羽のない天使 上 https://scratch.mit.edu/projects/1308764371 伏線たくさんにしたので、どこか当ててみてください〜 初の青春系です!
【十一月】 「あ、そうだ。一瀬。ちょっと来い」 先生に呼び出された。心当たりはない…というか、進路方を提出していないこと以外は普通に過ごしているはずだ。まあ、その進路表のことなのだろうが。 「あのな、進路表を提出していないのはお前だけだぞ。どこに行くのか、早く決めて提出しろ」 話はそれだけだった。家に帰っても俺はずっと考え続けていた。それは何も今日だけの話ではない。 「俺だって決めようとしているんだ。でも、でも…どうしても、きめらんないんだよ…」 心の中で意味の分からない苛立ちを抱えながら、雪がいるであろう神社へと向かう。 この世界はノイズばかりで息苦しい。 神社につき、雪の顔を見た瞬間、醜い感情が俺の中で溢れ出した。「お前はそこにいるだけで、お気楽でいいよな」と。雪がお気楽じゃないことなんて、俺はわかっているのに。 ただ、俺はさまざまな感情が混ざった、意味のわからない感情を抑えきれず、手すりをおもいっきり拳で叩いた。 そして、その光景を雪は何を言うでもなくただじっと見ていたことに気づいた。その目はまるで、興味深いとでも言うかのようで。 この日俺たちは少し他愛のない話をした後で、すぐに帰るために動き出した。あの、雪の目がそうさせたのかもしれない。 俺が神社の階段を少し降り、雪の声がしないとうしろを振り返ると、雪がしゃがみこんでいた。その息は荒く、額には汗が浮かんでいる。それで確信を持つ。 「毎日、無理してここにきてるだろ」 こんな時であるのも関わらず、雪は笑う。 「心配をする必要はありません」 「心配くらいさせろよ」 間髪入れずに俺が初めて言った、強い言葉。 その言葉に雪は目を潤ませる。涙は零さない。泣くのを我慢してるわけでもない。けれど、決して涙を零そうとはしなかった。 震える手で手すりを握る。 「……怖いんです」 その一言。 俺には、雪についている羽が突然消え去ってしまったように見えた。体が金縛りにあったかのように凍りつく。 聞けばいいのに。何が怖いのか。でも聞けない。言葉が出ない。踏み込む勇気がない。 「……帰ろう」 それしか言えない。俺は、雪に寄り添えない。 帰り道、俺は理解した。俺が怒った理由。雪じゃない、俺自身だ。俺は進路も選べなかった。言葉すら選べない。何もできない。 知っていたはずだ、雪が病気であることは。感じていたはずだ。なのに、俺は強い言葉を投げつけて帰ってきてしまった。謝らなくては、と頭では思うのに、雪の連絡先を俺は知らない。 そこまで考えたとき、気づいてしまった。今まで雪に対して踏み込めなかったのは、雪が消えるのではないかと怖かったからじゃない。…その責任を負いたくなかったんだ。 自己防衛、といえばいいけど、本当は、俺自身が傷つきたくないがために、醜く目を背けていただけなんじゃないか。 思えば、雪は帰りにちゃんと毎日連絡をしていた。誰かなんて気にしたことなかったけれど… 「一瀬くん、近くの雑貨屋さんに行きませんか?」 不意に雪が雑貨屋の方向を指しながら言う。 「…行こうか」 俺は雪の闇の中に深く入っていいのか、わからなかった。だから、何も言わずにいた。 向かったのは神社から徒歩五分ほどの雑貨屋さん。雪の手がかすかに震えている。 「雪」 「だいじょうぶ、です」 強がり。そんなことわかっていた。でも、俺が強く言うことはもうできない。つい一週間くらい前は強く言ったのに。 …雪に線を引かれてしまったのではない。俺から線を引いたんだ。 雑貨屋さんについて早速、雪はキーホルダーの棚を物色し始めた。 