めちゃくちゃ不穏(( 本文↓ 開始の合図とともに、俺たちは一斉に中央へ走り出した。 エリアは中央に大きなものが一つのみ。 わかばさんたちは飛べるため、機動力では負けてしまっている。最初にエリアを取るのは…… 「お兄ちゃん、二人とも中央まで来てる」 デュアルはそう言うと右へ展開した。 エリアは取られたようだ。 その直後、地面が泥のような性質へ変化する。 俺は壁を登り遮蔽物の上に立った。中央付近にはわかばさんともみじさんが陣取っている。 「元々攻めにくい地形に加えて性質変化か……」 だが右へ展開したデュアルのおかげで二方向から攻めることができる。 俺はデュアルがホップソナーを投げたのを見て、攻撃を開始した。 性質が変化していない遮蔽物をつたって中央へ走る。 と、わかばさんがつぶやいた。 「封緘」 ガチルールは五分間。ちょうど効果時間と同じ程度だ。 この試合、わかばさんを倒さない限りはアビリティは使えない。 俺と攻めるタイミングを合わせてくれていたデュアルはそれを察してか、わかばさんへ狙いを定めた。 守ろうと間に入るもみじさんに対して俺が横から攻撃を入れる。 二人は飛び下がり射程外へ逃れた。 空中から様子を伺っている。 「守り固いね〜」 「そういう作戦だろうな」 感覚範囲の拡大に空中歩行、アビリティ制限。 それに加えて地面の性質変化。 どうやらわかばさんのアビリティ同時発動の個数制限はさらに緩和されているらしい。 もはやないと捉えた方がいいだろう。 俺たちはエリアを塗り直し、カウントを止めた。 「クアッドさん」 その時、わかばさんは、ゆっくりと俺の前に降りてきた。 「……一騎打ちをしませんか」 予想外の発言だった。 わかばさんは好戦的な性格じゃない。なにか策略があるのだろうか。それともーー そんな考えは、わかばさんの目を見た瞬間、吹き飛んだ。 ただ真っ直ぐに、成長した自分がどこまで通用するのか。 それを試したいだけだ。 はたまた、世界一位としてだけではなく、一人のパートナーに、褒めてもらいたいのか。 「望む所だよ」 「……あなたなら、そう言うと思いました」 わかばさんは安心したような表情をし、ブキを構え直した。 俺は小さく息を吐き、目を閉じる。 デュアルともみじさんは見守っていた。 最初に出会った時、こんな初心者の子が俺と同等になるなんて、誰が予想しただろうか。 いや、同等、というよりも、もうすでにーー 俺は考えるのをやめ、ブキを構えた。 「あなたと出会えてよかったです」 「ああ、俺もだよ」 気がつくと、俺は笑っていた。 互いにほぼ同時のタイミングで動き出す。 距離を詰めてくるわかばさんに対して左右にスライドし狙いをズラす。 それに対しわかばさんはボムを転がし移動先を制限してくる。 両者攻撃が当たらない。 ボムが爆発したタイミングで、わかばさんは俺の目の前にまで距離を詰めてきていた。 だが、想定内だ。 俺はスライドでわかばさんの後ろへ抜ける。 すぐに体制を立て直すわかばさんだったが、数発インクをかすめた。 少し前の彼女ならここで終わっていただろう。 思わず「成長したな」と、本音が溢れた。 今度は俺から仕掛ける。スライドせずじわじわと距離を詰めていく。 スライドはまだ切らない。まだ、確実に捉えるまで。 わかばさんがボムを構えた瞬間。 俺はスライドで一気に近づきインクショットを放った。 しかし、フェイントだったらしくステップで躱されてしまった。 すぐにエイムを合わせるも、インクは俺に直撃した。 同時。 相打ちだ。 ーーなるほどな。 これが、バトルの楽しさ。 退屈だった。 次元が違うなんて言われて。 孤独だったんだ。 だから引退した。 今は、ただ。 楽しい。 この試合に勝ちたい。 それだけだ。 ーー 六年ほど前、アビリティが発言していない頃のこと。 「ねえ」 俺はスクリューに目を向けた。 ロビー二階のバーに、二人で来ていた。 「ここのコーヒー、ブラックが好きなんだ、僕」 「珍しいな、他の店ではいつも水なのに」 スクリューは無言でカップを手に取り、一口飲んだ。 俺は目を逸らした。 