こんにちは。ボカ郎です。これから、10話にかけての短編小説を作りました。これは四話です。もし、気に入りましたら、星やハート、そしてフォローをしてくれると嬉しいです。また、今後、好評でしたら、続編、またはアニメ化、もしくは新小説を作るかも知れません。もしよかったらこんな初心者ですが、応援していただけるとありがたいです。
ドワーフのバザルから『月の雫』の約束を取り付けたルカとルナは、再び全ての光の源であり、人工の怪物のような大都市ルミナリアへと戻ってきた。 夜という概念を完全に喪失した中心街は、真昼よりも眩しい。 巨大なホログラムの魚が空中を泳ぎ、建物の壁面からは、人工の光を管理する「灯火公爵」の冷徹な顔を模した広告が、市民を監視するように見下ろしている。 「うう……やっぱり、この街は息が詰まりそうです……」 ルナはフードを深く被り、頭の角を隠しながらルカの背中に隠れた。ネオンの毒々しい光を浴びるたび、彼女の肌は心なしか青白くなっていく。 「大丈夫だ、ルナ。長居はしない。……次の目的地はあそこだ」 ルカが指差したのは、街の中心にそびえ立つ、ガラスと鉄でできた歪な形の巨大建築――『ルミナリア大劇院』だった。そこは、支配層である貴族たちが夜な夜な集まり、人工の光にまみれた刺激的なショーを楽しむ娯楽の殿堂だった。 古文書の光が指し示すのは、その大劇院の地下にあるという「見世物小屋(キャバレー)」。 二人は客を装い、けばけばしい照明が明滅する薄暗い地下の会場へと潜り込んだ。 ステージの上では、大音量の電子音が鳴り響き、最新のホログラム技術で飾られた派手なダンサーたちが踊っている。しかし、客たちの歓声がひときわ大きくなったのは、その後の「特別演目」が始まった時だった。 『さあさあ、お立会い! 次にお見せしますのは、かつて夜空に星が輝いていた時代の生き残り! 稀代の『星の踊り子』、ステラでございます!』 司会者の下品な声と共に、ステージの中央に、天井から巨大な鉄の鳥籠が降りてきた。 その籠の中にいたのは、一人の美しい少女だった。 彼女の衣装は、かつての満天の星空を写し取ったかのような深い群青色。しかし、その布地は擦り切れ、あちこちが色褪せている。何より異様だったのは、彼女の足元だった。彼女が履いている踊り子の靴(トウシューズ)からは、細い「真鍮のワイヤー」が幾本も伸び、天井の機械へと繋がっていたのだ。 「……あの靴、機械仕掛けだ」 ルカは時計職人の目で、すぐにそれを見抜いた。 音楽が始まると、ステラは踊り始めた。 しかし、その動きはあまりに不自然だった。ワイヤーが強制的に彼女の足を引っ張り、機械の正確さでステップを踏ませているのだ。彼女自身の意志ではなく、機械に「踊らされている」――まるで、錆びついたオルゴールの人形のように。 観客たちは「おもしろいぞ!」「もっと早く踊らせろ!」と、おもちゃを見るような目で囃し立て、酒を煽っている。 ルカは、ステラの表情を見た。 彼女の顔には、何の感情もなかった。ただ操られるままに動くその瞳は、完全に光を失い、死んだ魚のように虚ろだった。 「……あんなの、踊りじゃありません」 ルナが、怒りと悲しみで拳を握りしめ、身体を震わせた。 「彼女、泣いています。心の中で、ボロボロに泣いています……!」 ショーが終わり、客たちが帰路についた深夜。大劇院の裏手にある薄暗い楽屋口で、ルカとルナは機会を待っていた。 見張りの隙を突き、二人はステラが囚われている地下の控室へと忍び込む。 部屋の隅の椅子に、ステラはまだあの「機械の靴」を履いたまま、ぐったりと座り込んでいた。 「ステラさん……!」 ルナが駆け寄り、彼女の手を握った。 ステラはゆっくりと顔を上げたが、その瞳には何の生気もない。 「……あなたたち、誰? 泥棒なら、ここには何もないわ。私の身体も、この靴も、すべて劇院の支配人の持ち物よ」 「僕たちは、君を連れ出しに来たんだ」 ルカは彼女の足元に膝をつき、真鍮のワイヤーが絡みつく不気味な靴を見つめた。 「君は『星の踊り子』だろう? こんな機械に操られて踊るのが、君の本当の望みじゃないはずだ」 『星の踊り子』という言葉に、ステラの瞳が微かに揺れた。しかし、彼女は自嘲気味に首を振る。 「無駄よ。この靴の鍵は、支配人が持っているの。無理に外そうとすれば、私の足の骨ごと砕ける仕組みになっているわ。