季節外れの桜のキーホルダーを手に取る。 「季節外れのキーホルダー、ですね」 そう言って雪は笑った。そして、二つ持ち上げてじっと見つめ、ちらりとこちらを一瞥した後、そのまま会計へと向かった。 俺はそんな雪の姿をぼんやりと見ていた。誰か、あげる人がいるのかと考えながら。…また、雪が倒れそうになるのが怖かった。 神社へと戻っている道中、雪が突然朔の鞄にさっき買ったばかりの桜のキーホルダーをつける。 「やっぱり似合いますね」 雪の顔が綻ぶ。 「勝手につけるなよ」 「すみません」 謝った。でも、外そうとはせずにどこか幸せそうに笑ったままだ。俺も、嫌そうにしていたけれど、内心は嬉しかった。雪とお揃いのキーホルダーだから。でも、雪は自分の分を大切そうにポケットにしまう。 「つけないのか」 「……今は」 返答するまでに少し間があった。 「僕、お揃いに憧れていたんです」 そう言って、にこっと笑った。少し震えた手を隠すかのように。 【十二月】 十二月になった。俺は残り一、二ヶ月で受験だ。そんな俺に、雪は告げた。 「もう、こない方が良いでしょう」 空気が張り詰める。周りにあった風の音が一瞬聞こえなくなった。…迷った。でも、伝えないと、本当に繋がりが切れてしまう気がして。 「……おれは、会いたい」 雪は、目を瞬かせ、伏せた。 笑みが少し見えたのは俺の気のせいだろうか。でも。 「すみません。もう会えないんです」 そして、雪は語る。急に決まった、成功率の低い手術の話を。 「僕は今まで、死んでも良いと思っていました」 「……」 言葉が、出ない。喉の奥に何かが詰まったような感覚。そんな俺を置いて、雪は続けた。 「でも、あなたに怒られて、僕は生きる決意をしました。それがどれほど苦しかろうとも、怖かろうとも」 俺は言えない。言う資格なんてない。「行くな」なんて。送り出してしまっている立場でそんなことを言ってしまったら…雪はどれほど苦しむだろう。 俺はつい、雪のコートの裾をすがるように掴もうとする。だが結局、その手は触れることなく、だらんと下がる。 「朔はこのまま、真っ直ぐ進んでください」 雪はきっと初めてで最後、俺の名前を呼ぶ。俺はその時、名前を呼ばれたことに気づかなかった。 俺の視界はぼやけていて、よく見えない。でも、それでも。なぜか雪が血の通った一人の人間に見えた。ずっと目を逸らしていたそれが、ぼやけた景色の中、妙にはっきりとみえてしまった。それはきっと、雪の声の震えがどんどん強くなっていることが関係しているんだろう。 別れ際、ふと、雪は目を伏せて呟く。 「何度も書いて消すことのできるあなたが、一瀬くんが、僕はずっと羨ましかった…」 俺はふと、六月に書いては消した、進路調査表を思い出す。あのざらついた紙は雪にとって、自由だったのかもしれない。 「…憎かったんです。でも、それと同じくらい、愛おしかった…すごく、痛くて苦しくて…」 俺たちの間を、十二月の冷たい空気が流れる。雪はゆっくりと顔を上げた。雪が言葉を選ぶのを、俺はじっと待つ。 雪よりも白い吐息が、暗闇に溶けて消えていった。 雪の顔が、歪む。いや、違う。おそらく本当の笑みだ。まだ幼さの残る、弱くて狡くて…愛おしい笑み。 「幸せだった。だからあえて、天使を演じてたんだ」 少年は、敬語ではなく、あえて、初めてのタメ口で。俺にとって最悪の、縋るところをなくす告白をする。 俺は立ち尽くしてしまい、何かを言うことはおろか、指先一つまともに動かすことさえできなかった。その俺に背を向け、彼は去っていく。 「待って」もし、そう言えたのなら。何かが変わっていたのだろうか。…いや、変わらなかっただろう。何も。彼は俺を見ることなく、去っていっただろう。 