**Bashkirian Airlines Flight 2937(バシキール航空2937便)**は、2002年7月1日にドイツ南部のユーバーリンゲン上空で、DHL611便(ボーイング757貨物機)と空中衝突した航空事故です。両機の乗員乗客71人全員が死亡し、航空史上でも特に痛ましい事故の一つとして知られています。乗客の多くはロシアの学校旅行中の子供たちで、52人の子供が犠牲となりました。 原因 事故の直接的な原因は、航空管制と機上衝突防止装置(TCAS)の指示が矛盾したことでした。当時、スイスの航空管制機関が担当していた空域では、夜間に管制官が実質1人で複数の業務を担当しており、接近する2機への対応が遅れました。管制官は2937便に「降下せよ」と指示しましたが、TCASは「上昇せよ」と警告していました。一方、DHL機はTCASの指示通り降下を開始しました。2937便の乗員は管制官の指示を優先したため、結果的に両機とも降下し、回避できないまま衝突しました。事故調査では、管制体制の不備と、当時のTCAS運用手順の曖昧さが主因と結論づけられました。 雑学・興味深い話 この事故は航空業界のルールを大きく変えました。事故後、「TCASの指示は航空管制官の指示よりも優先される」という原則が国際的に明確化され、現在ではパイロットはTCASの回避指示に従うことが義務付けられています。 また、この事故には非常に悲劇的な後日談があります。事故で妻と2人の子供を失ったロシア人建築家の Vitaly Kaloyev は、2004年に当時勤務していた航空管制官の Peter Nielsen を殺害しました。この事件は世界中で大きく報道され、後に映画やドキュメンタリーの題材にもなりました。 さらに、事故現場の近くには犠牲者を追悼する「壊れた真珠の首飾り」と呼ばれる記念碑が建てられています。真珠が途中で切れて散らばったようなデザインは、突然断ち切られた子供たちの人生を象徴しているとされています。 この事故は「人間の判断」「管制システムの欠陥」「自動安全装置との関係」という航空安全の重要な教訓を残し、現代の航空安全制度を大きく進歩させるきっかけとなりました。