「僕は、君とこういう関係でいる今が、幸せなんだ」 「そうか、俺は……」 「クアッドは?」 再びスクリューに目をやると、目が合った。 「……俺は」 言わなくては。 俺も幸せだと。でないと傷つけてしまう。 「……ねえ」 俺はうつむいた。 なんだこれ、表情が作れない。 「どうして君はいつも一人なの」 ……は? 思わず、口からこぼれた。 「僕はあとなにをすればいい、君のためにできることは全てやっているつもり。けど君はずっと……」 スクリューは口をつぐんだ。 だが、少しだけ間を置いて、言った。 「君はずっと、僕を信頼してはくれない」 違う。 そんなわけない。 もう数年一緒にいる。 「僕はあとなにをすればいい?」 ……ああ。 そうか。 無理をさせているんだな。 「スクリュー」 きっとこの時の俺は酷い顔をしていたと思う。 「別れよう」 「……そっか」 スクリューは下を向いた。 「君は本当に僕を信頼していないんだね」 「違う、俺は……」 「違くない」 彼女の声は震えていた。 抑えようとしているのが伝わる。 「君は今どうして僕を振ったんだ」 「スクリューに無理をさせていると……」 「……違う」 スクリューは真っ直ぐに俺を見た。 「それは優しさじゃない、逃げだ」 「……」 「僕のためを思うんなら、どうして話すことをしない?自分が楽な方向に行きたいだけ、助かりたいだけじゃないか。ただのわがまま以外のなにものでもない」 その通りだ。本当に。 けど、当時の俺には分からなかった。なにも。 「……スクリュー、この関係はこれで終わりだ」 「君は……!」 「恋愛は、わがままで成立しているようなものだろう。当たり前だ」 酷いことを言ったと思う。申し訳ないと思う。 「……っ」 スクリューは悔しそうに下を向いた。 「そんなこと言われたら、僕は何も言えないじゃないか……っ」 「どうしてそこまで感情的になるんだ、結婚を前提としたものでもないのに」 「……そっか、そう、だね……君は昔から感情に疎かったよね」 今は違う。わかばさんと出会って、俺は変わった。 「クアッド、いずれ君にもわかるよ」 「……なにが」 「理屈なんかじゃ片付けられない行動、何があっても守りたいという感情、それに……」 スクリューは小さくため息をついた。 「バトルの、楽しさ」 ーー
本文↓ ショック死しないで!!() 15話 https://scratch.mit.edu/projects/1321497504/ 試合は拮抗していた。 エリアは取られ、取り返し、の繰り返しだ。 カウントは若干わかばさんたちがリードしていたが、一瞬で埋まる差だ。 あれから誰もやられず、均衡が保たれている。 その均衡が、今崩れる。 もみじさんがやられた。 デュアルの奇襲が刺さったのだ。 わかばさんは一歩引いて立て直す。 俺はエリアを取った。カウントはリードしそのまま進む。 カウント、塗り状況、ラインに大きな差が生まれた。 「デュアル、援護を頼む」 「任せて!」 デュアルが回り込もうとしたその時だった。 地面が揺れた。 いや、ステージ全体が揺れている。 「なんだ?」 アビリティの干渉ではなさそうだ。 すぐにアナウンスが鳴り響いた。 《震度二の地震を観測しました。安全確認のため試合は一時中断します》 珍しい。地震なんて。 エリアは俺たちが確保した状態のままだったが、カウントが進まないようになっていた。 「地震かあ、珍しいね」 デュアルがブキをくるくる回しながら近づいてきた。 地震なんて、俺が生まれてから数回しか経験がない。 ただ震度二であれば、そこまで強くはないし、このまま続行になるだろうか。 そう思っていると、頭に小石がぶつかった。 おそらく天井から落ちてきたのだろう。 ここの真上、地上はちょうどロビーのすぐ近くの、バンカラドームの隣あたりだ。 中止になる場合そのドームで、明日以降試合が行われる。 俺は観客席を見た。 どうやらみんな戸惑っているらしい。 今日はリッターとスクリューが観客席にいるらしく、スイーパーなどは家で見ている。 あいつの驚いた顔を拝んでみたかったものだ。 