5章 沈澱 其処には、もう既に彼女じゃないものが倒れていた。さっきまで、美しく澄んでいた緋色の眼は、今では、白く濁っている。 「...なぜ撃った?」 BleakがCellarをじっと見つめる。その眼には光が點っていない。冷徹で、陰鬱な眼だ。 「なんで撃ったと聞いているんだ!なぜだっ!!!!彼女には、まだ生きる道があった!誰かと笑い合う道もあったかもしれない。泣き合う道もあったかもしれない。生きれた!生きれたんだ...!なんでだ。なんで殺したんだっ!!!!!!!」 BleakがCellarの胸倉を掴み吠える。さっきまで光が點ってなかった眼には、今では憤りと悲しみで満ちている。Cellarは抗おうとせずBleakに身を委ね、そして遠慮気味に口を開く。 「...彼女は死ぬべき存在だったんだよ。Bleak。弟のProperlyを殺し、数多ものモンスターを殺したんだ。彼女は。あまりにも悲惨な現場だった」 Bleakの息を呑む音が聞こえる。目を見開き、徐々に憤りの色が消えていく。 「Properlyが死んでから、寝るときはいつもあの死体達が夢に出てきて自分を揺さぶる。Bleak。僕が時空遷移装置を探した目的は、他世界に行ってみたいからって言ったよね。勿論それもある。でも、一番の目的は、Properlyを殺した人間に復讐をすることだ」 CellarはRoseの死体を見、そのあとに自分たちを見つめる。 「僕は、人間を滅ぼしたい。この手で全員、殺したい。弟を死に追いやって、沢山の友達を殺して、苦しめた人間を。 ねぇ、正義ってなに? この感情は悪? この祈りは悪? ...僕は、悪? 教えてよ。Bleak。sans。」 誰も暫く声をあげれなかった。Bleakも掴んでいた胸ぐらを離す。静寂が続く。 「...だから殺したっていうのか?」 答えたBleakの声は低かった。怒鳴ってはいない。ただ、其処には未だ燃え残る苦い怒りがあった。 「弟を殺されたから?苦しかったから?自分は正義の存在だから? だから、彼女を殺したのか?」 Cellarは答えない。 Bleakは俯く。骨が軋むほど拳を握り締める。 「...分からない訳じゃない」 絞り出すような声だった。 「俺だって、失いたくなかった。 救いたかった。助けたかった」 暫く沈黙が続く。 「でも、それでも...。 俺はまだ、お前を許せそうにない」 また沈黙が3人を貫く。長い沈黙を引き裂き、揉み消すかのように、震えた声で口を開く。 「...Cellar。殺すにしても、先ずパラドックスをみつけないと話にならない。俺達3人だけじゃ、民隊に攻め込んだところで殺されるだけだ。第3スノーフルの軍隊に頼るしかない」 CellarもBleakも浮かんでいた陰鬱と、悲しみが音もなく深海へと沈澱していく。だが、BleakもCellarも何も言わない。自分が言葉のバトンを持ち続ける。 「普通は、何個かある筈なんだ。装置の大きさは違えど。所謂、予備。其れを使えば俺らも移れる筈だ。...幾つか心当たりがある場所がある」 「其れは何処?」 Cellarが神妙な面持ちで此方を向く。 「ウォーターフェルの扉だ」 渡し守に運賃を渡し、ウォーターフェルを指定する。 渡し守は3人の鈍よりとした空気を感じ取ったのか、将又いつも通りなのか、一言も喋らず船を出発させた。船の進む、水音の鼓動だけが聞こえる。 船が着くと、一直線に其の扉へと向かう。前に来たことがあるが、其の時は固く閉ざされ、どんなに強く開けようとしても開かなかった。だが、今ならいける筈だ。 「Cellar、この扉を開けてみてくれないか」 Cellarは言われた通りに扉の取っ手を捻る。でも開かない。がちゃがちゃと連続して回す。其れでも相変わらず開かない。扉は黙を貫いている。 「開かないだろ。何かあると俺は踏んでいるんだ。何を言いたいか、分かるか?」 