1.予兆の黒雲 その日、東京の空は不気味なほどに濁っていた。 正午を過ぎたばかりだというのに、太陽は分厚い鉛色の雲に完全に遮られ、地上には深夜のような重苦しい暗闇が降りていた。スマートフォンの画面が放つ人工的な光だけが、行き交う人々の不安げな顔を照らしている。 「おい、見ろよあの雲……生き物みたいに渦を巻いてや がるぞ」 一人が指さした先、天空でとぐろを巻く黒雲は、まるで意志を持つ巨大な怪物のようだった。 冗談混じりのざわめきが本物の悲鳴に変わるまで、時間はかからなかった。渦巻く黒雲の中心が激しく脈動し、そこから紫色の禍々しい大稲妻が地上へ向けて垂直に突き刺さったのだ。 轟音——。鼓膜を破らんばかりの爆発音が響き渡り、アスファルトが木端微塵に弾け飛ぶ。 立ち込める黒煙を割って姿を現したのは、人間ではない。鋼鉄のような皮膚に、全身から無数の刃を生やした異形の怪物——宇宙犯罪組織マクーの残党を率いる怪人「ザンバ」であった。その背後には、異形の仮面をつけた戦闘員「マクー兵」が隙間なく並び、さらに奥の闇では、巨大な宇宙怪獣「マクー獣」が地響きを立てて咆哮をあげている。 「ふははは! 愚かな地球人どもよ! 怯え、惑い、絶望す るがいい。伝説の宇宙刑事はもういない。今日この時 を以て、この星の全エネルギーは我らマクーのものと なる!」 ザンバがその大剣を乱暴に振るうたび、周囲のビルは紙細工のように引き裂かれ、激しい炎が吹き上がった。人々は逃げ惑うが、包囲網を広げるマクー兵に行く手を阻まれ、次々と地面に組み伏せられていく。瓦礫の隙間で、幼い少女が泣き叫んでいた。その頭上に、マクー兵の容赦ない刃が振り下ろされようとする。 「やめろーーっ!」 その絶望の結界を破り、一人の青年が炎の中に飛び込んできた。 彼の名は、伊月 雷牙(いづき らいが)。 泥を被りながらも少女を抱き起こし、背後の安全な場所へと突き出す。そして、ゆっくりと立ち上がると、鋭い眼光でザンバを正面から睨みつけた。 「何だ、その眼は。ただの地球人が、この私に逆らう か?」 ザンバの嘲笑を、雷牙は真っ向から撥ね退けた。 「ただの地球人じゃない。俺は……この星の笑顔を守る ために帰ってきた、宇宙刑事だ!」 雷牙は一歩前に踏み出し、決意と共に右拳を力強く天へと突き上げた。 「蒸着(じょうちゃく)!!」 2. 0.05秒の脅威 『宇宙刑事ギャバン・ライトニングがコンバットスーツ を蒸着するタイムは、わずか0.05秒にすぎない。で は、その蒸着プロセスをもう一度見てみよう』 雷牙の魂の叫びと同時に、遥か上空、大気圏外の衛星軌道上に待機していた超次元高速機「ドル・ライトニング」の全システムが緊急起動する。 機体中央の超小型核融合炉から放たれた高エネルギー粒子「ハイ・パワー・クォーツ」が、大気を引き裂く熱線となって、地上で構える雷牙の身体へと正確に降り注いだ。 0.01秒。照射された粒子が雷牙の全身を包み込み、彼の衣服と細胞の表面を、分子レベルで特殊な電磁コーティングで覆い尽くす。 0.03秒。銀河連邦警察が誇る最新鋭の特殊合金装甲が、胸部、腕部、そして脚部へと恐るべき精度で定着。各パーツが火花を散らしながらガチリと噛み合っていく。 0.05秒。装着が完了したその瞬間、コンバットスーツの全身に刻まれたスリットから、烈火のごとき鮮烈な赤(ライトニング・レッド)のエネルギーラインが走り、頭部のバイザー「レーザー・スコープ」が、凶暴なまでに熱い赤色の光を放ってカッと発光した。 「宇宙刑事ギャバン・ライトニング!!」 名乗りを上げると同時に、ライトニングは爆風を蹴って跳躍した。その足元のアスファルトが、踏み込みの衝撃だけでクレーター状に陥没する。 「おのれ、小癪な真似を! ひねり潰せ!」 ザンバの凶悪な号令の元、数十体のマクー兵が一斉に槍を構えて襲いかかる。 しかし、ライトニングの動きはもはや肉眼で捉えられるものではなかった。それは闇夜を切り裂く「赤い雷光」そのものだった。 シュバッ! と空気を引き裂く鋭い風切り音がした瞬間には、すでに敵の懐に入っている。 「ハッ! ターッ!」 超振動を伴う拳がマクー兵の頑強な胸当てを容易く踏み抜き、強烈な後ろ回し蹴りが3体の敵をまとめて空中へ吹き飛ばす。スーツの赤い稲妻ラインから放たれる熱線プラズマ電撃が、触れるものすべてを内側から焼き尽くし、マクー兵たちを次々と爆散させていく。 「チェイサー・クォーツ!」 左腕のレーザーガントレットから放たれた真っ赤な高熱光弾が、後方から奇襲を仕掛けようとしていたマクー兵の脳天を正確に撃ち抜いた。圧倒的な速度と破壊力。