※第3章、第4章は流血、過激な表現、グロテスクな表現があります。苦手な方はブラウザバックを強く推奨します。 前章→https://scratch.mit.edu/projects/1314921451/ 3章 乾坤 3年戦争の被害は甚大だった。建物は壊され、あちこちに破片が飛び散っている。高層の建物も押し折られ、街には死傷者が溢れ、死臭が漂い、充満した。子供の叫び声が鈍然とした地獄に跋扈する。零れ落ちた涙と慟哭は直ぐに消え失せる。 誰かが殺された。 両目を潰され、目に包帯を巻き付けた人。腕を切り落とされた人。足が在らぬ方向に曲がり、松葉杖で何とか辛うじて歩いている人。様々な人間で溢れていた。彼らの瞳には希望の光など欠片もなく、あるのは絶望。全てを諦め、自ら命を絶つ者も増加した。 彼らモンスターは何も罪のない、武器を持ってない民衆を虐殺し、インフラ施設を執拗なまでに攻撃し、破壊した。そして、殺した民衆の首を辺りの建物に括り付け、見世物の様に晒す。彼らは、怪物だった。荒らされた病院の中では、ベッドが真っ二つに割れ、ガラスは砕け、その破片が地面に散乱している。返り血と思われる血痕がべったりと壁に張り付き、精密機械等も無惨に破壊されていた。床には白衣を着た首のない死体が、幾つも散乱していた。地獄と化した世界はまさしく、世紀末という言葉が似合っていた。 勿論、戦争が終わった時に負傷者も問題になったが、一番の問題は食料だった。食料が圧倒的に不足していた。 食料の奪い合いもまた熾烈になっていった。モンスター達は、農村などに住む人間たちを虐殺し(多くは武器を持たない民間人だった)、人間たちが住んでいる土地に毒ガスをばら撒いた。人員不足と、毒ガスのせいで地面が枯れてしまい、農林業は衰退の一途を辿っていった。そうして食料のインフラは完全に停止した。戦争に勝利はしたものの、戦勝国の其の姿は、とても美しいとは思えなかった。 人々は食料を求め、お互いを殺し合った。ナイフで切り合い、石を拾い、どんな顔をしていたのかすらも判らない程、相手の顔に思い切り打ち付けた。拾う石すらもなければお互いを殴り合い、全身から血を流し、同じ人間を殺し、ぼろぼろの雑巾の様になりながらも何とか食い繋いで生きていくような状況だった。其の姿は惨めで、惨憺で、愚かだった。 同じ人間なのに、お互いを殺し合う。果たしてこれは何が原因でこうなってしまったのだろう。何処で間違えたのだろうか。そう考えない日はなかった。 そんな光景が日常の風景となってきたある日、父に呼び出された。話があると。 私の父親は、政府関係者の中の幹部だ。政府内でもかなりの権力を持ち、銃などの兵器関連の管理や、戦争の総指揮を執っている。Roseは急いで指定された部屋へと駆け足で向かう。扉を開けると、椅子に座って、静かに外を見ていた。 「...Rose。お前は、あの凄惨な状況は見たか?」 背凭れに寄りかかりながら彼は問い掛ける 「見ました。お互いを殺し合うなんて...愚かです」 言ってから口を手で塞ぐ。失言だ。だが、父は其れを気にする素振りを見せない。椅子を回し、こちらに向く。眼光は鋭く、目の下には黒いクマができている。逆光がその鋭さをより強調する。机の上には、資料と思われる紙が積み重なっていたり、散乱していたりした。 「私たちは、この状況を打開せねばならない。それは分かっているね?」 「はい。父上」 「...一つ質問をさせてくれ。お前はこの状況から脱せるなら、どんなことでも遂げるか?」 「勿論です。人類存続の為なら何でも捧げます」 即答する。父は表情を変えない。 「宜しい。