流石に範囲がデカすぎたのでAIの助けを借りました 18世紀中頃,1756年から66年に至るまで勃発した最初の世界大戦こと"十年戦争"。そう、この世界線では七年戦争は十年続き、そして英仏は財政難に陥り、プロイセンは孤立し、オーストリアは苦難を乗り越え再び発展した。その一方、アジアでは15世紀ごろから行われた南海遠征が実を結び、この影響から中国の経済圏は日本との戦争により一時期疲弊するが18世紀までに交易国や華僑街の増加に伴い大きく成長、世界で始めての産業革命に漕ぎつけた。 朝貢貿易を軸とし過度な搾取を行わない中国が世界に進出したこと、欧州主要国疲弊し内向化したことなどから世界は20世紀に入っても不安定な時期を挟むことなく成長しこの世から大戦争は消えたかに見えた。しかし一方で、長い間経済的に抑えつけられ、価値観を歪曲させ、復讐の怨嗟に燃える国々の謀略は実行に移されようとしていた。そしてその流れに便乗するかのように、新たな勢力も着実に現秩序を注意深く伺っていたのである... 地図年代:1900年 技術水準:AI曰くオランダと中国の技術が合わさってすごいことになるらしく、オーニソプター(阿 鼻 機 流 大 鳥 飛 術)や陸上戦艦(デ ス モ ガ ミ(違))などが19世紀後半になると開発されていくそうです(適当) 年代に騙されないで(これは...えぇ...?) 世界史概略: 明では、史実と異なり官僚による停止が行われなかった南海遠征が鄭和の代に貿易圏拡大などの成功を収めてから段々と貿易額や人口の移動、物品の流通が増加。科学技術もこの流れで発展し結果的に世界初の産業革命を16世紀後半に成し遂げた。この産業革命は不完全ではあったが飛躍的な効率上昇をもたらし中国は世界の工場となっていった。この流れでポルトガルやスペイン、オランダなどがアフリカやインドネシア、フォルモサを介し貿易を行い史実以上の発展を見せたが、技術の輸入までは叶わなかった。また同時に中国の帝国主義に対し危機感を覚えるようになっていった。 その中で中国の経済圏に従う素振りを見せず抵抗する国があった。日本である。織田家は中国の支援を受けた足利幕府を欧州技術の応用によって撃破し日本を統一、中国の影響下に入ることを拒否した。ここで日明戦争が勃発する。日本は中国による世界貿易独占を危惧した欧州諸国の支援を受け中国の攻撃を跳ね除け続け、朝鮮にも介入。しかしこれは泥沼化を極め、日明両国は朝鮮から撤退し講和、朝鮮を冊封関係に置きつつも中立国のような位置付けにし互いの版図を決め緩やかな冷戦状態に移行したのである。 また一方で大きな世界史の変化が起きていた。七年戦争...この世界においては十年戦争であるが、この戦争は史実よりも双方を疲弊させた。 イギリスは欧州の戦いをプロイセンに任せとにかく軍事支援をしまくり自分は植民地をフランスから奪い取り覇権を確立する目論見だったが、フランスはこれに対抗しルイジアナなどにある程度の自治権を付与しつつ陸上戦力を一時的にオーストリアに任せ植民地での戦闘で本土がガラ空きなイギリスに上陸作戦を敢行し見事に成功。しかしながらイギリスも本土で頑強に抵抗を続ける。 がここで問題が発生する。プロイセンはフランスが対英に全力を出していたために史実よりも順調に戦いを進めるがどんどん軍資金を使い果たしてしまい、イギリスに追加の支援を要請するも、イギリスも本土防衛に多くの資金を投入しており財政難に陥ろうとしていた。しかし結局イギリスは「プロイセンに金を渡せばなんとかしてくれるやろ」ということでプロイセンへの支援を継続。 しかしその目論見は外れる。オーストリアはプラハまで失陥し覇権を喪失したかに見えたが、ここでプロイセンに併合されていたザクセンで貴族反乱が発生、プロイセンの後方を突く形となりオーストリアは一気に反転攻勢に出始める。しかしこれもザクセンを解放しつつもその後はそのまま双方が泥沼化。 この結果、イギリスとフランスは双方とも相当な金を使い果たし財政破綻を起こし一気に弱体化、後ろ盾を失ったプロイセンはピョートル3世の救援によりことなきを得たかに思われたがロシアの混乱の最中、このタイミングでスウェーデンが参戦。ロシア軍の統率が取れない中大勝を収め、プロイセンはここらが潮時としてオーストリア側と講和した。 結果として、プロイセンはシュレジエンの保持には成功するが、周りはほぼ敵だらけに。そのため慢性的に膨大な軍事支出が続きスパルタ化。オーストリアは神聖ローマの覇権をある程度維持するもその版図としては縮小。ハノーヴァーは軍事的圧力とイギリスの弱体化によりプロイセンへ統合された。 戦後の各国の動きは様々であった。