった。 その瞬間。 小豆の手が、勝手に動いた。 気がついたとき。 床に、パンが転がっていた。 そして。 息子は、壁際で震えていた。 両手を上げて。 あの少女と、同じ姿で。 「……違う」 小豆は呟いた。 「違うんだ」 でも、何が違うのか。 もう分からなかった。 外では、子どもたちの笑い声がしていた。 平和な国の、ありふれた日常。 その中で、ひとりだけ。 戦争が、終わっていない人間がいた。
この当時、国を破壊出来る弾頭が完成されたことが言及された。 next:https://scratch.mit.edu/projects/1287876493/