ワニが目の前にいる。 この館に来てからというもの、 獣人なんて見慣れてしまった。 翼が生えている奴もいれば、角の生えた奴もいる。 今さらワニくらいで驚くつもりはない。 ……驚くつもりはないんだけど。 目の前にワニがいるとやっぱりちょっとだけ身構える。 ただリストから教えられた通りならば、 クロード・ドビュッシーという作曲家のはず。 そんな彼は今、 『何故白紙の手紙を自分の部屋に大量に送りつけた』 とサティに怒鳴っていた。 サティは全く聞く気がなさそうだった、 というか絶対聞いてないなあれは。 そんなサティの耳がぴくりと動くと、扉が開いた。 部屋に入ってきたのは、 俺がこの館に入ったときに出会った彼だった。 ラヴェル「サティは……ああ、見つかったようだね」 湊「あれ?ラヴェルじゃん?おはようラヴェル!」 ラヴェルは俺に気付くと、わずかに目を見開いた。 しかし驚いたのは一瞬だけで、 すぐにいつもの落ち着いた表情へ戻る。 「ああ、湊くんか、おはよう…なのかな? 今は昼くらいにはなるが…」 とラヴェルが呟いた。 そしたら変なタイミングで、俺の腹が鳴った。 …朝食堂いったんだけどなー… ヘンデルのところ凸ろうかな…。 ヘンデルに「遠慮がなさすぎではないか?」と言われる未来が見える見える。 凸ろうかな。 サティ「何か腹の足しになるものはないか…」 ドビュッシー「待てエリック、 昼飯の話よりもまずは手紙の件だろう」 サティ「………」 ドビュッシー「露骨に面倒くさいという顔をするんじゃない…」 あの二人まだやってんのか?一周回って仲良しだろ、 喧嘩するほど仲が良いってやつ? そういえば生前も何か揉めてた気がする。 運命じゃねーか、ベートーヴェン呼ぶか。 リスト「ベートーヴェン先生をこんなことで呼ばないでよ、湊くん」 湊「…お前ら作曲家って、思考読み取る超能力でも持ってんの?」 リスト「え?」 湊「俺今ベートーヴェン呼ぼうかなって考えてたぞ」 リスト「そうだったんだ…」 湊「知ってただろ」 リスト「知らないよ?!」 リストはすごく困ったように眉を下げた、 本当に知らないみたいだ。 ドビュッシーとサティはまだ口喧嘩をしている。 ラヴェルは……少し離れた場所に立っていた。 面倒事には巻き込まれたくないらしい。 リストがドビュッシーとサティに割り込もうすると、 後ろから低いような高いような、 中途半端な男の声が聞こえてきた。 ⁇?「なんだ、お二人さんはまた喧嘩かい? 100年間ずっと同じことの繰り返しで飽きないか?」 湊「えっ誰」 ⁇?「その言葉、そっくりそのままお返ししてもらうよ。君は…ああ、新人君か」 黒い服を身に纏った、悪魔みたいな見た目のヤギ… みたいな…犬?なんだアイツ?? 後ろにクマさんいるし…クマさんは使い魔かな、 サメ混じってるじゃん強そう。 ⁇?「あぁすまないね新人くん、 俺はニコロ・パガニーニ。 それでこちらのクマはジョアキーノ・ロッシーニだ」 ロシ「パガニーニ一人で全部説明しないでよ。 改めまして、僕はロッシーニ。 君の名前は湊くんで合ってるよね、 これからよろしく、…ほらパガニーニも」 パガ「ああ…分かったよ。湊、よろしく頼む」 湊「えっああよろしく…?」 パガニーニとロッシーニが現れた途端、 それまで言い争っていたドビュッシーとサティが ぴたりと口を閉じていた。 二人ともこちらを見ている…何だろう、ちょっと怖い。するとサティが立ち上がり、 俺の側まで来ると耳元に口を寄せ、 「先ほどは失礼した」と囁いた。 あー……多分…サティはいい奴だ、変人なだけで。 少なくとも俺にはそう見える。 サティ「…ロッシーニさん、 何か腹の足しになるものはありますかね」 サティがそう尋ねると、 ロッシーニは少し考えるように首を傾げた。 ロシ「お腹空いてるの?うーん白い食べ物なら…」 サティ「いや、湊の方…」 そう言うなり、サティは俺の肩を掴んだ。 俺はぐいっとロッシーニの方へ押し出される。 