「勿論」 Cellarは片手を上へと向ける。そして扉の方向に向けた瞬間、ガスターブラスターの閃光が扉を貫く。 ガスターブラスターを撃ち終わった後、Cellarはすぐさま扉の中へと飛び込む。どごっという鈍い音と、微かな絶叫が聞こえる。数秒後、物音が聞こえなくなり、自分たちも扉の中に飛び込む。中では人間が2人、骨で串刺しになっていた。眼は見開かれており、血の池が出来上がっている。2人は既に事切れていた。 「ビンゴ」 Cellarはその美しい装置を見上げる。大きさこそ、Cellarの身長の7倍という程の大きさはないがそれでも十分な大きさだ。Cellarの身長の凡そ3倍ほどだろうか。その装置は恐ろしい程、蠱惑的だ。生き物を呼び寄せる、美しい''何か''が宿っている。 「使えるのか?」 さっきまで黙っていたBleakが漸く口を開く。 「予備としてとってある奴だ。起動しなければ、''予備''として意味がない」 そう言いながら、自分は装置の横に置いてあるレバーを扉の方向に深く倒す。がちゃりと音が鳴ると、微風が吹き始める、噴出された浅葱色のミストが辺りに充満する。音は一切鳴らない。 ミストが晴れると、ポータルが出来上がっていた。ミストの中に入っている化学成分の反応を使っているのかどうかは分からないが、随分ハイテクな代物だ。 「入るかい?君たちは今から、...Bleakの言葉を借りるなら第3スノーフルに移る。''遷移する''。その覚悟は?」 Bleakと自分は目を合わせる。そして、頷く。 「分かった。行こう」 CellarとBleakと自分の3人は、少し後ろへと後退る。そして、全速力で装置へと飛び込む。離れないように。消えないように。 一気に視界が眩い光に抱擁されてゆく。視界が明滅し、体の輪郭すらも不明瞭になっていく。色が消え、そして俺らは灰になる。消えていく。 気を失った。瞼の裏に映ったのは、優しく笑うpapyrusの姿だった。 目が覚めると、装置の目の前に自分たちは佇んでいた。振り返ると、明らかに通ってきた装置よりも高さがある。さっき通った装置とは違う。幾分か鈍然としている空気を感じる。砂塵も踊っているようだ。 「...なんでここにあるんだ?」 Cellarが外を覗き、小さな声で呟く。 第3スノーフルに、やってきたのだ。 「さて、まずは新王に謁見をしないといけないね」 Cellarは、俺達が全く知らない土地を何の迷いもなく歩いていく。思った以上に歩くスピードが速く置いていかれそうになる。 「待って、Cellar...。は、速い...。歩くのが速い」 「あっ、そう?ごめんね。もう少し遅く歩くよ」 そう言いながらも歩くスピードは変わらない。もう何を言っても無駄なようだ。 20分くらい歩いていると、徐々に人気を感じ始める。建物には槍や矢、剣などが突き刺さっている。道端には足を潰されたのか、包帯をしたモンスターが座って乞食をしている。内戦があったとは聞いたが、実際に負傷者を見ると居た堪まれない気持ちになってくる。そんな感傷に浸っていると、人で埋まっていた道の真ん中が徐々に捌けていく。 その開いた空白に、女性の兵隊が通っていく。Cellarがその姿を認めると、直様跪く。 「...Cellarか?」 その女性の兵隊が、Cellarの姿を認めると、名前を呼ぶ。 「は。この度は革命の成功、御目出度うございます」 「ありがとう。だが、そう堅くするな。お前は今まで何処に行っていたんだ?それに...その、お前の後ろに連れている骸骨は、一体何者だ?」 女性の兵士がこちらを怪訝な眼で見てくる。 「私は...。私は、地上に出ていました」 「地上か。関門は突破できたのか?」 「できました。その代わり...2人ほど殺してしまいましたが」 「そうか」 周りにいる民衆も、皆自分達のことを見ている。普段見ない顔なのか、中には睨んでくるものもいる。 「陛下。