段々自分都合で依存気味になるクアッドくんかくの楽しいです( 次回、ついに最終話 本文↓ 決勝戦から三日が経った。 今回の大会は『不幸な事故』だ。 俺にはあの時どうすることもできなかった。 いや、自分を犠牲にしてでもデュアルを助けていれば…… 考えても意味のないことを、一人永遠と考え続ける日々だった。 「クアッドさん」 部屋のドアをノックする音とともに、わかばさんのいつもと変わらない声が聞こえてくる。 「今日、いいお天気なんです、少しお外に出ませんか?」 過ぎたことだ。 変わらないことだ。 俺が選択した未来だ。 「わかった、待っててほしい」 「……はい、いくらでも待ってますので!」 少しだけ、涙ぐんでいるのを隠すような声音にも聞こえた。 少なくともこの状況は俺が選んだものだ。 だったら残ったものを幸せにするというのが、俺に与えられた役目なんじゃないだろうか。 心配させてばかりじゃだめだ。 「わかばさん」 「はい!」 「ありがとう」 「……クアッドさん」 わかばさんは扉を開けた。 真っ直ぐに俺を見つめるその瞳には大粒の涙が浮かんでいる。 「……っ、大好きです」 わかばさんはかすれるような、震えた声で一生懸命に伝えてくれた。 そんな優しい笑みを浮かべるわかばさんを俺は抱きしめた。 「……迷惑かけてごめん、俺も好きだよ」 ーー 三日ぶりの外は、無情にも、想像していたより明るかった。 わかばさんは俺の手を引いて玄関先まで歩いていった。 「久しぶりに二人で外出しますね、どこ行きましょうか」 「スイーツとか食べない?映画とか、リラックスできる温泉施設なんかもいい」 「スイーツ!!は、えっと、太っちゃうので、映画、行ってみたいです!」 「映画か、最近の流行りは……」 スマホを取り出そうとした時、後ろから声が聞こえた。 「いたぞ、クアッドだ!!」 振り返るとシャッター音も聞こえ、何人もの人が集まってくる。 「なんでしょう……?」 わかばさんは首を傾げた。 そこにスマホを持った人が一人前に出た。 「クアッドさんですね、先日の決勝戦について、お聞きしたいことが」 (……大体はマスコミか) 俺はわかばさんの手を引いて背を向けた。 「あっ、一言だけでもお願いします!」 「葬儀には出席されなかったと聞きましたが、本当なんでしょうか!」 「皆知りたがってるんです、お答えいただけませんか!」 わかばさんは俯いたまま抵抗することなく俺に手を引かれている。 そんな中、野次馬の内から声が聞こえた。 「人殺し!」 「……!」 俺は足を止めた。 息が詰まった。 一瞬、周囲の声が薄くなる。 俺が? デュアルを殺した? ……いや、確かにそうだ。 見捨てたのは俺だ。俺が殺したも同然。 わかばさんは振り返った。 「誰ですか」 「あなたは、決勝戦に出ていたわかばさんですね?クアッドさんとはどういう関係で……」 「今、酷い言葉を浴びせたのは誰ですか」 人々は静まり返った。 それを見たわかばさんはため息をつき、つま先を少しあげ、とん、と地面に足をつけた。 すると地面はどろっとした性質へ変化し、人々は足を取られて身動きができなくなった。 「な、なんだこれは……」 「白状するまで、帰すわけにはいきません」 「……わかばさん」 俺はわかばさんの頭にぽんと手を置いた。 そして軽く撫でながら言った。 「いいよ、ありがとう」 「でも……っ」 「俺は大丈夫、行こう?」 わかばさんは下を向いて唇を噛んだが、落ち着かせるように小さく息を吐くと、俺に抱きついてきた。 「……ごめんな、迷惑かけて」 「どうして」 わかばさんは嗚咽を堪えながら言った。 「あなたはいつも、一人なんですか」 ……また、言われてしまった。 「ごめん」 わかばさんは俺の服をぎゅっと掴んだ。 「わたし、頑張ってあなたの隣に立とうって、見合った女になろうってしてるんです。まだ……まだ、努力が足りないっていうんですか」 また、無理をさせているのか、俺は。 前と何も変わっていないじゃないか。 「……わかばさんは十分頑張ってるし、バトルに関してだって強くなった。俺なんか軽く超えるくらいにはね」 「……ばか」 「えっ?」 「私は、クアッドさんのこと尊敬してます。そんなクアッドさんを、本人が認めてあげないでどうするんです……」 俺はわかばさんの頭を優しく撫でた。 「俺はまだまだだから。