結構な力だった、さっきの口喧嘩で ストレスでも溜まっていたんだろうか。 ロシ「あ、そっち?湊くんお腹空いてたのかー、 アレルギーとかある?」 湊「特にない!なんでもいけるよ!」 ロシ「そう!それなら…、ああでも出身国が違うか、 君の口に合うか分からないし、 それに違和感を感じるかもしれない……」 ロッシーニはぶつぶつと呟き、顔を上げた。 ロシ「うーん…、 君が良いというならすぐに出せるけれど…」 湊「えっ良いの?!経験は大事!!というわけで 遠慮なく出してください!」 …ロッシーニの出身国がイタリアじゃなくて イギリスだったら考えさせてもらったけど。 「そっかー、経験は大事だもんね、なら少し待ってて」と、ロッシーニが嬉しそうに部屋の奥へと歩いていった。その背中を見送っていると、不意に目の前へ影が差した。顔を上げるとパガニーニがやけに真面目な顔をして立っていた。 「本当に大丈夫かい?露骨に不味いというような顔をしたら、拳骨が飛ぶと思っていた方が覚悟ができるよ?」と実に真面目な顔で聞いてきた。 俺はすぐに首を横に振り、 「ちゃんと忠告してくれるの嬉しいっす」と返すと パガニーニは「ふうん…?」と笑みを浮かべる。 怖い、本当に怖い。何なんだあの笑み。 後ろにいるサティですら若干引いているように見える。尻尾が脚に絡まっていた。 そういえばパガニーニもサティも黒いな、色合いが。 ダークじゃんダーク、闇堕ちしそう。 サティ「現実逃避をするな、現実を見つめろ」 湊「ナチュラル超能力やめろ」 パガ「…会ったばかりで失礼するが、 君は顔に出やすいと思われる。 恐らく君にそのような指摘をするのは君を知りたい、 あるいはいつも他人をよく見ている傾向の者ばかりだ。このことは是非とも覚えて頂きたい」 湊「あー…なるほど…ありがとう! やめろって言ってごめんなサティ」 サティは「そのようなことが連続して起こっていたのならば仕方ない」と軽く受け流すと 脚に絡めていた尻尾を解く。 黒い尻尾がゆらりと揺れた。 ドビュッシーは何か言いたそうに口を動かしたが、 結局ため息をついただけだった。 パガニーニとはあまり交流がないのかな。 さっきの手紙の件を蒸し返したくても 蒸し返せないように見えた。 そんなことを考えていると、奥の扉が開いた。 ロシ「湊くんお待たせ、パンナ・コッタだよ」 小さな器に入った白くてぷるんとした、 美味しそうな洋菓子をトレーに乗せて来た。 すると俺の隣にいたパガニーニは少し不思議そうに首を傾げる。 パガ「パンナ・コッタ? 作るのに1時間以上はかかるんじゃないのか?」 ロシ「それがね、食べようと思って作ってたんだ。 僕が調理場にいるとき、君はヴァイオリンに 夢中になっていたから知らなかったろうけれどね。 あそこの机に置いておくから、湊くんは手を洗ってから食べてね。お手洗いはあっちね」 湊「はーい!」 結論、めちゃくちゃ美味しかった!!! AIみたいな感想になってしまったが、 本当に美味しかった。 パンナ・コッタってめちゃくちゃ美味いんだな。 ロシ「美味しそうに食べてくれて良かったよ」 パガ「あぁ、本当にそうだな」 湊「パガニーニお前怖いわ!!!ロッシーニは美味しいパンナ・コッタをありがとう! …そうだ、時間があればで良いんだけれど 今度お菓子作り体験しても良い?」 するとロッシーニは快く頷いた。 ロシ「ああ良いよ、今度の日曜日なら特に予定もないから、良かったらおいで」 日曜日、覚えておこう。 …そういえば館に来てから気付いたことがある。 俺、結構誘われ体質かもしれない。 ……あとでテレマンとかハイドンにも 報告しておこうかな。 パガ「そうだ、ここは作曲家の楽園だが、 全員が作曲を主な職業としている訳ではないことを伝えておこう。区切りをつけて引退した作曲家もいるからね。ロッシーニもその一人だ」 湊「なるほど…、なんか依頼とかって 受けたりとかするの?」 パガ「勿論だとも、この世界にも街や村くらいはあるからな。