込み入っての話が」 Cellarは真剣な顔をして、女性を真っ直ぐに目線で貫く。陛下? 「なんだ」 その刹那、右から殺意。 槍を突き出し攻撃を防ぐ。ガキンッ、という槍と剣の衝突音が地面に落ちる。剣筋が横に揺れている。攻撃した者の顔を見ると、若い護衛の兵士がこちらを睨んでいる。だが、その瞳には畏怖の色が浮かんでおり、呼吸が震えている。 護衛の兵士が言葉にならない雄叫びをあげながらもう一度斬り込んでくる。剣筋は相変わらず揺れている。 「甘い」 直様剣を上へと弾き飛ばす。相手は、武器が弾き飛ばされたことを理解していないようだ。剣の穂先が光で照らされる。相手の首に、瞬時に槍の穂先を突きつける。血しぶきが宙へと上がり、血の池を作り乍ら倒れる。躊躇は一切ない。Roseとは大違いだ。 「...この程度か」 既に事切れた兵士を見ながら呟く。彼女はもっと強かった。辺りは悲鳴で満ち溢れている。 槍についた血が床へと滴り、赤黒い雫が、一定の間隔で石畳を濡らしていく。 誰も動かなかった。 先程まで剣を握っていた兵士は、もう二度と立ち上がらない。見開かれたままの眼だけが、空を映す。 群衆の悲鳴も、いつの間にか遠ざかっている。 Bleakは黙祷を捧げている。 Cellarも、顔を顰め乍ら黙って死体を見下ろす。 Rebellionも、革命で傷つき果てた者を見つめる。 革命後の街は、傷だらけだった。壁に刺さった槍。砕けた窓。乾ききっていない血痕。誰もが、生き延びる為に誰かを殺した。 その事実だけが、沈澱物のように街に積もっている。 「...彼女は''新女王''だよ。革命を成功させた、栄えある。だから狙われる」 Cellarが彼女を見ながら教えてくれる。黙祷を終えたBleakが少し目を開く。陛下と言っていたが、やはりそうだったのだ。女王だったのだ。女王は死体をちらりと見ながら自己紹介をする。何かを、吟味しているようにも見える。 「初めまして。私の名前はRebellion。君たちの名前は?」 「こちらこそ初めまして。私はsans。隣にいるフードの男がBleak。先程の失礼な態度、お許しください」 そう言いながら自分含め二人は跪く。 「よせ。気にしていない。其れより、さっきの込み入った話が気になる。何処か話せる場所...そうだな。謁見の間に向かおう。...先程の者は丁重に弔え」 衛兵の鋭い了解の意の声が響く。そしてゆっくりとRebellionは歩き始める。Cellarと一緒に女王の後ろへと続く。 「私は、軍を出して欲しいんです」 「Cellar。私達は竹馬の友だろう?ため口でいい」 「しかし...」 「いいか。これは新王の''命令''だ。命令。ため口で話せ。連れている骸骨たちもな」 Rebellionはにやにやしている。命令となれば恐らくCellarも反抗できない。其れを分かって揶揄っているのだろう。Cellarも溜息をつき首を横に振る。 「わかったよ。''新王''」 その回答に自分が少し笑ってしまう。CellarもRebellionも笑っている。Bleakも微笑んでいる。 「で、話はなんだ?」 「軍を出して欲しい」 「ほう?軍か」 Rebellionが少し思案する。 「...理由は?場合によっては出せない。今は革命終わりで皆疲れている。その疲れた軍隊を、私としてはあまり使いたくないんだが」 「其れを含めての、連れてきた骸骨だ」 謁見の間の目の前に来る。門の隣には護衛の兵が二人立っている。Rebellionが現れると、背筋を伸ばし敬礼をした。 「客人だ。通してくれ。其れと私とその客人以外誰も入れるな」 「はっ!」 よく通る声で衛兵たちは応じる。 少し待つと、謁見の前へと案内される。まず、眼に入ったのは煌びやかな装飾だった。天井にはルネサンスにでもありそうな美しい絵が描かれており、天井にはシャンデリアが吊るされている。壁には灯篭が灯されており、仄かな黄色の光を帯びている。Rebellionはかつかつと、甲高い靴音を響かせながら玉座へと進む。