それに、君は世界一位なんかすぐに取ってしまうよ」 わかばさんは何も言わなかった。 「……解除」 変質していた地面は元通りになり、人々は唖然としてその場に座り込んだ。 「か、解放された……?」 「とっとと失せてください、そして、二度と私たちの前に現れないでください」 わかばさんは振り返らずにそういうと、俺の手を握って歩き始めた。 そして目に浮かぶ涙を手で擦り、俺に笑顔を見せた。 「取り乱してしまってすみません、行きましょうか!」 「……ありがとう」 「いえ、恋人として当然です」 お互いの気持ちは、晴れないままだった。 ーー 「映画、楽しかったですね!」 「最後のシーン、あそこ盛り上がったよな〜!名作だったよ」 「わたしとしては、言葉の一つ一つに色々解釈の仕方があるところが好きでしたね!」 映画の内容で盛り上がり、笑い合って、和やかな雰囲気のまま帰路に着くことができた。 家に着くとわかばさんは真っ先にソファへ身を投げた。 「疲れました〜」 「そういえばわかばさん、アビリティ無詠唱で使えるようになってたんだね?」 「あ、あれは違うんですよね」 わかばさんは身を起こして言った。 「身体機能が向上したおかげか、アビリティの同時併用に制限がなくなったので、ずっと使っていられるものは微妙にずっと発動させているんですよ」 「今もちょっと浮いてるとか、そういうことか?」 「はい、今朝の解除と言ったのも、厳密には解除はしていません」 本当に俺を超えていそうだな。 俺がいなくても、わかばさんはもうきっと…… 「クアッドさん、見てください」 「えっ?」 わかばさんは、カレンダーを指差していた。 「……?」 「……」 わかばさんはじっと俺のことを見つめている。 「覚えていませんか?」 「……あ」 しまった……一年記念日だ。 「あ、じゃないですよ!もう!」 「ご、ごめん」 わかばさんはぷんぷんしていたが、落ち着いて話をし始めた。 「……あなたと出会って2年半と少し、今までわたしは何度もあなたに救われてきました」 わかばさんは自分の胸に手を当てた。 「頼ってください」 「えっ?」 「わたしも、あなたが辛い時は、支えたいんです」 わかばさんは、どこか寂しそうな、優しい笑みを浮かべていた。 その今にも涙が溢れてしまいそうな瞳が、俺には眩しくて仕方がない。 「信じてください。わたしのこと」 「わかばさん……」 「……いえ、今、無理にとはいいません、いずれゆっくりとでいいので」 わかばさんは一度、間を置いてから、口を開いた。 「わたしはあなたのこと、信じています」 「……ありがとう」 その言葉はなぜか、俺には少し、苦しく感じるものだった。 ーー 「スクリュー、クアッドどうやら、今日出かけたみたいだぞ」 「……よかった」 その頃スクリューは、師匠の家へ来ていた。 「映画を見に行ったらしい、わかばから連絡があったんだよ」 「でも、今うろつくのは少し危険なんじゃないですか」 「確かに、クアッドのことをよく思わないやつが、ここぞとばかりに叩いているみたいだな」 「僕が余計なことを言わなければ、なにか……」 「お前が自分を責める必要はない。無論、全員がそうだ」 「そう、ですね」 スクリューは背を向けているため、表情はわからない。 師匠は腕を組んで言った。 「それよか、あの二人の精神状態が心配だ。あれからずっと気分が落ち込んだまま。よくないな」 「今回外に出たことで、何か変わればいいんですが……僕が行ってきましょうか」 「……頼めるか」 「もちろんです」 「すまないな、弟子に迷惑をかけてしまう師匠で」 スクリューは間を置いて話した。 「師匠、僕はあなたがあのときいてくれれば、とは確かに思いましたが、あなたのせいだなんて誰も思っていません」 「……だが」 スクリューはゆっくりと振り返り、続けた。 「デュアルは師であるあなたに、毎日心のうちで、感謝していましたよ」 「だったらいいんだが……」 「師匠、今、誰が、言ってるんです?」 スクリューの表情は珍しく柔らかいものだった。 それを見た師匠は顔を伏せ、ほんの少し苦笑まじりに言った。 「確かに、そうだな……いや、そうなんだろうな」 ーー 「クアッドさん、夕飯どうします?」 「あー、今日の当番はデュア……」 言いかけて俺は口をつぐんだ。 何を言ってるんだ。あいつはもういないじゃないか。 「……俺が作るよ」 「いえ、わたしが作ります」 気を遣わせただろうか。 