近くの楽器が住んでいる館からも依頼が届いたりもする」 湊「待って楽器が住んでるって何??!」 俺は思わず聞き返した。 いやだっておかしいだろ、 楽器だぞ?ピアノとかヴァイオリンだぞ? 住んでいるって何だ???? パガニーニは少し考えるように顎へ手を添えた。 パガ「まあ……ここはそういう世界だよ」 湊「説明になってねぇ!!!!!!!」 なんだその曖昧な回答は。 確かにそういう世界だけれど、あまりにも雑すぎる。 するとさっきからずっと見守っていたであろうリストが苦笑をした。 リスト「まあ実際に見た方が早いと思うよ」 湊「そういうもんなの?! 楽器ってどんな奴らがいるの?!!」 リスト「ピアノとかヴァイオリンとか…まあ色々」 リストまで曖昧な回答だった。 そこは濁さなくても良いじゃん…? 今度は今までずっと黙っていたショパンが口を開いた。 ショパン「良いヒトでしたよ」 湊「ヒトなの!?」 ショパン「いやピアノ、…でもヒトの姿で…」 なんか頭が痛くなってきた、本当に理解が出来ない。 ショパンは少し考え込んでいた。 頼むから変な答えだけはやめてくれ。 ショパン「……ピアノ?」 湊「聞くなよ俺に!!!知らねぇよ!!! てか知る訳ねえだろ!!!」 ショパン「説明が難しいんです、察してください」 湊「いや難しい以前の問題だろ」 ショパンは納得がいかなそうな顔をしていた。納得がいかねえのは俺の方だよ。リストはそんなショパンの隣で肩を震わせていた。笑うなよ、イケメンだな。 なんか腹立ってきた。 ラヴェル「…以前依頼で行ったことがある」 湊「え、マジ?」 ラヴェル「ああ。そこでピアノ、ヴァイオリン、フルート、クラリネット、オーボエ、トランペット、トロンボーン…、沢山の楽器と対話をした。 全員普通だった」 俺は心底思う、普通ってなんなんだろうと。 ここまで来ると哲学の域まで達してしまう。 そしてなんとなくだけれど、 近いうちに俺の常識は壊される気がする。 パガニーニは何も言わなくなった俺を見つめて何かを察したのか笑みを深くした。 パガ「おや、遂に何も返せなくなったのかい。 ここではあの頃の常識なんざ捨てた方がずっと楽に生きることができる」 湊「やだよ俺、せめて廉太郎ぐらいの常識は持ち合わせたい」 するとショパンが耳をぴくりとし、顔を上げてこう言った。 ショパン「君には絶対に無理ですよ」 …と。 誰かが吹き込んだ音が聞こえた、 もしかしなくてもリストだな、殴ろうかな。 ……この世界でも完全な俺の味方という者は少ないのかもしれない。
数ヶ月越しの更新!!!マジですみませんでした!! 今回作曲家紹介コーナーマジで見てほしい、辛いから 前回: https://scratch.mit.edu/projects/1274672321 次回: 【登場人物】 ・湊 ・リスト ・ショパン ・サティ ・ドビュッシー ・ラヴェル ・パガニーニ ・ロッシーニ 【作曲家紹介-ニコロ・パガニーニ-】 (1780〜1840) イタリアの作曲家。ヴィルトゥオーゾ。 卓越したヴァイオリンの技術に、 人々は「悪魔に魂を売り渡した代償として手に入れたものだ」と噂した。 パガニーニの演奏会の聴衆には十字を切る者、 パガニーニが地に足をつけているのかと足元ばかり見る者がいたという。 勿論ただの噂にすぎない。 伝えられている容姿もこの噂から来たものが殆どであり、 彼自身もその噂を利用し 悪役キャラを演じたこともあるという。 当時は子供は親の所有物であるというものが 一般的な認識であり、パガニーニは幼少期、父親にヴァイオリンの才能に目をつけられた。 父親は金儲けを図りパガニーニに厳しい教育を与えた。 結果として12歳にはパガニーニはヴァイオリンの名手となったのである。 要はスパルタ教育を受けてきた一人の子どもだった。 父親は金に狂わされていた毒親だった。 【あとがき】 パガニーニとサティはメロいです BGM:「オマージュ」〜モーツァルト風のアレグロ (甘茶の音楽工房様)