「……ごめんなさい、お母さん」 「ごめんなさいで済むワケないでしょ‼私が帰ってくるまでに家事全部終わらせろって言ったでしょ!!!」 「でも昨日よりも頑張って、掃除機も隅々までかけたし、洗い物だって汚れをちゃんと落とせたと思ったんだけど__…」 __バシッ 「___!!!」 「言い訳するんじゃねぇよ!!!!何も出来ないクズが!!!」 「ごめんなさい、ごめんなさい……!!」 「ホント、腹立たしい!!目障りなんだよ、消えろ!!!」 「っ……」 「チッ…泣くことしかできないの?ついでにこれ、やっときなさいよ」 __バサッ 目の前には、大量の洗濯物。 「もし手を抜いたら、追い出すからね」 「……はい」 バタンッ。 「……りりかのは、綺麗にたたまなきゃ…」 それもそのはずだ。だって、りりかは…。 ドアの隙間から除く。ドアの向こうは、リビング。 「りーりーか!!ケーキ食べる~?」 「え、食べる食べる!!何のケーキを買ってきたの?」 「うふふ、りりかの好きな、チーズケーキよ!!」 「ホント!?やった~!!ありがとうお母さん!!」 「ただいま~」 「あ、お父さん、おかえり~!!」 「お、りりか。ただいま!!」 「あなた、おかえりなさい‼」 「ゆいかも、ただいま」 「ねーねーお父さん!!お母さんがチーズケーキ買ってきてくれたんだよ!!一緒に食べよ!!」 「お、いいな!!じゃあ頂こうかな」 「じゃあちょっと待っててね、今から切り分けるから‼」 「……」 洗濯物を持つ手が、震える。 そのまま、私は泣いていた。誰もいない部屋で、一人で。 …私も、りりかみたいに完璧だったら、 お母さんに愛されてたのかな。 ---------------------------- 私の家族は、私、お母さん、お父さん、りりかの4人家族。 りりかは、2コ下の私の妹。…なのに、成績は学校でも一番良く、運動神経も抜群。おまけに親切で優しい性格なので、年上年下男女関係なく人気者。 そして、私のお母さん__「ゆいか」は、ありさお姉ちゃんが通っている『天蘭学園』の卒業生。なので、大人になってもいろんな事を知っていて、りりかによく勉強を教えていることが多い。 もう一人、お父さん__「瑛太」は、有名大学を卒業していて、職業はお医者さん。情熱的で温厚なお父さんだから、お母さんにもりりかにも愛されている。 それに比べ、私はどうなんだろう。成績は悪く、運動神経もそんなに良くないし、いつもうじうじしてばかりいる。こんなエリートな家族とは不釣り合いだ。だから、お母さんも強く当たってくる。でも、こんなことはもう慣れたもの。普通の"日常"だ。 「お姉ちゃん!!」 「…ん?何?」 「ホラ、チーズケーキ!!一切れ余ったからあげる!!」 「…」 「…?お姉ちゃん…?」 「…どーせお母さんへのポイント稼ぎの為にやってるんでしょ?」 「ち、違うよ‼私は本当にお姉ちゃんに食べてほしくて__」 「別にいらないから!!それはお母さんがりりかの為に買ってきたケーキでしょ!?だったらりりかだけで食べれば!?」 「っ……。そっか、ごめんね、お姉ちゃん」 __バタンッ 「…」 妹にも、こんな態度になってしまう。 りりかを恨むような気持になってしまう。 姉妹なのに、どうしてこんなに格が違うのか。疑問に思ってしまう。私も、りりかのような完璧な子に生まれていたら、お母さんに愛されていたかもしれないのに。 ずっと前までは、りりかのことは大好きだったのに、 今はもう、りりかのことが大嫌いになった。嫉妬するようになった。憎むという醜い感情を表すようになってしまった。 でも、そんなこと考えるだけで時間の無駄だ。私は、まだまだ沢山ある洗濯物を、一着一着畳んだ。 ---------------------------- 「「「出張!?」」」 「そうなんだ。病院の院長さんに、「世界の人達の健康を目指して」っていうプロジェクトに参加することになったんだ。お父さんの担当場所はアルゼンチンなんだ。だから、一ヶ月くらい帰ってこれないかもしれないんだ…」 「…」 私は、正直絶望した。私の唯一の見方でいてくれるお父さんが、一ヶ月もいなくなってしまうのだ。 