なら作戦を伝えよう」 そう言いながら、父は散らばっていた紙を素早く片付け、作戦の内容が書かれていると思われる紙を広げた。 作戦の内容はこうだった。時空遷移の機械を用い、3年戦争を生き残った兵士たちを他世界へと送り出し、モンスター達が住んでいる地下世界を制圧。そして制圧したモンスター達を遺伝子操作で記憶を消し、人間に置き換えて人類の人数の増加を計画するものだった。この土地も、毒ガスの影響で全く使い物にならない為、向こうの世界を新たな土地として使うらしい。 「幸い、戦争時に遺伝子を調べるために、捕らえたモンスターから遺伝子の調査をしてある。うちの有能な科学者たちが何とか遺伝子操作の技術を発展させてくれた。モンスターの基本的な生体構造には人間と共通点が多い。植物を改良するよりは遥かに容易だ。時間自体が大分かかるが...然して問題ではない」 「なかなか面白い作戦ですね。...ゲノム編集でも施すのですか?」 「そうだな。其れに等しいことをする。モンスターの遺伝子配列には''祈り''が組み込まれている。其れがモンスターの遺伝子の''核''だ。其れを酵素で切除し、人間の核である''魂''に適応する配列へと書き換える。無論、モンスターにも魂はあるが...。祈りが大部分を占めてしまってるからな。配列が変わってる。若しかするとオフターゲット作用が働くかもしれないが...試行を重ねれば問題はないだろう」 「ただ...幾つか不可解な点も」 「言ってみろ」 「あの時空遷移の装置は本当に使えるのでしょうか?一度も運用していないものを、現段階の全戦力を注ぎ込むには危険すぎるかと」 ふむ...と父は唸る。手を組み、顎に右手を添える。 「其れに作戦実行にあたって世界の呼び名等を付けたいです。世界を移るとなると...少々複雑です」 「...そうだな。呼び名を付けよう。考えはあるか?」 「そうですね...今いる世界を、''第3スノーフル''そしてこれから遷移する世界を、''第2スノーフル''と名付けるのはどうでしょう?」 「なぜ、モンスターの首都を名前にするんだ?其れに...なぜ第1ではない?」 「これから私らはモンスターの首都に遷移します。そう考えれば、モンスターの首都である、''スノーフル''で区別するのが良いと思います。何時か我ら人類の首都になり得る場所ですから。それに、我々は元々第3スノーフルの人類ですらありません。ですから我等がこの世界に移る、さらに前の世界、其れを''第1スノーフル''と名付けるのが自然かと」 「そうだな...。分かった。次に装置に関してだ。これは案があるんだが...誰か先遣隊を募ろう。実験も兼ねてな」 「それならば私が」 予想しない志望者が出たからか、将又即答したからか、父は驚いた表情をして慌てる。 「待て、それはやめろ。お前は私の一人娘だ。私が病になった時や、不慮の事態が起きた際に、お前に全てを任せるつもりだ。ここで失敗でもして、居なくなってしまったら私が困る」 「しかし、志願者が出るとは到底思えません。只でさえ、皆疲労しているのに、態々死ぬかもしれない実験に挑むなど、死ぬことを望んでいる者たち以外に到底参加者が来るとは...。それに彼らは精神異常を患い、命令を聞かない恐れがあります」 うぅむ...とまたも父は唸る。沈黙が続く。1分かもしれないし、10分かもしれない。 「自殺願望を持つ人間を寄越すという手段もあった。だが、仮に生存してしまった時が恐ろしい。...分かった。行かせよう」 溜息をつきながら、ぽつりと呟く。 「決行日は2日後だ。下がれ」 「は。失礼致します」 そう言いながら、ドアを閉める。どうせ元からあるようでない命だ。ここ等でみんなに預けてみるとしよう。 「そうしてお前はここにやってきた。