「……大丈夫です。作りたい気分なんです、作らせてください」 いつもより優しい声音だ。 「ごめん、時間までには降りてくる」 俺はそれだけ言って自分の部屋に戻った。 ーー 寝る支度を終え、ベッドに入ると、すでに日付はまわっていた。 デュアルが、あの時のことが頭から離れない。いつものように行動できない。 ……眠れない。 「クアッドさん、起きてますか」 扉の方から声が聞こえる。わかばさんだ。 「起きてるよ、どうしたの?」 扉を開け枕を持ったわかばさんが入って来た。 そういえば、俺が閉じこもっている間はソファで寝ていたらしい。また気を遣わせてしまった。 「一緒に、寝たいです」 「いいよ、おいで」 「あの、一人になりたいとかであれば無理はしないでほしくて……」 「大丈夫。自分勝手だけど、今はわかばさんがいてくれると……楽、かな」 「……そう、ですか」 わかばさんは一瞬躊躇ったが、俺の頭の横に枕を置き、ゆっくりと横になって布団に潜った。 「……寝付けませんか?」 「ちょっとね」 しばらく沈黙が続いた。 「明日はなにをしましょうか」 「みんなの顔を見て回ろうと思うよ、迷惑をかけたと思うから」 「わたしも一緒に回ります」 「……そっか」 そう一言言うと、突然意識が遠のくような感覚が現れた。 意識が途切れる直前、最後に見えたのは、白く輝くーー ーー 「……さん!………シさん!」 わかばさんの声がだんだんと近づいてくる。 俺が目を開けるとそこにはデンタルとホットが立っていた。 「ナナシさん!」 隣を見るとわかばさんが心配そうな表情を浮かべてこちらを見ている。 「何が……」 「おかえりなさい……と言ったところでしょうか」 「デンタル……なにをした」 「ただの記憶操作ですが、なにか?」 デンタルは不的な笑みを浮かべた。 記憶操作?どこまでが? 装置を壊して、現世に戻って、大会に出て、デュアルが…… まさか、全部。 「作戦を変えましょう。寿命をギリギリまで削り、あなたの精神をすり減らすことにします」 「デンタル、何したんだよ、俺にも教えてくれ」 「いずれわかります、ホット」 そういうとデンタルは一歩前に出た。 「始めましょうか……」 「封緘」 「……本当に邪魔な存在ですね」
本文↓ 最終話 https://scratch.mit.edu/projects/1321784053/ わかばさんに視線が移った一瞬をつき、俺は地面を蹴ってデンタルへ近づいた。 だが景色は歪み、目の前にはスクリューが現れた。 「!?」 「試合中に考え事とは余裕じゃないかクアッド」 突然の攻撃に俺はぎりぎりでかわすも、頭上からのリッターの攻撃によってやられてしまった。 と、思ったその時、今度は自分の部屋に移動していた。 だが瞬きをすると一瞬で別の場面に切り替わる。 「期待してるよ、クアッドくん」 現れたスパッタリーさんがウインクをするとともに、またも場面は切り替わる。 そんな中、突然耳にアナウンスが流れて来た。 《震度2の地震を観測しました。安全確認のため試合は一時中断します》 「地震かあ、珍しいね」 「……まさか」 俺が振り返るとそこにはブキをくるくると回すデュアルがいた。 「ん?どうしたのお兄ちゃん」 「デュアル、お前……」 だが手を伸ばそうとした直後、場面は切り替わり、俺はわかばさんを抱えて走っていた。 隣にいたスクリューが小さく呟く。 「助けて」 次の瞬間、またも眼前にはデンタルとホットが立っていた。 「彼女のアビリティでむりに引き剥がされたおかげで、記憶の操作が中途半端になってしまったのですよ。ただ……」 デンタルは薄気味悪い笑みを浮かべ、言った。 「より効率的にあなたは苦しむことになります……長い長い時間をかけて、何度も、何度も。こちら側では数秒の出来事だと言うのに」 また景色が薄れる。別の場面に変わる。 「記憶とは、恐ろしいものなのですよ……」 ーー 「ナナシさん……?」 クアッドは立ったまま固まって動かない。 「おや、何か勘違いをしているようですが、その者はクアッドですよ」 「えっ……?」 わかばは近づいて帽子を脱がせてみた。 「ほ、ほんとうだ……」 「やはり複雑な人の感情というものは面白くもありますね……あ、そうそう」 デンタルはわかばに歩み寄っていく。 「あなたにはここで消えてもらう必要があります……片割れを亡くせば双子アビリティは使えないはずですよね?」 