《安全確認が完了しました。十秒のカウント後試合を再開します》 アナウンスが終わるとともにカウントが流れ始めた。 観客たちも盛り上がりを取り戻し、歓声が溢れた。 「ハプニングはあったけど、勝ち切ろうね」 「もちろんだ。ただそろそろわかばさんたちも切り札を切ってくる。気をつけよう」 そう。一心同体がまだ待っている。 十秒のカウントが終わり、試合が再開した時、わかばさんたちが光に包まれた。 光が弱まると、おちばが姿を現した。 「早速か……!」 「でも擬似的に人数有利は取れたってことだよね」 その通り。相手は一人になったのだ。 おちばの攻撃を避け、スライドで懐へ潜り込む。 それに呼応するようにデュアルも背中側から挟み込む。 だが攻撃が当たらない。 「無駄です、至近距離でないとわたしに攻撃は届かない」 可能性を増大させるアビリティ。 どうやら弾がブレる確率をいじっているらしい。 俺たちはおちばから一度距離を取り、一定間隔の立ち位置を保つ。 直後、デュアルがスライドした時、ブキが暴発し、デュアルは体制を崩し転んでしまった。 「デュアル!」 デュアルは足を押さえて立ち上がれずにいる。 ブキの故障か……?試合前に調整をしなおしたと言っていたが。 おちばが攻撃をしようと踏み込んだ時、強い揺れが発生した。 ステージ全体が軋む音、大きな音が聞こえる。 立っていられない揺れにおちばはその場で坂を転がり落ち、中央から離れた場所へ倒れた。 と同時に一心同体が解除され、意識を失って倒れたままの双子が姿を現した。 《震度六強の地震を観測しました。観客席の皆様、および選手は指示に従い速やかに……》 アナウンスが終わらないうちに、ステージの一部で崩落が起きた。 アナウンスは途中で止んでしまう。 さらに音をたて、天井が落ちてくる。 天井が落ちた衝撃でさらにステージが崩壊する。 観客は外へ出ようと逃げ惑った。 「クアッド」 観客席からスクリューが降りてきた。 「僕たちも出よう。非常用の出口、こっちにあるから」 「なんで知ってるんだ?」 「前この大会に出たからね、君はどうせ説明聞いてないだろうし」 その時、観客席に天井から大量の大きな瓦礫が落ちた。 まだ観客が大勢いる。 だが、瓦礫は全て動きを止めた。 「なんだ……?」 「まずい」 観客席に残っているリッターが、アビリティで動きを止めているようだった。 「リッターやめて!」 スクリューは叫ぶが届かない。 本来リッターのアビリティで動かせるのは軽いもののみ。 瓦礫なんて動かせるはずが到底ない。 だが止めた。 つまりそれは、アビリティの限界を無視しているということ。身体に異常をきたしてもおかしくない。 スクリューが観客席に戻ろうとした時、俺のスマホに電話がかかってきた。 「もしもし……」 「もしもし、スパッタリーだけど、リッターにアビリティを解くよう伝えてくれないかな、三個までなら私がなんとかできるからって!」 「わかりました」 反転で空へ飛ばすのだろう。 テレビ越しでも発動できるとは、恐ろしいアビリティだ。 「だそうだ、スクリュー、伝えてくれないか」 「わかった」 スクリューは俺の考えを読心で読み、リッターのところへ戻った。 スパッタリーさんのアビリティの同時発動ができる個数、二個じゃなくて三個だったのか…… 観客席の通路に落ちた瓦礫をスパッタリーさんが戻してくれる。 スクリューは意識を失ったリッターを抱えて戻ってきた。 「無茶するから意識が飛んだみたい。観客はほとんど逃げたみたいだし、僕らも退散しよう」 「ああ……」 そう言って振り返ると、倒れているわかばさんたちの上から瓦礫が崩れ落ちてきた。 俺は咄嗟に走り出したがその瞬間、後ろで大きな音が聞こえた。 見ると、デュアルにも瓦礫が落ちてきている。 デュアルは足を挫いたのか動けずにいる。 わかばさんたちはアビリティの反動も相まって意識を失っている。 悟った。 予知を使った。 未来では、どちらかがーー スクリューはリッターを抱えている。 反対方向だ。全力で走ってもどちらも助けることなんてできない。 