お前なりの正義を持って。見る限り実験は成功したようだな」 BleakはじっとRoseを見つめる。 「そうだね。其れからは早かった。私が実験体となってこの世界に来て、実際にあの装置が使えるということが判明したら、すぐさま軍隊を送り込んだ。私たちはこの世界を武力で制圧して、新たな移住先とした。武力制圧が終わり、完全に地下が手中に収まってから、軍人以外の人間たちも招いたよ。そして私たちは、『人民革命隊』と名乗った。無論、軍は今も駐紮している」 「じゃぁ、地上の政府との政治闘争に敗れたというのも...?」 突然疑問符が浮かんだため、尋ねる。 「勿論嘘だ。全部、嘘だ」 あっけらかんとした答えが寄越される。空間を埋めているのは空白だけだ。 「何処か遠い国で、こんな言葉があったのを思い出したよ。''盛者必衰の理を表す''。まるで今の私達みたいだよね?どれだけ強くても、どれだけ勇敢でも、結局は衰える。"どれだけ強くなれと祈っても、結局の所、結果は変わらない"」 そうでしょ? 誰かが囁く。 「そうかもな...。盛者必衰の理を表すねぇ...。其れは俺らにも当て嵌まるかも知れないな」 Bleakがそう言うと、Roseは少し目を開く。すると、今度はCellarが口を開く。語り掛ける相手は、BleakでもRoseでもなく、自分自身だった。 「ねぇsans。今のRoseの話を聞いてると、モンスター達を人間に換えるために、この世界にやってきたんだよね。そして、この世界にやってきた後に君の弟は彼女らに殺された」 「...もしかして君は───」 「何が言いたい?俺のショックを掘り返してもう一回味わわせたいのか?」 Roseの言葉を遮る。 もしそうなら殺してやる。Cellar。死の痛みを馬鹿にするな。 「そうじゃないよ。人間に換えるんだったら、殺す必要なんてない。不自然だと思わない?態々換えられるモンスターを、''殺す''なんて」 Bleakはこのやりとりを少し興味深そうに見ている。握り締めた拳が軋み、震える。 「僕は、Papyrusが生きてると思うんだ。恐らく、施設か何かに収容されて。確証はないかもしれないけど...信じてみてもいいと思う」 次の瞬間に自分はCellarを思い切り殴っていた。骨と骨の鈍い音が鳴る。彼の顔の前で火花が散る。sansの拳がCellarの顔へと減り込む。他の2人も眼を見開く。Cellarは回廊の地面へと叩き付けられ、顔を歪めている。叩き付けた拳を顔から離し、胸倉を掴んで少し地面から浮かせる。眼を覗き込むと、澄んでいる眼には恐怖の色が浮かんでいる。 「馬鹿にしてんのか?生きてる?信じて?巫山戯るな。何も知らない癖に。他人みてぇにアドヴァイスのつもりで喋ってるんじゃねぇよ」 心の底から沸騰している、純粋で澱みのない怒りだった。 「sans。やり過ぎだ」 Bleakが止めようとする。其れを暫く睨むが、自分は胸倉から手を離し、Cellarを地面に下ろす。そして、Bleakに向けていた睨みをCellarへと移す。 「...正直お前の事を今直ぐに殺したい。でも俺も感情的に決める馬鹿じゃない。...二度とこの話を出すな。今度は本当に殺す」 「...ごめん。それでも、僕は信じてる。...気を付けるよ」 Cellarの前には、まだ恐怖の色が浮かんでいるが、その色も毒気が抜けたが如く、徐々に消え去っている。そして無表情に成り乍ら、淡泊とした顔になる。 Roseから来る、少し涼しそうな名も知らない花の香りが鼻に届き、漂う。重い鉛という名の静けさが落ちる。誰も何も言わなかった。 「...Rose、僕らからも幾つか質問がある」 Cellarが相変わらずの表情を欠いた顔で言う。 