Rebellionが玉座と思われる椅子へと腰を下ろす。カーペットの上には椅子が3つ置かれている。随分仕事が早い。自分たちも腰を下ろす。 「軍を貸してほしいんだったな。理由を言ってくれ」 吟味するように、顎に手を添えながら此方を見つめる。 「3年戦争の傷跡はまだ癒えていない。何処かの心の片隅に沈澱している。其れほどの傷をつけた人類を、僕は滅ぼしたいんだ。僕の弟を殺した、憎き人間を」 「...其れだけではないように思うんだが」 Rebellionが顎から手を離して、膝の上に乗せ両手を組む。 「それに関しては俺が説明する」 今まで一切しゃべっていなかったBleakが言葉のバトンを受け取る。 「まずは俺達の紹介から。到底信じられない話だとは思うが、どうか心して聞いてくれ」 Rebellionが頷く。 そして、自分たちが他世界のモンスターであること。この世界から来た人間によって世界を支配されていること。弟が人間たちに捕らわれているが、生きているかもしれないこと。Rebellionは時折目を見開きながら、でも一切口を挟まずに聞いてくれた。 「なるほど。詰まるところ、弟を助けたいと。でも、助けようにも3人だけで行って殺し合いにでもなれば、負けてしまう。...さっきのsansの槍裁きを見たら、負けはしないように見えるが...」 槍の腕を褒められるのは嬉しいが、後ろ盾は欲しい。そのことを、慎重に言葉を選びながら紡いでいく。 「其れでも、安心できる錠剤は欲しい。兵力という名の''錠剤''を」 Rebellionは天井を見上げている。 「Rebellion、人類は急に居なくなったよな。この第3スノーフルから」 Rebellionは顔を下ろす。Cellarは目をRebellionから離さない。 「そうだな」 「第3スノーフルに移った。''遷移''した、と考えれば自然じゃないか?」 うむむむ...と、声にならない唸り声を上げながら俯く。そして暫く時間が経つと、すっと顔を上げる。 「分かった。到底信じられる話ではないが、Cellarが連れてきたモンスター達だ。嘘を話しているとは思えない。目に嘘がない。澄んでいる。...信じよう。」 「ありがとう。Rebellion」 「いいさ。親しき友人の頼み事だ。喜んで受けよう。さて、どれくらい人数がいる?今兵隊としているのは凡そ80名程だが...」 「最低50名は欲しい。相手の戦力が分からないからな」 「結構多いな。まぁいい。あいつ等に勝つとなったらもっと必要だろうが...。分かった。向かわせよう。日程だけ教えてくれ」 「今からでも十分いいんだが...そっちもこっちも心の準備とか、色々な物がある。2日後で頼む」 Rebellionが頷く。交渉は、成立した。 「これで全てが解決したね」 Cellarが腕を後ろに組みながら欠伸をし、鼻唄を歌う。王の前でこんなことをしてたら不敬罪で斬り殺されそうだ。 「いや、まだだ。まだ終わっていない」 鼻唄が止まる。 「さて、最後の問題だ。俺はお前に会った時から、違和感に苛まれていた。お前は、なぜこんなにも急激に成長したんだ?本来の場合だったら、俺より少し背が高いぐらいになるはずだ。何か原因があるはずだ」 最終問題が、今、投げ掛けられた。 「会った時も思ったけど、結構背が高いよね。sansって」 Rebellionが自分と身長を比べている。ぴょんぴょんと跳ねて自分の身長を越したり越さなかったりする。結構乙女な一面を見せる新王だ。 「さぁ考えよう。成長では片付けられない、この異常性を」 皆が唸る。 Rebellionが「sansの身長の変化が激しくなった年って、何があった?」と尋ねる。 「...民隊がやってきた。弾圧が始まったのも、その年だった」 ほうほうといった感じで、Rebellionが頷く。 