俺はデュアルを見た。 目が合った。 デュアルは、諦めているようだった。 笑って見せていた。 無理やりだ。わかる。 両親を失って、兄貴が道を外れて。 今まで二人でずっと頑張ってきた。 俺が唯一、心を許せていたのかもしれない。 けれど、今は大事な人ができた。 俺には、選ぶことがーー ーーわかばちゃんを優先してあげてーー その言葉が突然、脳裏をよぎった。 気がつくと俺は、デュアルに背を向けていた。 一番都合のいいタイミングで、一番思い出してはいけない、いや、思い出したくなかった言葉を思い出してしまった。 俺は全力で走った。 妹に背を向けながら。 全力でーー 「助けて……」 足が、止まりかけた。 デュアルを見ていたスクリューがつぶやいたんだ。 ーー読心。 どういうことかはすぐに理解した。してしまった。 わかっていた。 「無理はするな」、俺はデュアルにそう言った。 デュアルは笑って……いや、諦めたような表情で、俺をーー けど、本当にデュアルが求めていたのはなんだ。 「デュアルは頑張ってる」。 その一言じゃないのか。 最期まで無理をさせたのか、俺は。 このアビリティを使って、後悔しない選択をしてきた。 けれど今回は、後悔するだろう。 わかばさんともみじさんを背負い全速力でスクリューと非常口へ向かった。 振り返らなかった。 俺の選択だと、自分に言い聞かせながら、ただ、走った。 ーー 「デュアル……デュアル!!」 そのあと、俺はデュアルがいた場所に戻り、瓦礫を必死でどかしていた。 「遅くなった」 背後から声がした。 墓参りをしていた師匠に、スクリューが連絡をしてくれたらしい。 「クアッド、事情はスクリューから聞いた。お前は下がれ」 「……なにを、言ってるんですか」 「下がれ。師として命令する」 「無理です」 師匠は珍しく、鋭い目線を俺に向けた。 「……わかった」 ため息をつき、再度俺に目を向ける。 「なら、私からのお願いだ。私らに任せてくれ」 「どうしてですか」 師匠はほんの少しうつむき、言った。 「……どんな姿で出てくるかわからん。せめてお前だけは、綺麗な状態のあいつだけを記憶に残しておいてほしいんだ」 「…………はい」 「……あとは葬式で顔を合わせてくれ、本当にすまない」 俺は近くで心配そうに見ていたスクリューとともに、わかばさんたちの運ばれた病院へと向かった。 わかばさんたちは、すぐに目を覚ましたようだった。アビリティの反動が主な原因で、外傷もないらしい。 リッターの容体は、酷かった。 体の中のいたるところで出血が起きていた。手術は無事に乗り越えたが、まだ意識は戻っていないらしい。 彼女のおかげで、観客の多くが命を拾った。 命を救われたものたちからは寄付が集まっていた。 ……デュアルは、師匠の予見通り、むごい状態で見つかったらしい。 詳しくは聞かされていないが、天井から降ってくる瓦礫の下敷きになったのだから、相当、だろう。 そして、故障したデュアルスイーパーの片方も見つかり、俺の元へ届けられた。 数年前、デュアルがバトルに初めて行く時、俺がプレゼントしたものだった。 調整なんかできない、と言いながら、ブキ屋に預けるのではなく、自分で調整をしていたようだ。 ……そして、結局俺が探していたものは、何一つ、返ってこなかった。 ーー 「クアッドさん、お葬式、本当に行かないんですか」 「……ああ、ごめん」 誰に謝ってるんだ、俺は。 「……わたし、いつでもお話聞きますから、そうじゃなくても、今日だってあなたのそばにいるだけでも……」 「ごめん、一人にしてくれ」 俺は、その日からずっと部屋に閉じこもっていた。 目の前が真っ暗闇になったような感覚だった。 「わかりました、落ち着いたら、声をかけてください」 わかばさんはそういうと、部屋の前から去っていった。 妹を失った今、俺の中に残っているのは、後悔だけだった。 消える気がしない。どう向き合えばいいかわからない感情。 どうにもできない、どうしようもなかった。 俺には何もできない、何もできなかったんだ。 繰り返し、そう自分に言い聞かせた。