「遅い。」 低く掠れた声から始まる探偵事務所の朝は今日も遅かった。 桜が咲き乱れ、春が来たばかりの横浜は、街全体が大きな布団につつまれたようだ。 「てめぇ九時半には起こせっつったよな。今十一時だぞ。」 ギロリと隣にいる優男を上目遣いに睨みつける。 「いやいや…。千尋さんが起きなかったんですよ〜?」 鋭い眼光に怯むことなく 「はいはい…甘いものが切れて機嫌が悪いんですね〜。朝ごはんのフレンチトーストです。」 と不機嫌な男の前に完璧な朝食を置く。 「悪くねぇな。」と頬張りながら新聞や書類に目を通すのがこの探偵事務所の日課だ。 今やパワハラだと訴えられそうな廃人上司にお世話を焼くのが蓮の生きがいにまでなっている。 「ヨコハマ連続強盗事件か。物騒なこった。」 「ひぇ〜、怖いですねぇ〜…。まぁ、うちには盗られる様な物は無いですけど…。」 甘いフレンチトーストと千尋に染み付いた苦い煙草の匂いが絡みつく。 カツ、カツ…と軽快で愛らしい足音が聞こえてきた。 「あらまぁ。探偵事務所のもの好きおっさん方は今が朝食ですの?全く、いつ見てもこの事務所は汚いですわね。今度使用人を幾つかよこして差し上げますわ。」 エーデルワイスのような上品な香りで苦い空気が甘く満たされる。 「げ。万里子。」「万里ちゃーん!おはよ〜そしていらっしゃぁい。」 上から目線の少女は続ける。 「あぁ、この記事。私も読みましたわ。物騒なことですこと。別に盗られてもいいですけれど。」 と背後から新聞を覗き込んで言った。 「いやでも万里ちゃんのお家、いっぱい大事なものあるでしょ?」 諭すように優男が聞くと、 「あんなもの、全て御父様や御母様の物ですわ。私が誘拐されるよりよっぽど良いでしょ?」 と彼女は顔色一つ変えずに吐き捨てた。 「おい蓮、砂糖がもう無いぞ。」 この鶴の一声でいつもの調子に戻る。 「またぁ?入れすぎないでって言いましたよね?!」 ヨコハマにある探偵事務所でいつもと変わらぬ変わった三人の慌ただしい日々は今も刻々と流れていた。 時空を揺るがすことが起きるとは知らずに。 第一話:春の降る朝 どうやら降りる駅を間違えたようだ。 そう屋久島ひいろは思った。 現代では珍しいモダンな雰囲気の街。和服と洋服が混じった人々のファッションは、歴史の資料集のようだった。 「いや、俺いつの間に電車に乗ってたっけ?」 ひいろは朝学校へ向かう為に庭においていた自転車を取りに行こうとしたところだった。自転車登校なので、電車なんか乗らないのだ。 「俺バカだからここどこかわかんないよ〜…」 無い頭をひねって考える。中学の地理でやったではないか。 「思い出した!!!あのでけぇ建物、赤レンガ倉庫だ!!」 やっと答えを導き出した彼は早速東京に帰る方法を検索しようとスマートフォンを開いた。 「あれ…。圏外なのかな…?」 真っ暗のままうんともすんとも言わない画面を眺める。 「え、スマホ繋がんないどころか開けないじゃん…!どうなってんの…!?」 一人であたふたしているところに怒声が響く。 「おい!そこのお前!!何者だ!!」 びっくりしてあたりを見回す。 「ひぇ…誰か怒られてら…職質か?かわいそ…。」 気を取り直して電源を入れようとスマートフォンをいじくっていると突然首根っこを掴まれそうになる。 「おい!聞こえてんのか!お前だよ!なんだその変な板は!!!」 「うわぁぁっ!?!?え!?!何?!?!?はっ??!」 警察の怒号を浴びパニックに陥った。 とにかく知らない人に急に怒鳴られたら逃げろ、近頃はそういう詐欺があるからなと幼馴染の言っていたことを思い出し、警察に背を向けて一目散に走り出した。 「すすすす、すいませぇぇぇぇぇぇん!!!俺、馬鹿なんで、口座番号とかわかんないですぅぅぅぅぅっ!!!!」 変に真新しく見える赤レンガ倉庫の横を通り過ぎ、整備されて少し間が経ったような石畳を蹴り、海の方へと夢中に走る。 この辺りで見えるはずの観覧車が見えない。 「ど、どうしよう…まだ追われてるよね…?」 息をぜぇぜぇ荒くしながら逃げ道を探していると、 「こっちだよ!!」 と突然強く腕を引っ張られた。 路地裏に引き込まれ、やばい、捕まったか。と思ったが、それはすぐに見当違いだったと分かった。 「君、大丈夫?」ひいろの腕を掴んだその男は、装いからなにから、警察ではなさそうだった。 優しい声色で「なんで追われてたの?」と聞く。 「わ、わかんないです。知らない間にここに来て、急に追っかけられて…。」 今起こったことを整理しようとしてもいろいろ有り得ないことが多すぎて、ひいろの脳は爆発寸前だった。 「そっか。じゃあ詳しくはうちで聞こうかな。僕は神楽蓮。この街の探偵事務所で助手をやっているよ。」 男は握手を促した。 「お、俺は屋久島ひいろです…。広浦高等学校の二年です。」 とひいろも続いて握手をした。意外にも男の手は荒れていて、確か幼馴染の母親の手もこのように荒れていたなと思う。 その蓮という名の優男は、ひろうら?と小首を傾げたが、 「まぁ、いいや。こっちにおいで。うちの先生に話を聞いてもらおう。」 「あ、ありがとうございます!」 頼もしい雰囲気や会話によって、ひいろはこの人だとなんとかしてくれそうだ。と思った。 路面電車から降りて「黒崎探偵事務所」と書いたガラス戸の前で立ち止まる。 「千尋さーん。只今帰りましたー!面白そうな少年を連れてきましたよーっ。」 勢いよくドアを開け、ひいろを中に招き入れる。部屋の中は甘い砂糖菓子のような匂いときつく染み付いた苦い煙草の匂いがした。 「ん゙だてめぇ起こすなっつってんだろうがよ。」 その千尋さんと呼ばれた人は書類とティーカップが散乱した机からのそりと身体を起こす。古そうなタイプライターの周りだけは、綺麗に整理されていた。 「僕はもうお昼だから寝ないでって言いましたよ〜。」 慣れた様子で蓮に宥められているそのやさぐれた男は、見た目こそ端麗で儚い雰囲気を持ち合わせているが、「正確に難あり」とでもいったところだろう。 「おい、なんだそっちのガキは…っ。」 とひいろを見た途端顔を顰め声が小さくなる。 その後あれだけ悪態をついていたのに何をしたらいいのかわからないのか、一人では何も出来ないことがあるのか、一言も発さなくなる。 「そうだったね。」と蓮は察したように、ゆっくり千尋のそばにしゃがみ込み、耳を傾ける。 「うんうん、『取り敢えず座れ。』だって、ひいろ君。」 「あ、はい。」 ひいろはこの人たちではなんとかならなさそうだ。と思った。
読みにくいかと思いますが暇つぶしに最適だとおもうのでぜひ読んでみてください。 言い回しなど馬鹿が垣間見える箇所、誤字脱字ありますがご了承ください。 ※実際の人物、団体とは関係のないフィクションです。 #小説 #novel #柳暗花明 #一次創作 #創作 #タイムスリップ #タイムリープ #横浜