「君は、この世界にやってきた。僕も、Bleakも、その装置を使ってこの世界にやってきた。場所は違えどね。でもその装置は僕が使ったらすぐ消えてしまった。煙のように。''出口がないんだ''。''入り口はあっても''。でも、恐らく君たちはまだそれを保有しているはずだ。この世界を制圧できずに、押し返された時のバックアップとして」 沈黙が守られる。 「その装置の居場所を教えてもらおうかな。そうじゃないと、僕は元の世界に帰れない。革命のある世界に、戻れない。ここは、''僕が居るべき世界''じゃない」 沈黙が続く。が、それは破られる。 「...分かった。教えよう」 重い鋼鉄の扉が、今開こうとしていた。
4章 鮮血 「ただその前に...」 刹那、目の前から姿が消えた。ロープだけが残っている。いつの間にか、ロープは切られていた。 突如、どごんという鋼鉄と骨がぶつかり合う、鈍い音が回廊に響く。音の方を見ると煙が薄れて回廊に蔓延していく。その薄くなっていく煙の中から、BleakとRoseが見えてきた。 Bleakは骨でRoseのナイフを防いでいる。Bleakの骨は弓張り月型に曲がり、火花を散らしている。力は五分五分。競り合っているように見える。Bleakは少し顔を顰める。 瞬時にCellarのブラスターが撃たれ、Roseは後方へと避ける。Cellarのほうを見ると、身体が固まる程の冷たい眼がそこにあった。呼吸音も一切聞こえない。いつもの、朗らかな彼のではない、何か別の人格が宿ってしまっているかのようだ。 自分も彼らの援助をする。 自分の体を軸の中心として、槍を円形状に地面に擦るように回し、その遠心力でRoseのいる地面に、思いっきり叩き付ける。地面に煙が踊り、大きな罅が入り、爆音が轟く。 だが彼女は恐ろしい程素早く、攻撃は鋭い。忍者のように攻撃を避け、自分にナイフを振り下ろす。 其れを間一髪のところで槍を縦に突き出し、防ぐ。 脇腹。 首。 右腕。 左足。 太腿。 火花。 衝撃。 鋼鉄音。 残響。 一撃ごとに骨が軋む。火花が耳を貫く。 ナイフが空気を裂くたび、死が鼻先を掠めていく。 一瞬。 たった一瞬、判断を誤れば終わる。 光が弾け、 鋼鉄の音が響き、 お互いを穿とうと必死になり、 それが熱気を形成していく。 耳を劈く、甲高い金属の咆哮が目の前で鳴り響く。彼女の刃物を見ると、それは硬度の限界を迎え、二つに割れ、宙に舞い光に反射している。 その隙を逃さず、槍を渾身の力で突き出す。 槍の穂先は、手を超え、腕を超え、喉元へ、突き進む。 ────捉えた。 血繁吹が宙を舞う。 だが、殺せなかった。 彼女は器用に体を捩じり、槍を避ける。肩に若干の切り傷が入っている。 素早く折れたナイフを捨て、そして彼女の拳が繰り出される。打ち出された拳は自分の肋骨にぐさりと刺さった。その力は、美しい、陶器のような体から出されているとは到底思えないほど力強く、凶暴だ。衝撃で肋骨が軋み、肺の空気が一瞬で押し出される。壁へ叩き付けられた瞬間、回廊全体が揺れたように錯覚した。その衝撃の強さに気を失いかける。壁に罅が入っている。霞んだ瞳に、跳び上がり、拳を振り被っている少女の影が映る。全てがスローモーションのようだ。 この情景が自分の見る、最後の景色になるのか。そう思いながら、目を閉じた。 「おいsans!起きろ!朝だぞ!」 徐々に視界の暈け具合が治ってくる。papyrusがエプロン姿で自分を覗きながら、フライパンを叩いている。 「あぁ...もう朝か...。面倒くさい一日の始まりだな」 「メンドクサイ?じゃぁ俺様がその一日をすごく''えきさいてぃんぐ''な日に変えてやる!」 