これこそが、次世代の戦士に与えられた赤き稲妻の力だった。 3.絶望の暗雲と不屈の塊 「おのれ宇宙刑事め、ならばこれでどうだ!」 ザンバが狂ったように胸の制御装置のスイッチを押すと、空を覆う黒雲——惑星消滅兵器「暗黒雷雲(ダーク・ネビュラ)」がドクンドクンと不気味に脈動を始めた。 直後、街全体の磁場が異常な数値へと跳ね上がり、ライトニングのバイザー内に無数のエラーログが走り始める。 「ぐっ……!? システムの出力が……落ちる……!?」 関節部が鉛のように重くなり、ライトニングの動きがピタリと止まった。 「がはは! そのスーツは周囲のクリーンなエネルギーを 吸収して駆動するのだろう? ならば、この絶望と怨嗟 のエネルギーで満ちた暗雲が、お前の光を喰らい尽く してやるわ!」 暗黒雷雲の渦の中心から、禍々しい紫色の超高圧雷撃が、無防備なライトニングへと直撃した。 「あああああぁぁぁっーー!!」 凄まじい衝撃が全身の神経を焼き、ライトニングはたまらず片膝をつく。コンバットスーツの表面で美しく輝いていた赤いラインが激しく明滅し、やがて完全に光を失っていく。バイザーの内部では、エネルギー残量低下を告げるアラートがけたたましく鳴り響いていた。 (ここまでなのか……。俺の力じゃ、まだこの星を救う ことはできないのか……) 意識が急速に遠のきかける中、雷牙の脳裏に、銀河連邦警察の過酷な訓練所で交わした「あの男」との記憶が鮮明に蘇る。 伝説の初代ギャバン——一条寺烈。彼は、訓練で傷だらけになり泥を舐めていた雷牙の肩をがっしりと掴み、その熱い眼差しでこう言ったのだ。 『雷牙よ。コンバットスーツの性能だけに頼るな。宇宙刑事の本当の強さは、メカニズムの出力ではない。決して諦めない心だ。誰かを守りたいと願う魂の叫びこそが、お前のスーツを本物の光で満たすんだ!』 (そうだ……俺はまだ、何も諦めちゃいない。ここで倒れたら、あの少女の、この街の未来はどうなる!) 「俺は……宇宙刑事ギャバンだ! この星の、みんなの明日を守る戦士だーーッ!」 雷牙の魂の叫びに呼応するように、沈黙していたコンバットスーツのコアが激しく共鳴を始めた。 ドン、と胸の奥で爆発的な鼓動が跳ねる。次の瞬間、スーツの内部から、かつてない真っ赤な高熱プラズマエネルギーが濁流のように噴き出した。外側から圧し掛かっていたマクーの呪縛(暗黒エネルギー)を力任せに撥ね退け、ライトニングのボディは、先ほどよりも一層激しく、太陽よりも熱い赤の輝きを取り戻した。 4.高速の一撃 「バ、バカな!? エネルギーが逆流しているだと!? 出 力が測定不能だと!?」 信じられない光景に狼狽し、一歩、また一歩と後退りするザンバ。その醜悪な姿を、ライトニングの赤いレーザースコープが完全にロックオンした。 「ザンバ、貴様たちの卑劣な野望も、その不快な暗雲 も……俺の光で叩き切る!」 ライトニングは、腰を深く落とすと同時に、右手を力強く右から左へと振り下ろした。 「レーザーブレード!!」 その呼び声に応え、右拳から伸びた光の刃。それは、まばゆい赤色のプラズマを極限まで圧縮した、エネルギーの塊だった。ジジジ……と空間を焼く音を立てて激しく震えるその刃は、闇夜を文字通り真っ赤に染め上げる。それこそが、彼の不屈の魂の具現だった。 ライトニングは地面を爆破するように蹴り上げ、遥か上空、暗黒雷雲の真っただ中へと跳躍した。 黒く渦巻く絶望の雲を背景に、銀と赤の戦士が美しく舞う。 「これで終わりだマクー! ギャバン・ライトニング・ダ イナミック!!」 光速を超えた超次元の一閃が、空中から地上へと急降下しながらザンバへ向けて振り下ろされた。 目にも留まらぬ速さで空間ごと十文字に切り裂かれ、ザンバの動きが完全に止まる。 「サ、サヨナラえーーっ! マクーよ、永遠なれーー っ!!」 断末魔の叫びと共に、ザンバの巨躯は激しい大爆発を起こし、塵ひとつ残さず消滅した。 それと同時に、空を覆っていた不気味な「暗黒雷雲」は、パラパラと赤い光の粒子となって霧散していき、雲の隙間から、温かく、眩しい、本物の太陽の光が街へと降り注いだ。 戦闘を終え、夕焼けに染まる小高い丘に立つ雷牙。 システムをオフにし、ヘルメットを解除する。汗に濡れた前髪をかき上げ、静かに平和を取り戻した街を見下ろした。その表情には、初めての死闘を終えた安堵と、これから始まるマクーとの長い戦いに身を投じる、宇宙刑事としての固い決意が宿っていた。 「頑張れ、雷牙! 負けるな、宇宙刑事ギャバン・ライトニング! 平和を守るための戦いは、まだ始まったばかりだ。」 (第一話・完)