そして、翌日。俺は雪がいるのではないかという淡い期待を持ちつつ、神社やってきた。 でも、雪はいない。静寂に包まれ、どこか色褪せている神社を見渡した後、俺は雪がいつも座っていたように、ベンチに座った。 そのベンチから見て、まっすぐ前。いつも雪がぼんやりと見上げていた社の屋根がある。そこの下に、病院のパンフレットが落ちていた。 偶然なのか、必然なのか。雪はそこにパンフレットをわざと置いていったのだはないか。ふとそんな考えが頭をよぎる。 さらさらとした感触のパンフレット。きっと病院を調べていたのだろう。中にはアンダーラインが丁寧にひいてあるほか、雪の綺麗な文字で書かれたメモが挟まっていた。手術を行った時の生存率や執刀医の名前。その過去の実績。 雪は俺よりも泥に這って前を向こうとしていた。必死に、明日という名の門をこじ開けようとしていたんだ。 そのことを理解した途端、俺の足から力が抜けた。視界が歪み、メモの文字が黒いシミとなってゆく。 「っ…、あ、ぁぁ…っ」 獣のような声が漏れる。それが俺の声だと理解するのに時間はかからなかった。堪えようと、口の中を噛む。鉄の味が口いっぱいに広がる。いつも出さない声を出しているせいか、喉が焼けるような感覚が広がる。 誰も居ない境内に俺の汚い泣き声が静寂を切り裂くかのように響き渡る。砂の色が濡れて黒く変化する。雪のいないベンチの前で俺は、パンフレットを抱きしめて、うずくまるようにして、もう居ない彼に懺悔するかのようにただ、名前を呼び続けた。 やがて、声が枯れ、涙も出なくなった俺は帰ろうと足を進めた。少なくとも、今年中はもうここに来ないだろう。 俺は帰っている間にふと最低なことを想像してしまった。「もし…もし、雪がこのまま死んだのならば、俺の悩みは悲劇という名の鎧に守られるのではないか」と。 そして、俺は、指先を強く握る。手のひらに爪が食い込んだ。 【春】 受験が終わり、俺は二ヶ月ぶりに神社へと足を運ぶ。 少し割れ、苔むした石で作られている階段を登り終えたら、門の外側で一度立ち止まり、境内へと入る。 誰もいない境内は静かで、俺の足音のみが響き渡る。 君を初めて見た時、君が立っていた桜の木下へと歩く。桜は咲き、少しずつ散ってゆく。俺は君が立っていた場所へと移動し、枝を大きく広げた桜の木を見上げる。 桜の木は軽い風に押されてゆらゆらと枝を動かしていて、暖かい日差しと共に桜の匂いが広がっている。 鞄の桜が境内の中で吹く風に吹かれて小さく揺れて、俺は君との思い出を思い出す。 …そういえば、俺は君の桜を一度も見ていない。君はずっと桜をポケットにしまったままだった。 俺が初めて君と話した時、君は風がよくあたる木陰で、葉が生い茂ったこの桜の木を見て「静かで落ち着く」といった。 …桜も、君の言う通りだ。 君は天使などではなかった。痛みも弱さもある。それでいて、どうしても強がってしまう、ただの人間だ。 それでも俺は、君の背に羽を見ていたかった。 俺は、君と出会って、あのどうしても埋まらなかった進路調査票を全て埋められたんだ。 また一枚、ひらりひらりと花びらが舞う。 それは思っていたよりもずっと、痛いほどに白かった。 君が望んでいたのはきっと、忘れないことだったのだろう。門はどこかへ繋がるものでも、閉じるものでもある。君はそう言っていた。でも、君との門は俺が絶対に閉じさせないから。大丈夫。 返事はない。 俺が帰ろうと神社に背を向け、鳥居の外に出た時、不意に耳元を風が抜けていった。どくりと鼓動がする。運動をした後のように呼吸が浅くなる。俺は、雪がいるような気がして急いで後ろを振り向く。 そこで見たのは、だた誰も座っていないベンチと、風に揺れている桜だった。