「そうか?楽しみだな」 そういいながら両手を広げる。papyrusと一緒に、雑談しながらリビングへと向かう。 「朝食はできたのか?」 「当たり前だ!そろそろsansも自分で作ってみたらどうなんだ?朝食くらい」 「面倒くさいんだよ」 「ほんと怠惰だよね...sansって」 papyrusが若干の軽蔑を込めた目を向けてくる。そのことに思わず笑ってしまう。その若干の笑いは、段々と大きくなっていき、そして腹を抱えてしまう程の状態になってしまった。papyrusも最初は困惑していたが、笑っているsansの姿を見て、可笑しいと思ったのか笑い出す。平和だ。こんな平和な時間が続けばいいのに。 「でも平和なんて簡単に打ち消される。そうだろ?」 目の前で音が弾け、静寂が落ちる。 目を開くと、Cellarがさっきの飛び掛かり攻撃を、両腕をクロスするような形で防いでいる。彼女の眼には恐怖も焦燥もない。Cellarの義手がRoseの拳を重く振り払う。残像が映る。 刹那、彼の義手が破裂した。 螺旋や歯車、甕覗の破片が、金属片が、宙を舞う。金属の喧しい叫びが犇めき合う。回廊へと差し込む光がその慟哭を捉える。だがCellarの表情は変わっていなかった。 Roseが体勢を立て直すその瞬間、ブラスターを放つ。Roseはその柔らかい体で屈みブラスターを避ける。彼女の後ろに結んでいる髪が、遅れて同じ動作をする。ただ、その髪は避けることが間に合わず、先端が閃光に呑まれた。Roseが少し顔を蹙める。 大きくCellarの前へ跳び、回し蹴りでCellarを吹き飛ばそうとするがそれをブラスターが阻止する。 「同じ轍は踏まない」 がこんという痛そうな音が響き、空気が爆ぜる。防いだCellarが拳でRoseを相手にする。目には見えないほどの速さで、互いの拳が交錯する。まるで鏡の様に。歯車が噛み合う様に。Bleakも加わり殴り合う。だが、彼女は一切崩れない。 拳を弾く。 弾く、 弾く、 弾く。 Cellarが一瞬の隙を突いてRoseを回廊の中心へと飛ばす。空気を震わせるほどの豪力だ。飛ばされた彼女は石畳を削りながら滑っていく。耳障りな音が残響する。 Roseが体勢を立て直す前に、3人が動く。逃げ道はもう既に閉ざされていた。 BleakがRoseの目の前へ。 自分が右側。 Cellarが左へと、Roseを取り囲む。包囲網が完成した。Roseは三方向を見渡す。ゆっくりと、静かに。膩(なめらか)に衒う黒髪が、ゆらりと彼女に呼応するかのように揺れる。彼女の白い肌から滑り落ちる雫が、回廊に刻まれる。 彼女は...笑っていた。その笑みは、15歳の少女の、心底楽しそうな、見惚れてしまう笑みだった。 先制攻撃はCellarでも、Bleakでも、自分でもなく、彼女だった。彼女が地面を思い切り蹴り、自分の頭を目掛け足蹴りが飛んでくる。 感情が飛び散る。 火花が割れる。 棚引く髪。 揺れる瞳。 浮かぶ笑み。 殺意と骨という、アンバランスな組み合わせが戦闘のメロディーを作っていく。穿ち、弾き、ぶつかり合う。そんな不協和音とも捉えられるようなメロディーが回廊に残響する。 その姿は最早、死神達の舞踏会だ。赤と蒼。硝煙と骨。殺意と笑顔。祈りと残響。全てが踊り狂っていた。 彼女の拳を弾き、体を軸として回転するように薙ぎ払う足を跳んで避ける。槍を突き出しながら必死に頭を回転させる。 どうすればいい?どうすれば彼女を止められる? どうすれば──── 簡単だ。 自分は、戦闘時に彼女のことを分析していた。彼女の一番弱点が出る時を。彼女が脆くなる時は、相手を仕留めるときだ。仕留める事に五感全てを集中させるから、隙が出やすい。