『東京サイバー・レスキュー』 完全版 第1話 警視庁・通信指令室。プログラマーのレンは、都内の防犯カメラやGPSのデータを管理する最先端のシステムを開発していた。静かな日曜日の朝、突如として指令室に緊急通報(110番)が入る。「たすけて! 車のトランクに閉じ込められて、どこかに運ばれているの!」通報者は、都内の大富豪の娘、アミだった。何者かに誘拐され、走る車のトランクからスマホで隠れて通報してきたのだ。しかし、犯人に気づかれたのか、通報はわずか10秒で強制的に切れてしまった。「電波が短すぎて、基地局からの位置情報が特定できません!」オペレーターが焦る中、レンは自分のパソコンの前に座り、不敵に微笑んだ。「大丈夫。通報が切れる直前、アミさんのスマホの通信プロトコルに、僕が作った『自動追跡コード』を1ブロックだけ滑り込ませておいた」レンがエンターキーを叩くと、画面の地図上に、猛スピードで移動する「赤い点」が浮かび上がった。「犯人の車は現在、首都高速を西へ向かっている。追跡を開始する!」 第2話 「現在の時速、100キロ。犯人の車はまもなく、八王子ジャンクションを通過します!」レンは画面を見つめながら、最寄りのパトカーに無線で指示を出した。しかし、犯人もタダ者ではなかった。レンのハッキングに気づいたのか、アミのスマホの通信を完全に遮断する「電波ジャマー(妨害装置)」を起動させたのだ。画面の地図上で、さっきまで動いていた赤い点がパッと消えてしまった。「電波が完全に消えました! これじゃ追えません!」指令室に緊張が走る。『レン、諦めないで。電波が消えたなら、別のデータをロードすればいいじゃない』レンのイヤホンから、お気に入りのネットフレンドであり、夜中にいつもプログラミングのバグ取りをしてくれる天才ハッカー・ルイの声が響いた。ルイはニュースで事件を知り、オンラインでレンのバックアップに駆けつけてくれたのだ。「ルイ! でも、スマホの電波がないと防犯カメラの映像も絞り込めない!」『スマホがダメなら、車のシステムだよ。今の高級車はみんなネットに繋がってる。犯人の車の「ETC(自動料金支払いシステム)」のログに割り込むよ。僕が高速道路のサーバーの防御壁を壊すから、レンは通過データを上書きして!』「分かった、条件分岐コードを流し込む!『もし犯人の車が料金所を通過したら、強制的に防犯カメラのシャッターを切る』だ!」二人の超高速コピペによって、再び画面に犯人の車のナンバープレートが鮮明に映し出された。第3話 「犯人の車を特定! 山奥の廃工場へ向かっています!」レンのシステムが、ついに犯人の目的地を割り出した。しかし、現地の警察部隊が廃工場に突入する直前、レンのパソコンに見たこともない「真っ黒な警告画面」が立ち上がった。「な、何だこれ……!? 警察のメインサーバーがロックされていく!」レンが驚いてキーボードを叩くが、一切の操作を受け付けない。「そこまでよ、警察の優秀なプログラマーさん」スピーカーから、変声機で加工された冷酷な声が流れた。誘拐犯のリーダーであり、警察のセキュリティーを裏からハッキングしている謎の黒幕だ。「あなたたちのシステムは、私が作った『無限バグ・プログラム』で完全にフリーズさせた。あと3分で、アミのスマホのデータも、警察の捜査データも、すべて木っ端微塵に消去してあげるわ」画面のカウントダウンが冷酷に刻まれていく。残り2分。『レン、手元からのデバッグじゃ間に合わない! 相手はデータを「ずっと削除する」のループに入れてる!』ルイの声が焦りで歪む。レンは冷や汗を流しながらも、ある「ハッタリ」のコードをテキストエディタに打ち込み、スピーカーに向かって叫んだ。「無駄だ! 君のバグに対抗して、僕はすでに『警察の全データをクラウドの別サーバーへ強制転送』している!」 第4話 「クラウドへ強制転送だと?……笑わせないで」画面の向こうの黒幕は、すぐに鼻で笑った。「現在のアクセスログを見る限り、そんな大容量のデータ通信は行われていない。中身のない、ただのハッタリね」黒幕もまた、プログラミングの仕様を知り尽くした天才だった。レンの嘘は一瞬で見破られてしまった。黒幕は勝ち誇ったように、さらに警察のサーバーへ強力なウイルスを送り込もうと、手元のキーボードを激しく叩いた。「これで終わりよ。さようなら、警察官」激突まであと1分。しかしその瞬間、黒幕のパソコンの画面が、鮮やかな緑色にフラッシュした。『――引っかかったのは、そっちだよ、黒幕さん』イヤホンからではなく、指令室のスピーカーから、ルイの不敵な笑い声が響き渡った。「な、何ですって……!?」驚く黒幕の声。レンは静かにキーボードから手を離した。「僕のハッタリの目的は、データの転送じゃない。あなたに『そのハッキングを確定させるために、エンターキーを押させること』だったんだ」『そう。僕たちのサーバーにはね、相手が「ウイルスを確定するキー」を叩いた瞬間、その電気信号を逆探知して、相手のパソコンのカメラを強制起動する「トラップ・コード」が仕込んであったのさ!』黒幕がキーを叩いた瞬間、黒幕自身のパソコンのインカメラが起動し、その背後に映る「廃工場の正確な間取り」と「犯人の顔」が、警察のモニターに100%の解像度で表示された。 第5話 「バ、バカな……私の完璧なセキュリティーが、乗っ取られていく……!?」黒幕の女は、自分の顔が警察に丸見えになっていることに気づき、恐怖で悲鳴を上げた。ルイのウイルスによって黒幕のパソコンの制御権は完全に奪われ、すべてのウイルスのカウントダウンがピタリと停止した。「レン、今よ! 犯人のパソコンを経由して、廃工場の電子ロックの解錠ルートが開通したわ!」オペレーターが叫ぶ。廃工場の前に待機していた警察の特殊部隊が、一斉に突入を開始する。残り時間、あと10秒。レンは最後のコードを打ち込んだ。「これですべてを止める!」レンが打ち込んだのは、Scratchでいう【「すべてを止める」ブロック】。犯人グループのすべての通信を遮断し、廃工場の照明を強制シャットダウンして真っ暗闇にする緊急コマンドだ。パチ、と廃工場の明かりがすべて消えた。暗闇の中、警察の特殊部隊が完璧な連携で犯人たちを瞬時に取り押さえ、トランクからアミを無事に救出した。「……救出成功! 犯人グループ、全員現行犯逮捕です!」無線から勝利の報告が響き渡る。指令室が大歓声に包まれる中、レンは椅子の背もたれに深く寄りかかり、ふぅ、と息を吐いた。画面の向こうでは、ルイの黒い猫のアイコンが、嬉しそうにピコピコと跳ねている。「今回も助かったよ、ルイ。お前がハッキングしてくれなきゃ、今頃データは全滅だった」『お互い様だよ、相棒。さて、事件も解決したことだし、今夜は僕の新作プログラムのデバッグ、朝まで付き合ってもらうからね!』「ハハ、了解。じゃあ、まずはその頑固なバグから直すか」二人の天才プログラマーのタイピング音が、静かな指令室に、いつまでも心地よく響き渡っていた。(『東京サイバー・レスキュー』 おわり)