「い、いつから行くの!?」 「荷物の準備とかもあるから…明後日くらいかな」 「明後日…」 冷や汗が止まらなかった。お父さんがしばらくいなくなれば、お母さんは平気で私に家事を任せてくるだろう。 「そっかぁ…しばらくお父さんと会えないのか…」 「大丈夫だりりか。時間があれば、連絡するから」 こっちは大丈夫じゃないんだって…‼ 心の中で絶叫した。 それから、とうとうお父さんが出張に行く日が来てしまった。 「それじゃあ、行ってきます」 「「いってらっしゃい‼」」 「…いってらっしゃい」 __バタン。 「さ、りりか。今日はお友達と一緒に遊ぶんでしょ?遅れないように早く行ってらっしゃい‼」 「うん、分かった。じゃ、行ってきま~す‼」 「行ってらっしゃい‼気を付けるのよ~‼」 __バタン。 「…アンタね」 「…はい」 「この前の洗濯物、どういうこと?全然綺麗にたためてないじゃない」 「…ごめんなさい」 「私言ったわよね。手を抜いたら追い出すって」 「…あッ…ちが…。手なんか抜いてない‼ちゃんとやったよ‼」 __ドンッ 「_え」 「しばらくそこで反省しなさい」 「ちょッ!?ちょっと待って‼ごめんなさい‼次からちゃんとやるから‼」 「大声出すんじゃねーよ‼‼勘違いされたらどうすんだよ!!!」 「っ……」 __バタンッ‼ ガチャッ… 「や…やだ…ごめんなさい…」 追い出されてしまった。しかも今日は、いつもよりも肌寒い日なのだ。 「…寒い…」 手が寒さで痛くなる。冷たい風が強く吹く中、私は身を縮めてただ耐えるしかできなかった。 今頃りりかは、お父さんは、暖かい部屋にいるんだろうな…。 ---------------------------- 数時間後。 __ガチャッ 「……あ、お母さ…」 「…」 「は、入っていい…??」 「…」 お母さんは、眉間にしわを寄せたまま、私を家の中に入れてくれた。 ドアを閉めた時、お母さんが小さな声で言った。 「…何でこんな奴が私の子供なんだよ」 「っ……」 ぶわっと色んな感情がこみ上げた。それと同時に、涙が溢れ出てきた。 「泣くんじゃねぇよ!!!!腹立たしい!!!」 「ごっ…ごめ…」 「謝ることしか出来ねーのかよ!!!」 「ごめんなさい、ごめんなさい‼ダメな娘でごめんなさい…‼」 「じゃあそのダメなところを何とかしろっていつも言ってんだろ!!!」 「い゛っ…!?!?」 いきなり、お母さんが私の髪の毛を引っ張った。 「痛い!!!お母さんやめて!!!ごめんなさい、ごめんなさい!!」 「喚くんじゃねぇよ!!!うるせぇな!!!」 「嫌!!!引っ張らないでください!!!ごめんなさい、許してください…!!!」 __ダンッ!!! 「いつっ……‼」 __ガッ‼ 「う゛っ……!!」 「どうしてお前みたいな役立たずが私の子供なんだ!!私の娘はりりかだけで良かったのに!!!アンタなんかいらない、アンタなんて生まなきゃよかった!!!」 「っ……」 お母さんは、ずっと私を殴って、蹴って、私に物を叩き付けた。 一時間後くらいにやめさせてもらえたけれど、私の体は傷だらけ、アザだらけになり、少しだけ血を吐いてしまった。 昔から思っていたが、私はいらない存在なのだろうか。こうしてお母さんから、殴られたり、蹴られたりするのも、私が全部悪いんだろうか。 分からない。 全部、分からない。 __ガチャッ 「ただいま~!!」 「あ、りりか~!!おかえり、楽しかった?」 「うん、ちょ~楽しかった!!」 「そう、それは良かったわね!!今晩ご飯の準備するから、待っててね。何食べたい?」 「カレーライス~!!」 普通の親子の、普通の会話が、私にはできない。 りりかが憎たらしい。恨めしい。ずるい。 どうして私にもあるはずだった幸せを、全部りりかが奪い取ってしまったのか。 許せない。あんな完璧な妹がいなければ、私は__ 「……ちゃん、お姉ちゃん、どうしたの?」 「っ……」 「さっきまで固まってたよ。どうしたの?体調でも悪い?」 「…別に、何もないから。ほっといてよ」 「…」 「……何さ」 「いや、お姉ちゃん、体…あざと傷だらけだなって…」 「これは…あれだよ、激しく転んだの」 「……そっか。