隣の席の彼女に恋をしていた。 恋をしたきっかけは長い黒髪を風に揺らして窓の外を眺めるその横顔。 普段明るい彼女のその表情に僕は恋をしたんだと思う。 恋をした。 彼女を知りたくなった。 だから、隣の席というアドバンテージを利用して少しずつ話しかけて、挨拶をかわすくらいには仲良くなった。 そんなある日、彼女が言った。 「私って、そんなに恋してるように見える?」 夕日が差し込む教室の中、日直の仕事で遅くなった帰りの支度を済ませていたときだった。 いきなりそう問われて僕はもちろん戸惑った。 「いや、まあ……そう見えるかも」 本音を言うと、『かも』ではなく、『見える』と断言できた。少なくとも、僕の中では。 だって、彼女はよく友達と「隣のクラスのあの子がかっこいい」と話していたから。 さらに言えばすぐに別の『かっこいい子』の話をするので、『恋多き人』だと思っていた。 「そっか、そう見えるのか……。 ……でも私―― ――恋したことないよ?」 彼女のその一言に、僕は目を見開いた。 ――どういうことなのか、まるでわからなかった。 だって、彼女はこれまで、明らかに恋をしているように見えていたから。 「――それって、どういう意味?」 思わず問い返すと彼女は笑った。いつも通り、明るく。 「だって、恋ってまるで強い光みたいなものでしょう? その光を直視すると、目が潰れてしまう。 でも、手を伸ばしてしまう。 ――たとえ、自分の体が焼けてしまっても」 「きっと触れたら壊れてしまうし、壊されてしまう。そんなものだもの」 そう言って笑った彼女に、僕は何も言えなかった。 彼女の言う『恋』が僕の知っている恋と違ったからだ。 僕の知っている恋は、相手を知りたくなるようなものだった。 寄り添っていたいと願うような、そんな穏やかなものだった。 ――『強い光』。 そんなものを、『恋』というのだろうか。 「それにね、きっと私は『恋』した時、きっと 『この人のために壊れてしまってもいい。全部捧げたい』 そう思うよ」 恍惚とした表情で彼女はそう言った。 「まだ私はそう思ったことがないんだあ。だから、私は恋してないの。したことがない」 いつか、恋したいな。 そう続けた彼女に、僕はふと思った。 彼女の言う『恋』は愛を通り越してしまったのではないか。 そして、きっと、彼女が一度も抱いたことのないその『恋』と言う感情は―― そこまで考えて、僕は自身の胸が、これまでにないほど強く高鳴っていることに気づいた。 そして、はっと顔を上げる。 「ねえ、君は『恋』したことある?」 そう振り向きながらこちらに問いかけてきた彼女の表情が、とても美しくって―― 僕は、理解した。 ――彼女の言う『恋』を。 *** 彼女の言う『恋』はきっと僕らにとっての『信仰』である。 でもきっと、彼女の言う『恋』を僕も彼女にしているのだろう。
右側クリックで次へ。左側クリックで前へ。 ※使い方にある小説は旗を押したときに見れる小説と同一のものです※ ※ただし、おまけは使い方にありません。お手数ですが気になる場合はステクリで最後のページをご確認ください。 作品名 彼女の言う『恋』は僕らにとっての『信仰』である。 活動名 あおいろ