「つまり、成長の時期と、民隊の来た時期が重なっているわけだ」 「そうだな」 暫くの沈黙ののち、Cellarが「...もしかして、人間の遺伝子操作が関係してるのかな?」と呟く。其れを聞いたBleakは椅子から立ち上がり、3人の周りをぐるぐると歩き始める。 「だろうな。sansは俺の身長の1.5倍くらいの大きさは優にある。こんな急激に成長するのは体の構造的に有り得ない。何か別の力が働いたと考えるのが自然だ。況してや、民隊が来た年と、急成長が始まった年が重なるのは、余計怪しい」 Bleakは歩みを止め、こっちを指差す。 「sans。お前は人間との直接的な関わりは、Roseとの戦いが初めてだよな」 「そうだね」 Bleakは少し思案する。 「なら、簡単だ。遺伝子操作は、遠隔上に行えるものではない。ある程度の関与が必要なんだ。テレパシーで体の構造を変えられたりはしない。何かを、飲ませたりしない限り。君はpapyrus以外のモンスター、人間とはあまり接していなかったようだね」 「...そうだね」 「民隊が来てから、お前の体は急変化を始めた。お前は、人間と直接関わったことは今までなかった」 徐々に答えが見えてくる。 「個人だけに症状が出ている以上、広域散布は考えにくいし、日常的に接触できる相手はpapyrusしかいない」 一呼吸Bleakが置く。暗雲が立ち込める。 「解答欄への記入時間だ」 呼吸が止まる。一呼吸置いた後、解答欄へと答えを紡いでいく。 「sans。君はpapyrusに薬を盛られていたと思う。多分、モンスターの体を変える改変剤が。君は、実験体だったんだよ」 CellarもRebellionもたじろぐ。端に見えていた彼らが黒い幕で覆われる。視界の全てに暗雲が覆う。 「空気中にばらまいたら、全員が変化する。個人で変化するとなると、薬等の系統しか思いつかない。恐らく、papyrusもやむを得ない事情があったんだと思う。お前の反応を見ている限り、弟とは相当仲が良かったんだろうな。脅されてしまったのかもしれない。もしかすると、この考察は、真相とは全然関係ないかもしれない。でも、...酷く聞こえるかもしれないが、この可能性が一番高いんだ」 何も言えない。何も聞こえない。何も祈れない。其の単純すぎる言葉は、彼の心を、深く突き刺し抉った。 「待っ───」 「これは質問だ。YESとも答えてもいいし、NOと答えてもいい。その回答権は君にある。解答欄に答えを示すのは、君だ」 Cellarの言葉をBleakが遮る。Cellarは俯いている。音が消える。誰もが答えを求めている。 「お前は其れでも助けたいか?自分のことを人間の実験体にした、唯一の弟の、papyrusを」 全員が自分を向く。その眼は透き通っており、一切の濁りが無い。綺麗な眼だ。何処か他人事のように思う。 助けたいか?どうなんだ。お前は。 俺か?俺は人間のことを恨んでいる。戦争を起こし、多くの仲間を傷つけ、無惨に殺し、苦しめた。その行われた所業は到底許されるものではない。断じて、許してはならないものだ。でも、其の恐ろしい計画に、papyrusが参加していた。人間に、協力していた。モンスターを苦しめ、人間に換えていた。助けていいのか?殺すべきなのか?...二度と、会わないべきなのか? 疑問符が頭の全てを埋めていく。本来あるはずの光が、黒い闇に埋もれている。 殺すべきだ。 死ぬべきだ。 許されないべきだ。 赦さないべきだ。 誰かが耳元で囁く。 祈るな。 諦めろ。 死ね。 死ね。 殺せ。 殺せ。 殺せ。 ...辺りが囂しい。 五月蠅い。 五月蠅い、 五月蠅い! 黙れっ!!!! お前らに何が分かる? 何を理解できるっ!?!? 傲慢に安寧を貪り尽くす、この俯瞰者どもめが。 斃れ! 死ねっ!! 巫山戯るなっ!!!! そう吼えるが、何も響きやしない。 