イギリスは財政破綻により多くの植民地をマラーターの介入やアメリカ独立戦争により喪失...も、アメリカ独立戦争に際してはイギリスはホデノショニや文明化五部族などの権利を保障する代わりに独立を阻止してほしいという名目で協力してもらい、アングロアメリカの西進を警戒したルイジアナもこれに間接的に協力したことでどうにかアメリカの独立を一時的に阻止した。その後アメリカは再度の独立戦争で独立することになるが、産業の自立化や拡張は叶わず東海岸に篭り続けることとなる。 フランスは財政破綻により急速に過激的な革命が勃発するも、農民の理解を得られなかったり、オーストリアなどの鎮圧によって王政復古したりと不安定な時代が続いた。またこの本土の動乱から逃れるためルイジアナに亡命する政治家や技術者などが増加。そのルイジアナも本土がこのザマなので実質的に独立し、先住民族とフランス人が協力して国家を発展させ、同時期に欧州の混乱に乗じて自立化していたヌエバ・エスパーニャなどのアメリカ国家と一大経済圏を構築し、その後はこの新大陸で繁栄を謳歌していくこととなる。またこの地に後に植民を行った日本や中国の民間商人との新陽港州の建設にも貢献した。 ドイツ情勢は先述や地図の通り。またロシアの弱体化によりポーランドや中央アジア、オスマンへの干渉がなくなったことでこれらの国々は独自の発展につながった。その後オスマン帝国はタンジマートを成功させ(正確にはタンジマートではないかもしれないが)再び強大化していった。なお経緯は違うながらもクリミア戦争は独力で勝った模様。つよい。 一方、この戦争で確実に得をした国も多い。オランダは戦争には参加しないながらも双方に投資をしまくり最大の債権国となり、南ネーデルラントを購入後はその資源と西欧や中欧からの労働者流入により欧州初の産業革命を成功させた。スウェーデンもその流れに乗っかり自然科学や科学技術が発展していった。 このアジアとヨーロッパ、そして新大陸の均衡の元、しばらくは大きな戦争が起こることなくそれぞれが独自の繁栄の道を歩んできた。しかし20世紀に入ると、世界は段々と戦争に再び歩みを進めていくようになる。 プロイセンはオーストリアへの復讐を掲げスパイを派遣しオーストリア内の諸民族に煽りを入れ始める。これがナショナリズムの発生に重なりオーストリアは内側から段々と不安定になっていった。同時にプロイセンは同じ「持たざる国」であるフランスやロシア、アメリカ(東海岸)と同盟を締結し、経済覇権国であり世界の戦争をコントロールできる立場にあるオランダや新大陸で繁栄を謳歌しマニフェスト・ディスティニーを挫きオランダと協力関係にあるラテン系アメリカ諸国や先住民国家に対抗。またプロイセンやロシアは長年対立が緩やかだった日明の関係にも横槍を入れ始めている。明は明で資本主義の進展による社会主義的な運動や専制政治の限界が見え始め、日本も再び拡張主義化が進んでいる。ここに外部から諸問題を誘発させようとしているのだ。 そうした情勢の中、アフリカの諸国でも対埃や対欧州の経済的自立を求める運動やジハード主義者らが活動を活発化させ、ヌエバ・エスパーニャやヌエバ・グラナダなども貧富の格差に伴う社会主義運動や政治的紛争に伴い分裂化が始まっており世界の均衡が崩れつつある。
用語説明(書き足し時に追加) ・和睦通商論:中国南部発。その国の経済状況や相互利益を考慮した穏健的な自由主義。 ・大同民本主義:ある程度資本主義が進行し貧富の差が拡大する中国において労働者に支持される穏健的社会主義。中国元来の宗教の思想も重ねられている。 本当は他に世界観出せる用語あったんだけど早く次のに行きたかったし後半AIの言ってることダウンロードするの忘れて忘れた。 歴史の分岐(19世紀半ばまで): ・十年戦争 (仏、英本土上陸・プロイセンの躍進・ザクセン貴族の抵抗・ロシアの寝返りにスウェーデンが便乗) ↪︎英仏の財政破綻 ↪︎オランダへの交易集約 金融・資本の亡命 ↪︎アメリカ独立戦争(早) ↪︎十三植民地独立・近代的先住民国家の成立 ↪︎ルイジアナ・新スペインによるラテン経済圏 ↪︎フランス革命(早) ↪︎プロイセンのスパルタ化 ↪︎早期の国家社会主義の成立 ↪︎オーストリアの中欧覇権 ↪︎穏健政治 ・明の鄭和による南海遠征成功 ↪︎インド・アジア経済圏の成立 ↪︎日明戦争 ↪︎フォルモサの共同統治 ↪︎日本の近代化(早)・織田家によるプリンキパトゥス ↪︎大航海時代の加速・太平洋交易路確立(早) ↪︎明がアジアの工場に・アジア版産業革命 ちなみに今回の戦艦のお気に入りは だいたい全部(くまなく調べた影響でアフリカの小国から南米の史実では未成の国家までしっかり魅力を感じ取れた)