…でも、安心して、お姉ちゃん」 「そんな怪我、二度と負わないようにしてあげるから」 「……え?」 妹の言っていることの意味が、今は分からなかった。 ---------------------------- 次の日。 今日は、父が出張から帰ってくる日。 「ねーお母さん。お父さん、何時くらいに帰ってくるの?」 「うーん、遠いからね、夜中くらいに帰ってくるんじゃないかしら」 「ふーん、そっか」 「(チッ…もう少し出張に行っててもよかったのに…これじゃ"暇つぶし"ができないじゃない…。…ま、いいわ。あの人にはお手伝いって伝えてればいいからね♪大丈夫よ。今までずっと誤魔化してきたんだもの。楽勝よ!!)」 お母さんは、陰でずっとクスクス笑っている。きっと、私にまた家事を任せようとしているんだ。 そんなことを考えると、体が怒りと悲しみで震えてくる。 もう、こんな地獄から解放されたい。 そう思った、次の瞬間。 「……ねぇ、お母さん」 「ん?どうしたの、りりか」 「…いい加減にしてよ」 「「……え?」」 突然のりりかの低い声に、お母さんは勿論、私も驚いてしまった。 「り、りりか?何を言ってるの…?」 「お母さんさ、ずっと秘密にしてきたかもしれないけど、分かってるよ」 「お母さんが、お姉ちゃんに暴力をふるって、家事をまかせっきりにしてるって」 「…え…?」 私は、どうしてそのことを知っているのか、よく分からなかった。ずっと、私自身もりりかにこのことを言ったことがない。 「ちょ、ちょっとぉ!!りりか、どうしちゃったのよ。そんなことしてないわよぉ!!」 お母さんは、笑顔を作っていたが、その顔は青く、随分と焦っている様子だった。 「……これを聞いても、そうだと言える?」 そう言って、りりかは学校のタブレットを取り出した。 『…何でこんな奴が私の子供なんだよ』 『痛い!!!お母さんやめて!!!ごめんなさい、ごめんなさい!!』 『喚くんじゃねぇよ!!!うるせぇな!!!』 「嫌!!!引っ張らないでください!!!ごめんなさい、許してください…!!!』 『アンタなんて生まなきゃよかった!!!』 「これ、どういうことか、ちゃんと説明してもらわないと困るんだけど」 「り、りりか…どこでそれを…」 「この前、友達と遊びに行ったでしょ?その時だよ」 「「え!?」」 「私、見ちゃったの。お姉ちゃんの右腕に、沢山のあざがあったの。それで怪しいと思って、友達の家に遊びに行くって噓ついて、これを録音したってワケ。そういえば、私が出かけた後すぐ、お姉ちゃんを外に放り出してたよね。…信じてたのに、いいお母さんだって、信じてたのに…残念だよ」 「ま、待って、りりか!!誤解よ!!お母さんは、ゆうかにそんなことしてないわよ!!」 「…ハァ…認めてくれないんだね。そっか…」 「…な、何よ…?」 「私、さっきお父さんに電話して、アルゼンチンから日本まで帰ってくるように言ったんだ」 「「え!?」」 「これで少しは反省してくれる?」 「でっ、でも!!アルゼンチンから日本までは丸一日かかるのよ!?」 「(今のうちに誤解だって電話をすれば…!!)」 「無駄だよ、お母さん」 「…え?」 「昨日の夜中に、お母さんのスマホをこっそり使って、お父さんに電話したの。そしたらお父さん、今すぐに帰るって。だから、もう少しでここに着くんじゃない?」 「なッ…!?」 ※メモクレに続きます
※メモクレの続きです。ネタバレ防止のために、下に書いております。 「電話越しでも分かった。お父さん、すごく怒ってたよ。お母さん知ってるよね?怒ったお父さんは、すごく怖いって」 「あ…ぁ……」 お母さんは、今までに見たことがない顔をしていた。顔は青白く、冷や汗が頬をつたっていた。 「…私の大切なお姉ちゃんに、こんなことしてたなんて、信じられない!!お母さん、最低だよ!!」 「……!!」 「り、りりか…違う…違うの…!!」 __ガチャッ!! 「今帰ったぞ!!ゆいか…お前…そんなことをしていたのか!?」 「あ、あなた!!これは誤解なのよ!!」 「こんなに沢山証拠があるのに、まだ誤解だって言い張るの!?