「黙ってやられるとでも」 「そこで俺の……」 「封緘」 前に出ようとしたホットは立ち止まって呆然とした。 「おいおい……まだ話終わってないのにひどいな」 「これでわたしに隙をつくような真似はできません」 「では、こういうのはどうでしょうか」 デンタルはそういうと、動かないままでいるクアッドにブキを向けた。 「さて、大人しく死んでいただければあなたの大事な人は傷つかずに済むかもしれませんね」 「わかりました」 わかばは躊躇いなくブキを捨てた。 「やはり人間の感情というのはおもしろい……!」 デンタルは不敵な笑みを浮かべ嘲笑するような表情を見せた。 ーー また、戻ってきた。 デンタルとホット、わかばさん。 何回目……何百回目だ。 「クアッドさん!」 「無駄ですよ、もう壊れています」 耳に入ってくる情報が、処理できない。 ……まあ、いいか。 どうせまた、繰り返しているだけだ。 ……クアッドさん……? 俺はまだ名乗っていないはずだ。 ならわかばさんはどうして俺の名を呼んだんだ。 「……そうか」 現実、か。 「……!ホット!アビリティを……」 「だめだデンタル、まだ……」 わかばさんは静かに言った。 「……まだ、解いていませんから」 俺はデンタルのブキを蹴り上げ、素早くホットを装置に叩きつけた。 ヒビが入り、装置からは煙が立ち上る。 「現実、そうだろ、デンタル」 「なぜわかったのです……」 「さあな」 俺はデンタルを蹴り上げ空中から叩き落とした。 衝撃でデンタルは、抵抗もできずただ崩れ落ちた。 俺はそれを見て、わかばさんの方へ駆け寄った。 すると突然装置につながっていたケーブルが弾けるように爆発した。 爆発は連鎖し、建物は軋む音を立て、揺れる。 「わかばさん、外へ出よう」 「天翔!」 わかばさんは俺の手を引いて窓から外へ飛び出した。 そのうちに俺たちのいた建物はだんだんと崩れていってしまった。 ーー 広場に戻り建物を見上げたが、高さはもう無く、原型もほとんど留めていない。 「そういえば、どうして変装なんてしていたんですか?」 「あとで教えるよ、それより……」 問題がある。 「元いた世界に戻っていない」 「なにか条件が……?」 わかばさんは考えるそぶりを見せている。 デンタルに見せられた記憶では、やつを倒せば戻ることができたが、あの建物の崩壊から逃れられたとは考えにくい。 「そういえば、ロッカーがありましたよね」 「あれ、開いていないか?」 広場の隅にあるロッカー。そのうち一つの戸が開いている。 わかばさんがロッカーに駆け寄ろうとすると、その目の前に再び黒い魚が出現した。 「わかばさ……」 「……っ!」 わかばさんはまとわりつこうとする小さな魚を振り払い、飛び下がった。 俺はブキを持ち直しスライドで距離を詰め、一気に倒した。 「大丈夫?怪我を見せて」 「大丈夫です、黒いインクがかかっただけで、怪我はしていませんので……」 わかばさんがハッとして顔を上げた直後、黒い魚が次々と地面から飛び出してくる。 「ロッカーは罠……いや、ロッカーを守っているのか?」 「クアッドさん、わたしが道を切り拓きます。ロッカーの確認をお願いします」 「わかった」 わかばさんは手で地面に触れ、周囲を泥のような性質へと変化させた。 俺が足をつく場所はわかばさんが元に戻してくれる。 空中を漂う魚を避け、俺は一直線にロッカーへ向かった。 扉の中を覗くと、そこには手紙とボタンが入っていた。 手に取ろうとした時、視界が歪んだ。 「……は?」 「残念でしたね……記憶、ですよ」 俺の動きはデンタルの目の前で止まっていた。 「クアッドさん、封緘の効果時間切れです……!」 まずい。 「さようなら……今度はより深い記憶の海へ沈んでください」 最後に見えたのは、口元のみが笑うデンタルの不気味な表情だった。 ーー 「……っ」 気がつくと、俺は広場に倒れていた。 起き上がり周囲を見渡すと、後ろから声をかけられた。 「クアッドさん、起きたんですね」 「わかばさん……」 「デンタルはわたしが……」 「わかばさんが倒して建物は倒壊、ロッカーの中にボタンと手紙」 わかばさんは少しうつむいた。 「何度目、ですか」 「ここが現実かどうか判別できないけど、何百回と繰り返した時は現実時間では一秒にも満たなかったよ」 「……そうですか」 わかばさんは俺の隣に座り込み、体を寄せてきた。 