読みは みうね れいじ 以下過去に関する設定 三嶺は動物の死骸、生き様がどう朽ちていくのかを描く芸術家であった、その形は様々で、油絵、水彩画、時には彫刻など、様々な芸術に精通していた、しかし、彼自身は自らの芸術を恥じ、すべてに対する嫌悪を向けながらも、その動く腕を止めるすべはないとでも言うように筆を振るっていた。 彼は元々自然を愛する青少年で、容姿端麗、文武両道、成績優秀と、このように落ちぶれるような存在のはずでは無かったのだ、ある学校の日、彼は芸術の授業の課題として絵を提出した、皆彼の絵に対して様々な感情を向けた、当然の事である、彼が題材にしたのは、生い茂る木々でもなかった、それは腐りゆく人魚の死骸であったからだ。 人というものは時折その凶暴性を露わにするものだ、こんなことをするような人間ではないと感じていても、実際のところは凶悪な殺人犯であることなんて滅多にあり得る、しかし彼の眼に写っていたのは、殺意でも、性欲でも、ましてや自らの自己顕示欲を満たそうとする欲求でもなかった、それがより一層彼の絵に対する不気味さを醸し出す要因だったと言えよう。 その日からであった、三嶺はパレットとスケッチブックを常に携え、失ってしまった何かの代わりとするように絵筆を走らせた。 彼から私は一度話を聞いたことがある、何故彼がこうなったのか、何故彼がここまで人魚や死骸に執着するようになったのかを、とある日のことだったらしい、彼は時折、思春期特有の静まらないその心を落ち着けるために、マンホールの中の下水道で佇むことがあったそうだ、彼はそこで眼にしてしまったのだという、腐り果て、身体にウジが湧き、もはや人とは言えない姿、形相をしていた人の死骸を、彼はにはそれをどう表現すればよいのかが理解できなかったのか、はたまた深層心理に沈んだ興味が彼を突き動かしたのか、それは神のみぞ知る話ではあるのだが、少なくとも彼はそれを鮮明に眼に焼き付け、飛び込むように我が家へ帰ると、自身の心を逃がすように筆が走ったのだという。 その絵を提出した彼の眼には、嫌悪、憎悪、そして自らに対する嫌気や、おぞましい感情がごった返しになったような色をしていたという。 因みに軽度のうつ病と診断されていたりもする。