好きの定義とは 第二章 おもい この物語は、完全にノンフィクションです。実際にいる人物や物語で構成されています。 この物語は、一部誇張表現や大げさに書いてある部分も存在します。ご了承ください。 彼女が「本命」を言わないまま走り去ったのは、5月8日、金曜日のことだった。 それから土日を挟み、ぼくには二日間の“考える時間”ができた。 その時間は、休みというより、ずっと同じことを考え続ける時間だった。 頭の中では、同じ問いが何度も回っていた。 ――Yちゃんは、何を考えているんだろう。 そして、三つの仮説が形になっていった。 --- 一つ目。 「噂よけ」説。 Kくんのことを好きだと思われたくなくて、その視線をそらすために、ぼくを利用したのではないかという考えだ。 もしそうなら、“好き”という言葉は本当の意味ではなく、ただの目くらましになる。 そう思うと、あの日の言葉も少し違って見えた。 --- 二つ目。 「未整理」説。 Yちゃん自身が、自分の気持ちをまだ言葉にできていないという可能性だ。 誰が好きなのか。 そもそも“好き”って何なのか。 友達として大事なのか、それとも恋愛なのか。 その境界線がまだ曖昧なまま、言葉だけが先に出てしまっている。 中学生なら、それは普通のことかもしれない。 むしろ、ぼくの方が急ぎすぎていたのかもしれなかった。 --- そして三つ目。 これだけは、できれば外れていてほしかった。 Yちゃんは、自分が注目されることを分かっていて、いろんな人に「好き」と言ってしまうタイプなのではないか。 軽い言葉を投げて、相手の反応を見て面白がる。 もしそれが無意識でも、結果としてそうなっているなら――それはかなり危うい。 その考えにたどり着くたび、胸の奥が少しだけざわついた。 --- 土日の夜は、あまり眠れなかった。 寝ようとしても、あの「好き」という言葉だけが、頭の中で繰り返された。 --- 月曜日。 いきなり本人に聞くのは怖かった。 だからまず、Yちゃんの親友であるMちゃんに相談することにした。 放課後、短く事情を話し、「三つの説」をそのまま伝えた。 Mちゃんは少しだけ考えてから、 「うーん……正直、分かんない」 とだけ言った。 それ以上は何も補足されなかった。 結局、答えは本人に聞くしかないということだった。 --- 朝休み。 ぼくは隣のクラスの前に立ち、Yちゃんを呼び出した。 廊下には、朝特有のざわつきと、まだ完全に目が覚めていない空気が流れている。 Yちゃんはすぐに出てきた。 いつものように、少し軽い表情だった。 でも、今日はその軽さに少し緊張が混じっているようにも見えた。 ぼくは迷ったあと、できるだけそのまま聞いた。 「ぼくって、Yちゃんの中でどういう“枠”なの?」 一瞬だけ間があった。 Yちゃんは視線をそらして、それから短く答えた。 「友達」 その一言で、状況は一度区切られた。 安心したわけでも、がっかりしたわけでもない。 ただ、“分からないもの”が一つ整理された感覚だった。 --- 続けて、ぼくは一つ目の仮説をぶつけた。 「Kくんの噂を消すために、ぼくに“好き”って言ったとかじゃないの?」 Yちゃんはすぐに首を振った。 「それは違うよ」 言い切る声ははっきりしていた。 ただ、そのはっきりさが逆に、少しだけ引っかかった。 本当に完全な否定なのか、それともそう言い切っているだけなのか。 その違いが、ぼくにはまだ分からなかった。 --- その日の放課後。 ぼくはもう少し話を聞きたくて、駐車場でYちゃんを待っていた。 空は少しだけ夕方の色に変わり始めている。 その時、同じクラスのNくんと、三組のTくんに偶然会った。 流れで、ぼくは三つ目の仮説について話した。 するとNくんは、迷いなく言った。 「それ、普通にあると思う」 その言葉は軽かったけれど、妙に引っかかった。 --- そのとき、Tくんがスマホを取り出した。 「ちょっと見てみ」 画面には、LINEのトーク画面が表示されていた。 そこには、Yちゃんから送られた「好きです」というスタンプの履歴が残っていた。 いつ、誰に対して送られたものなのか。 その細かい事情までは分からない。 でも、“一度でもそういうことをしている”という事実だけが、はっきりそこにあった。 その瞬間、ぼくの中で三つ目の仮説が、少しだけ重さを持ちはじめた。 軽い冗談やノリで済ませられるものではない気がした。 胸の奥が、じわっと冷える。 ただ、それでも完全に決めつけることはできなかった。 どこかにまだ、“違う可能性”が残っている気がしたからだ。 --- そのときだった。 Yちゃんが、駐車場に入ってきた。 ぼくはすぐに聞いた。 「Yちゃんって、他の人にも“好き”って言ったりしてる? みんなを騙して、みんなの反応を見て面白がったりしてない?」 Yちゃんは少し驚いた顔をして、それから笑った。 「え、そんなことない……と思う」 言い切りではなかった。 その曖昧さが、逆に現実的だった。 横からTくんが口を挟む。 「いや、こいつ結構そういうのあるって」 「ちょっと!」とYちゃんが反論する。 そのやりとりは、どこか軽いのに、内容だけが重かった。 --- 少しの沈黙のあと、Yちゃんは視線を落として言った。 「……前は、ちょっとそういうことあったかもしれない」 ぼくはそれを聞いて、うなずいた。 「そっか」 それ以上、うまく言葉が出なかった。 --- 最後に、二つ質問をすることにした。 一つ目。 「もう一度冷静に聞くけど、ぼくって、Yちゃんの中でどういう“枠”なの?」 「……友達かな。」 帰ってきた言葉は一緒だった。 二つ目。 「“好き”の定義って、なんだと思う?」 その時返ってきた答えは、あまりよく覚えてない。 --- 気づけば、空はもうかなり暗くなっていた。 話はそこで一度切り上げることになった。 「続きは、明日の朝にしよう」 誰かがそう言った。 それが自然な流れだった。 --- 帰り際、ぼくはYちゃんに一つだけ伝えた。 「恋愛のことで、からかうみたいなことはやめてほしい」 Yちゃんは少しだけ目を見開いて、それから小さくうなずいた。 「……うん」 そのあと、いつものように笑った。 でもその笑顔は、少しだけ前と違って見えた。 --- 別れたあとも、ぼくはしばらくその場を動けなかった。 Yちゃんは、何も変わっていないようでいて、何かが少しずつ変わり始めている気がした。 そして同時に、ぼく自身も。 「好き」という言葉の意味が、少しずつ分からなくなっていくのを感じていた。