「新しいパターンだ、何通り目だかはわからないけど」 「……そうですね」 わかばさんは俺の手を握った。 しばらく沈黙が続く。 「繰り返すうちに、手紙の内容は読みましたか?」 「元の世界に帰れるボタン、だろ」 「クアッドさんが戻ってください」 ボタンは消耗品らしい。同時に押すこともできない。 そして何よりの問題は。 「元の世界に戻ると、元の世界の人はこの世界のこと、この世界にいる人のことは全て忘れる」 「……わたしは、忘れられても構いません」 「今回は戻ってみるか」 俺は立ち上がって伸びをした。 今回は忘れるかどうかの確認だ。 次はボタンをもう一つ探すルートでいこう。 毎度わかばさんに譲ってきたが進展はなかった。 「……あの」 「ん?」 「現実です、今」 わかばさんは手を震わせながら言った。 「信じるのが難しいってわかっています、でも現実なんです」 「……じゃあ」 言い終わらないうちに、わかばさんの隣に黒い魚が現れた。 俺はブキを構えたがためらった。 どうせまた記憶だ。 助けて何になる。なら新しいルートとして試したほうがいい。 黒い魚はわかばさんに襲いかかった。 わかばさんはブキを取り出し構えるも、小さい魚に腕を噛まれブキを取り落としてしまう。 「いや……っ」 俺はブキをしまって地面に置かれているボタンへ手を伸ばそうとした。 「たす……」 ……また、言わせるのか。 また、失うのか。 考えるより先に体は動いていた。 「……ごめん。今が現実だってことを信用することはできない」 黒い魚は一掃された。 「けど、俺は君だけは何度だって助ける」 俺はボタンを持ってわかばさんの前にしゃがみ込んだ。 わかばさんは下を向いた。 「帰るべきは、わかばさんだよ」 「……怖い」 わかばさんは涙声で続けた。 「帰りたい、家に帰りたいよ……」 声は震えていた。 俺はわかばさんの手を取り、ボタンを持たせた。 「大丈夫、帰れる」 「忘れません」 わかばさんは涙を拭って言った。 「絶対戻っても思い出して、みんなを連れて助けに来ます」 「……わかった、信じるよ」 「約束です」 わかばさんは小指を向けた。 俺は指切りを交わし、わかばさんと立ち上がった。 「俺もこっちで、まだそれがないか探してみるよ」 「もし、見つかったら帰ってきてくださいね。わたしはずっと待ってます」 わかばさんはめいいっぱいの力で俺に思い切り抱きつくと、ボタンを押した。 俺がわかばさんに触れるのと同時に、だんだんとわかばさんの体は消えていった。 ボタンも消失し、静けさだけが残った。 俺は一人ため息をつき、手紙を拾い上げた。 「ハイカラシティ……」 手紙には次の行き先が大きく書かれていた。 電車は通っていない。道中で黒い魚にも遭遇するだろう。 何日、何ヶ月かかるかわからない。 それでもあの子を信じると決めた。 現実であることに賭けると決めた。 俺はハイカラシティに向けて、線路沿いを歩き出した。 ーー 「……あれ、わたし」 「わかば!」 隣を見ると頬を膨らませているもみじの姿があった。 「終点じゃん!なんで起こしてくれなかったのよー!」 「ご、ごめん!寝ちゃってた!」 「まあまあもみじちゃん、そんな怒らないの。頼んでる側だったんだし」 「……あれっ、今日どこに行ってきたんだっけ?」 わかばは頭を押さえている。 何かが引っ掛かるようだ。 「わかば、まだ寝ぼけてるの?今日は三人で女子会でしょ!」 「四人の間違いじゃなくて?」 「……他に誰かいたっけ?」 わかばの脳裏には一瞬、クアッドの顔が浮かんだ。 「クアッ……ド……」 「とにかく降りよ、帰ってから話そ」 三人は電車を降り改札を出た。 とそこで、わかばは帽子を目深く被る男とすれ違った。 男は、口元にのみ笑みを浮かべるような、不気味な表情をしていた。 「……あれっ」 「わかばちゃんどうしたの?」 「なにか考えていたはずなんですけど、急に忘れちゃって」 「あるあるじゃん〜!私もそういう時ある!」 「その現象って思い出せないと脳が歳をとっちゃうんじゃありませんでしたっけ?」 「え?ほんと?わかばちゃん頑張って!おばあちゃんになっちゃうよ!」 「なりませんよー!もう、もみじったら」 三人は笑い合い、楽しく喋りながら帰り道を歩いて行った。 欠けている違和感、欠けた違和感。 それに誰も、気づかないまま。