どれだけ心の内が憤懣で満たされようとも、世界には残響すら残らない。 呑まれていく。抗えない。 暗黒へと、誰かが手を引っ張った。 誰かが北叟笑んだ。 「sans!行ってらっしゃい!」 突然、声が響く。聞き慣れた、よく通る声。声の在り処を探し後ろを振り返ると、其処にはpapyrusが笑って手を振っている。自分とお揃いの、シルクハットを被った、高身長の骸骨が。其処だけ、闇なんてものは漂っていなかった。あるのは、慈悲の光だけだ。 心が澄み渡っていく。心のうちに広がっていた黒い闇の霧が破裂し、蒸散していく。感情が、戻ってくる。深海の底に埋まっていた、沈澱していた全てが浮かび上がり、鮮明に瞳に映る。 papyrusと沢山笑ったこと。papyrusが消えて、途方もない絶望と孤独に蹴落とされたこと。2人の骸骨に出会ったこと。孤独じゃなくなったこと。絶望しなくなったこと。Roseと戦ったこと。殺しを躊躇しなくなったこと。死を悲しんだこと。Rebellionと笑い合ったこと。 運命に、ありがとうと礼を言ったこと。 無数に鏤められた記憶の断片が、パズルピースの如く組み合わさっていく。その記憶の断片が出来上がった時、一つの絵が出来上がる。答えが完成する。 世界は答えを待っている。 「俺は...」 顔を上げる。 口を開く。 一生懸命に口を開く。 震えている。 深呼吸をする。 大丈夫。きっとうまくいく。 誰かが励ます。 震えが止まる。 いってらっしゃい。 「俺は、papyrusを救いたい。唯一の弟を。共に笑い、共に悲しみ、共に生きてきた、''弟''を。」 Bleakは微笑む。Rebellionは満足そうに頷く。Cellarは...。何処か羨ましいと思っているように見える。光が差し込む。放った答えが、世界に響いていく。 世界は祈っていた。 終章 残響 回廊には、光だけが残っている。其処にはもう、誰もいない。モンスターも、人間も。慈悲の光だけが、窓から差し込んでいる。 回廊を歩いていると、かつかつという足音が谺する。 さっきまで、此処で人間と戦っていた。15歳の美しい少女と。美しい、化け物と。 回廊の柱を見ると、一部が削れていたり、骨が突き刺さっていたりする。地面にも、削れた柱の残骸が転がっていたり、罅割れて凹んでいる部分もある。血溜まりも残っている。 回廊は、戦いの残響を語っている。 外の大広間を見ると、そこには大勢のモンスターが集まっている。皆、手を組み、跪く。女神像を見つめ、祈っている。 祈りは思念で、気体で、病だ。其処には実体も何もない。在るのは空虚だけだ。其の思念は伝染する。空虚が、空白が身体を蝕み、侵食してゆく。モンスターは皆患い、其に縋る事しか出来ない。諍えない。祈りの抗癌剤なんてものは一つもない。 様々な生き物が鏖殺された。人間も、モンスターも、それ以外も。多くの生き物の命が、泡沫となって消えた。祈りは、願いを奏でる。祈りは束縛させる。 祈りは人を殺す。 Roseは言った。盛者必衰の理を表すと。 彼女の父は言った。打開しなければならないと。 Cellarは言った。僕が居るべき世界じゃないと。 Bleakは言った。解決編はもうすぐだと。 自分は言った。お前らは''他世界''から来たと。 誰かが言った。おやすみと。 誰かがくすりと微笑む。 誰かが腹を抱えて笑う。 誰かが肌に痕をつける程泣く。 誰かが憤る。 誰かが唄う。 誰かが祈る。 祈る。 皆手を組み、目を閉じ跪く。 本来あるべき所には、空白だけが居座っている。 誰も何も言わない。誰も声をあげない。沈黙が世界を覆う。冷えた床に、白い息が漂う。ヴェールが被さる。何かが蠕動する。 泥濘を歩く。 邂逅が始まる。 乾坤が響く。 鮮血が飛び散る。 祈りが沈澱する。 残響だけが残る。 誰かが顔を上げる。光が差し込む。幽かな、優しい慈悲の光が。 照らし出された空白には、ただ、祈りだけが残響し続けていた