そこを仕留めることができれば。 直様Bleakが此方に加勢してくる。勘のいい男だ。RoseをBleakに任せ、自分は後退し準備を行う。 まだだ、まだ。まだだ。 Bleakが態と隙を晒す。Roseは其れを見逃さず、容赦のない断罪の刃を下ろす。自分は目を見開く。今ならいける。確実に。 「Bleak!!!」 力の限り叫ぶ。 その叫び声に呼応し、Bleakが後ろへと跳ぶ。Roseの反応が一瞬遅れる。その赤い瞳に、初めて驚愕の色が走った。 そして数多もの青骨が、地を裂くように突き上がる。青白い花が芽吹く。咲き狂うかのように。彼女を取り囲み、動けないように。 その花は、彼女を搦めとる檻へと変貌する。 微かな静寂。 そして。 ...ブラスターの準備音が聞こえた。 低く、鈍い唸り。空気そのものが震えている。 Cellarが無言で割れた義手を上げる。 「待て!Cellar!」 そう言っても、もう既に時は遅かった。全てがスローモーションのように、遅れて見える。彼が上に向けている甕覗の義手が、彼女に向けられる。その義手は衒う。彼の眼は、怒っていた。 ブラスターの閃光が容赦なく空気を裂き、彼女の体に向かって奔っていく。Cellarの淡い靄が、水滴となりべちゃりと垂れる。 彼女は、避けられなかった。 「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!!...う゛ぐぅぅ゛ぅ...っ...」 左腕が宙へと放り出される。赤黒い鮮血が飛び散り、回廊の窓からくる光が、その宙で優雅に踊る血を無慈悲に照らす。 ボトリという厭らしい音を立てて、左腕が自分の足元に転がる。赤黒い血の池が徐々に広がっていく。 少女はあまりの苦痛に顔を顰め、歪ませて跪く。蹲り、呻く。切り落とされた左腕からは血がボタボタと垂れている。 その姿は、あまりにも生々しく、凄惨だ。 ...動きが読めない。事態は膠着状態になった。 そうして、どれくらいの時間が経ったのだろうか。 Roseはゆっくりと立ち上がり、ふらふらとしながらも右手で、地面に落ちている欠けたナイフを拾い上げる。そして、佇まいを整えるようにする。深呼吸をし、背筋を真っ直ぐにして、此方をじっと見つめる。深みのある、吸い込まれそうな美しい目だ。 そこには殺意はもう込められていない。あるのは憐れみの感情だけだ。そして少女は右手に持っているナイフを、ゆっくりと首筋に当てる。漸く見えた顔は、やはり笑っていた。 「正直、情報を全て吐き出しても良かった。もう計画が知られている以上、其れを阻止することは出来ない。でも、やっぱり父に、部隊に忠義を誓った以上、裏切ることは出来ない。情報は渡さない」 Bleakも、Cellarも、sansもその場にいる全員が、次に成される行動の意味を理解する。Bleakが叫ぶ。 「待て!早ま──」 「さようなら」 そう言いながら、首筋に当てていたナイフをスライドさせる。彼女が目を閉じ、静寂のヴェールが世界を抱擁する。 次の瞬間、ぶしゃぁぁぁという無限に湧き出る噴水のような音が響く。切り口からは鮮血が噴き出す。横殴りのような恵みの雨の、美しい血が。不思議と、其れを穢いとは思えない。鮮血は遠慮なしに辺りに飛び散り、回廊の柱や地面に、所構わずにべちゃりと付着する。彼女の生気は、泡沫のように浮かび上がり、そして破裂していった。 誰も動けなかった。 ごとりと音を立てて体が崩れ落ちる。その音は、彼女じゃなくなったものから発せられたものなのか、自分から発せられたものなのかは分からなかった。 次章→(7/25まで、お待ちを...) sprite by @shiitake_misoshiruさん