……それに、私はもう、自分の力でどう踊っていたのか、忘れちゃったの。空から星が消えたあの日から、私の踊りも消えたのよ」 彼女の絶望は深かった。 その時、部屋の外からドカドカと荒々しい足音が近づいてきた。 「おい! 中に誰かいるのか! 支配人の許可なく入るんじゃねえ!」 見回りの警備兵たちだ。見つかれば捕まり、宴の計画もすべて水の泡になる。 「ルカ、どうしましょう……!」焦るルナ。 しかし、ルカの目は真っ直ぐにステラの靴の「歯車機構」を見つめていた。 「……ルナ、少し時間を稼いでくれ。……ステラ、君の足を、僕の技術に預けてくれ!」 「えっ……?」 ルカは懐から職人の工具を取り出すと、迷わず機械の靴の心臓部へと突き立てた。 外の廊下では、ルナがドアの前に立ち、かすかな月の魔力で凍りつくような冷気の結界を張り、警備兵たちの侵入を必死に防いでいる。「開けろ! なんだこの氷は!?」と怒号が響く。 「くそっ、この噛み合わせ、なんて悪趣味な作りだ……!」 ルカの額から汗が吹き飛ぶ。一歩間違えれば、ステラの足を傷つける。しかし、ルカの指先は驚くべき正確さで、複雑な真鍮のパーツを一つずつ分解していった。 「ステラ、思い出してくれ! 君がかつて、本物の星空の下で、誰のために踊っていたのかを!」 カチ、カチ、カチ……。 ルカのポケットの中で、あの「月の時計」が、これまでになく激しく、まるで心臓の鼓動のように脈打ち始めた。その銀色の光が、ルカの手元と、ステラの足を優しく照らす。 その光を見た瞬間、ステラの脳裏に、かつての記憶が鮮烈に蘇った。 ネオンのない、深く、どこまでも優しい夜空。そこに散りばめられた、ダイヤモンドのような星々。自分はその光を浴びて、ただ嬉しくて、ただ美しくて、夜風と溶け合うように踊っていたのだ――。 「あ……私、あの空が、大好きだった……!」 ステラの目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。 ガッ、チィィン! ルカのピンセットが、靴の核となる逆転歯車を弾き飛ばした。 同時に、ステラの足を縛り付けていた真鍮のワイヤーが、バネの弾ける音と共に一斉に弾け飛ぶ。 「外れた……!」 「な、何が起きたの……? 足が、軽い……」 ステラが驚きに目を見張る。機械の呪縛から解き放たれた彼女の足は、今や自由だった。 バリィィン! と激しい音を立てて、ルナの氷の結界が破られ、警備兵たちが部屋になだれ込んできた。「そこまでだ、ネズミども!」 「二人とも、私の手を掴んで!」 ステラが叫んだ。彼女の瞳には、かつての『星の踊り子』の強い輝きが戻っていた。 ステラはルカとルナの手を引くと、まるで重力から解放されたかのように、軽やかに、そして美しく宙を舞った。彼女のステップに合わせて、色褪せていた群青色のドレスが、まるで本物の星屑を散りばめたようにキラキラと輝き出す。 彼女は警備兵たちの頭上を華麗に飛び越え、楽屋の窓枠に足をかけると、振り返って不敵に笑った。 「こんな眩しいだけの退屈な舞台、こっちから願い下げよ! 私は、本物の夜で踊るわ!」 三人は窓から、夜の街の暗い路地裏へと飛び降りた。背後からは警備兵たちの怒鳴り声が響いていたが、誰も彼らの足を止めることはできなかった。 大劇院の追手を撒き、安全な路地裏まで逃げ延びた時、三人は息を切らしながらも、顔を見合わせて大笑いした。 「ふふ、あんなに気持ちよく踊れたのは、何百年ぶりかしら」 ステラはそう言うと、ルカの前で綺麗に一礼した。 「時計職人のルカ、そして月の妖精のルナ。私をあの檻から救ってくれてありがとう。……あなたたちの『宴』、私も喜んで出演させてもらうわ。世界で一番のダンスを見せてあげる」 「心強いよ、ステラ」 ルカは微笑み、懐の時計を取り出した。 チクタクと小気味よい音を立てる「月の時計」の針は、今や「半月」を越え、満月まであと一歩の「十三夜月(満ちていく太い月)」を指していた。 しかし、古文書のページの上に落ちた光の粒子は、これまでのように次の場所を指し示さなかった。代わりに、不穏な黒いシミのような光が、地図の全域を覆い始める。 「……ルカ、これは?」 ルナが不安そうに覗き込む。 「僕たちが目立ちすぎたみたいだ」 ルカは表情を引き締めた。 「灯火公爵の本格的な追手が来る。……宴の準備を急ごう。舞台は『月見の丘』だ」 物語は、いよいよ宴の核心へと向かって加速していく。