好きの定義とは 第三章 まよい この物語は、完全にノンフィクションです。実際にいる人物や物語で構成されています。 この物語は、一部誇張表現や大げさに書いてある部分も存在します。ご了承ください。 ぼくは、このことについて考えすぎなのかもしれない。 最近、まともに眠れていなかった。 月曜日に学校へ行くと、クラスメイトに「目、腫れてない?」と言われた。 少し熱っぽい気もする。 別に、ぼくには関係ない話のはずだった。 ここまでしつこく気にしていたら、逆に相手に嫌われるかもしれない。 そんなこと、自分でも分かっていた。 忘れればいい。 もっと別のことを考えればいい。 なのに、頭の中から離れない。 ――Yちゃんは、何を考えているんだろう。 自分でも呆れる。 でも、ぼくは昔からそうだった。 謎みたいなものを中途半端なまま放置するのが、どうしても気持ち悪い。 だから結局、考えることをやめられない。 その日、ぼくはいつもよりずっと早く学校へ向かった。 いつも早めに登校しているけれど、今日は違った。 たぶん、全校生徒の中で一番早かったと思う。 昨日、Yちゃんと最後に話した駐車場の前で、しばらく立ち止まる。 朝の空気はまだ冷たく、誰もいない校舎は静かだった。 ほんの数分のはずなのに、その時間がやけに長く感じる。 ぼくの中で、何かが少しずつ変わり始めている気がした。 誰もいない廊下を、一人で歩く。 聞こえるのは、自分の足音と、教室の鍵が小さく揺れる音だけだった。 教室に入り、窓際の席に座る。 ぼくはまた、「好きの定義」について考えていた。 昨日、Yちゃんに言ったのだ。 「明日はもっと、ちゃんとした答えを持ってくる」 けれど、その“答え”は、まだ見つかっていなかった。 朝休み。 Yちゃんは、いつも通り廊下から手を振ってきた。 「おはよー!」 明るい声。 いつもと変わらない笑顔。 でも、その光景を見ながら、ぼくは別の視線も感じていた。 Kくんだった。 何かを言うわけじゃない。 でも、少しだけ冷たい目で見られている気がする。 怒っているのかもしれない。 まあ、当然だ。 こんな空気になることくらい、最初から少し予想していた。 それでも、嫌なものは嫌だった。 休み時間。 ぼくはYちゃんに、もう一度聞いてみた。 「Yちゃんにとって、“好き”ってどういうこと?」 Yちゃんは少し考えてから、 「えー、かっこいい人かな。何してもかっこよく見える人!」 と笑いながら答えた。 どうやら、少し勘違いしているらしい。 たぶんYちゃんは、「好きな人ってどんな人?」という意味で答えている。 でも、ぼくが聞きたかったのは違う。 “好きな人”じゃなくて、 “好きそのもの”とは何なのか。 そんな話だった。 放課後。 ぼくはいつもの場所へ向かった。 今日はMちゃんが用事で来られないらしく、Yちゃんと二人きりだった。 夕方の風が少し強い。 ぼくは昨日から気になっていたことを聞いた。 「Yちゃんって、中学入る前、この学校に知り合いいたの?」 「女子の幼なじみが何人かいるよ」 「じゃあ男子は?」 「全然知らない」 思わず驚く。 つまりYちゃんは、男子を誰一人知らない状態で、この中学校に入学したことになる。 「じゃあ、Kくんのことも?」 「うん。入学してから初めて会った」 ――それって、ほとんど一目惚れじゃないか。 ぼくがそんなことを考えていると、向こうから女子の先輩たちが歩いてきた。 「あ、Yちゃん!」 「先輩!」 Yちゃんはすぐに笑顔になる。 「やっぱYちゃんかわいいよねー」 「ありがとうございます」 「ほんとかわいい!」 「えー、照れますって」 楽しそうに笑っている。 その様子を見ながら、ぼくはぼんやり考えた。 周りからずっと「かわいい」と言われ続けたら、感覚も少し変わるのかもしれない。 先輩たちと別れたあと、ぼくはふと思い出したことを口にした。 「海外に、One Directionっていうバンドがあるんだけど」 「うん?」 「その人たちの曲で、“What Makes You Beautiful”っていう曲がある」 Yちゃんは黙って聞いていた。 「題名を訳すと、“あなたを美しくする理由”。歌詞の中では、ずっと“君は自分が綺麗だって気づいてない”って歌ってる。でも最後に、“それこそが君を美しくしてる理由なんだ”ってなる」 少し風が吹く。 ぼくは続けた。 「だから、自分で“かわいい”とかを意識しすぎない方がいいんじゃないかなって、ぼくは思う」 Yちゃんは少しだけ目を丸くして、それから小さく笑った。 「なんか難しいね」 「かもね」 自分でも、少し説教くさかった気がした。 少し沈黙が続いたあと、ぼくはもう一度、あの話を切り出した。 「……結局さ、Yちゃんにとって、“好き”って何なの?」 Yちゃんはすぐには答えなかった。 視線を落として、しばらく考えている。 でも、言葉は出てこない。 だから今度は、ぼくの方から答えを話した。 「ぼくは、“好き”っていうのは、“特別”ってことだと思う」 Yちゃんが顔を上げる。 「他の人とは少し違う存在。だから、“好き”って言葉は、軽々しく使っちゃいけないと思う」 Yちゃんは静かに聞いていた。 「じゃあ、友達として好きな場合は?」 「その時は、“友達として好き”って言えばいいと思う」 「なるほどね」 Yちゃんは小さくうなずく。 そして少し間を置いてから、確認するように言った。 「つまり、好きでもないのに、“好き”って言っちゃだめってこと?」 「……うん。ぼくはそう思う」 風が吹いた。 空は少しずつ夕暮れの色に変わっていく。 Yちゃんは何かを考えるように黙っていた。 そして、少しためらうように口を開く。 「じ、じゃあさ……もう一個聞いていい?」 「なに?」 Yちゃんは少しだけ笑った。 「結局、うちが誰を好きか聞きたいんでしょ?」 「……うん」 正直に認めると、Yちゃんは困ったように目を細めた。 「えー、それは秘密かな」 「いや、別に答えなくてもいいんだよ」 そう言った瞬間だった。 Yちゃんが、いたずらっぽく笑う。 「ていうかさ、逆に君はうちのこと好きなの?」 「違うよ!」 思ったより強く否定してしまった。 「ほんとは好きなんじゃないの?」 「だから違うって」 Yちゃんは楽しそうに笑っている。 でもぼくは、自分でもよく分からなくなっていた。 何を否定したかったのか。 何を確かめたかったのか。 沈黙が気まずくなって、ぼくは無理やり話を切った。 「……じゃあ、また明日!」 「うん、またねー!」 帰りのバスの窓から、夕焼けの街が流れていく。 ぼくはぼんやり外を見ながら考えていた。 ――一体、自分は何がしたいんだろう。