お父さん、これだよ。これが証拠」 「ふむ……」 その証拠録音を聴いた途端、お父さんの体が震えだした。 「ゆいか…お前…自分の娘に何をしているんだ!!これは児童虐待だぞ!?分かっているのか!?」 「論より証拠だって言うもんね。ほら、信じてもらえた。お母さん、これでも誤解だと言い張るの?」 「ぁ……ちが…りりか…あなた…」 りりかとお父さんが、目をつりあげる。 「こんなことして、許されるとでも思っているのか!!ゆいか、お前は母親失格だぞ!!」 「私だけ特別扱いして!!お姉ちゃんも私も、平等に育ててよ!!」 「っ……!?」 二人共、お母さんに向かって、溜めていた言葉を吐き出していく。私も、何か一言言ってあげたい。 だけど_… 「っ……もうやめてあげて!!」 「「「!?」」」 「お姉ちゃん…!?」 気づいたら、お母さんの盾になっていた。 「もうやめようよ…ね?そりゃ、私だって、お母さんにあんなことされて、許せない…だけど、お母さんも変われるよ!!過去の行為を反省すれば、きっと、お母さんも変われるはずだよ!!」 「っ……」 「…私、この家族、大好きで大嫌いだった。でも、お母さんが元の優しいお母さんに変わってくれれば…私は、この家族が大好きになる!!」 「…ゆうか…ッ…」 「お母さん、私にあたってたのは、『私が完璧じゃないから』が理由じゃないんでしょ?『仕事のストレスが溜まってたから』…そうでしょ?」 「し、仕事…?」 「そういや、最近のお前、随分とやつれて帰ってくる時があったな…」 私は、お母さんの肩を、ぎゅっと掴んだ。 「あんな仕事やめようよ!!私も、勉強頑張るから!!」 「…!!」 「仕事やめて、新しい仕事に就こうよ。今度はお母さんが無理しすぎないところを選んだらいいじゃん!!子供の私が言うのも違うと思うけど、私は、本当は優しいお母さんが好き!!」 「…ゆうか…」 そう言うと、お母さんは、私をぎゅっと抱きしめた。 「ごめんね…今までごめんね…!!お母さん、酷いことしてたみたい…。簡単には許してくれないと思うけれど、謝らせて。ごめんね…ごめんね…。そうね、ゆうかの言う通りよ。あんな仕事は、もうやめる。お母さんが安心できる仕事を探すから!!」 お母さんがそう言うと、りりかとお父さんも、私を優しく抱きしめた。 「ゆうか、今まで気づいてあげられなくて、ごめんな。…さっきのは、ちょっと怖かったかもな」 「私も、お姉ちゃんの前であんなに怒っちゃって、ごめんね…!!」 家族の皆からそう言われた瞬間、私は、目頭が熱くなるのを感じた。 私は、家族の皆に、ぎゅっと抱きしめ返した。 ---------------------------- 「「ただいま~!!」」 「「おかえりなさい!!」」 あれから数日。お母さんは、今の仕事を退職し、なんと、お父さんが働いている病院で働くことになったのだ!! 「おみやげにケーキ買ってきたのよ~、食べる?」 「「食べる~!!」」 お母さんも、新しい仕事を始めてから、ストレスがなくなった。つまり、元の優しいお母さんに戻ってくれた!! お母さんは、まだ少しだけ前のことを引きずっている様だけれど、私は、お母さんが優しくなってくれただけで、とっても嬉しい。 「…はい、切り分けたわよ~!!」 「さ、お姉ちゃん、食べよ!!」 「「いただきま~す!!」」 もう、大好きで大嫌いとかじゃない。私は今、りりかのことも、この家族のことも、とっても大好きだ!! ---------------------------- __私立『天蘭学園』 その門の前に、一人の少女が立っていた。 きらりと光る眼鏡の奥の瞳は、不安そうな眼差しだった。 「…ここが、『天蘭学園』…ですか」 そう言うと、その少女は、深く息を吐いた。 「…また、前の学校のように__…」 そう呟くと、はっとしたように、小さく首を振った。 そしてもう一度、『天蘭学園』を見つめた。 校舎に取り付けてある大きな時計。 道の真ん中にある噴水。 そして、1年生の教室が見える窓__… 少女は、黙ってそれを見つめていた。 そこには、ただ、冷たい風が吹いていた。 -end-