## 2.だれもいないまち 後半 図書館の前には、すでに十数人が集まっていた。 誰もが落ち着かない顔をしている。拳銃を握りしめている者、スマホを何度も確認している者、誰かに怒鳴っている者、座り込んで震えている者。 その中で、一人だけ空気が違う男がいた。 緑がかった自衛隊の制服に似た服装。背筋は伸び、視線は鋭い。年齢は三十代後半ほど。周囲の動揺を受け止めながらも、自分は決して揺らがない。そういう立ち方をしていた。 男の隣には、ノートパソコンを抱えた女性がいる。二十代半ばほどだろうか。表情は明るいが、目は忙しなく周囲を観察している。 さらにそのそばに、市役所員のような落ち着いた服装の男が立っていた。地味だが、周囲への警戒を怠っていない。 根津が近づくと、制服の男がこちらを見た。 「根津兎だな」 「はい。警察官の根津です」 「音流寝峯。元自衛隊中将だ」 中将。 名前の呼びにくさも相まって、根津は一瞬、聞き間違いかと思った。 だが、周囲の反応を見る限り、冗談ではないらしい。 「……中将って、かなり偉いですよね?」 「階級の話をしている余裕はない」 「ですよね。すみません、庶民的な驚きが出ました」 音流は根津の軽口には反応せず、視線を三人に移した。 「猫山宗太。天城和声。これで十六人!」 ノートパソコンを抱える女性、甘田が、その画面を確認しながら言う。 「地図上だと、他に四人いるんだけどね。こっちへ向かう気配なし。一人はずっと同じ場所、二人は移動中だけど合流地点とは逆方向、もう一人は……これ、電波おかしくない? 位置が飛んでる」 「来ない者を待ち続ける余裕はない」 音流は静かに言った。 「現在、この場にいる十六名で行動方針を決める」 その声は大きくない。 けれど、不思議と全員が黙った。 命令に慣れている声だった。 人を従わせるために怒鳴る必要がない人間の声。 「まず確認する。我々はチームAとして分類されている。ゲーム運営が何者かは不明。街に一般市民は確認されていない。各自に拳銃、スマートフォン、異能が与えられている。ここまでは全員同じ認識でいいな」 何人かが頷く。 その中の一人、木戸舞香が腕を組んで言った。 「で? 結局どうするの。敵チームを探して潰すの?」 巫女装束のような服に身を包んだ女性だった。鋭い目つきと、隠す気のない苛立ち。状況への恐怖よりも、先に戦意が出ている。 「判断が早いね」 根津が思わず言うと、鶴戸は睨んできた。 「遅いよりマシでしょ。向こうが殺す気なら、こっちが迷ってる間に死ぬ」 「その可能性はある」 音流は否定しなかった。 「だが、現時点で無差別に交戦するのは悪手だ。敵の人数、能力、配置、目的。情報が足りない」 「情報集めてる間に襲われたら?」 「だから単独行動を避ける」 音流はスマホの地図を全員に見せた。 「チームAは長江町周辺に固まって配置されている。他チームも同様に、一定範囲に集められている可能性が高い。つまり開始直後の衝突は避けられている。運営は最初から殺し合わせるのではなく、各チームに合流と準備の時間を与えている」 「親切な運営ですね」 甘田が皮肉っぽく言った。 「殺し合いをやらせるくせに、準備時間だけはくれるんだから」 「これは親切ではない。管理だ」 音流は言い切った。 「こちらを分散させすぎれば、混乱でゲームが成立しない。固めすぎれば、最初から大規模戦になる。今の配置は、探索と小規模接触を促すためのものだ」 根津はその言葉に、少しだけ背筋が冷えた。 探索を促す。 つまり、この誰もいない街を歩かせたい理由がある。 「じゃあ、僕らはその誘導に乗るんですか?」 根津が尋ねると、音流はこちらを見た。 「乗る。ただし、相手の意図を理解した上で乗る」 「方針はこうだ。第一に、チームAの生存を最優先とする。第二に、敵チームとの不要な交戦は避ける。第三に、この街とゲームの情報を集める。第四に、黄泉月時雨、久野修斗を含む他チームの警察関係者との接触は、慎重に行う」 根津の心臓が跳ねた。 「黄泉月さんと久野さんを知ってるんですか?」 「参加者一覧に警察関係者が複数いる。お前の反応から見て、知人か」 「……上司と先輩です」 「ならば接触時の交渉役はお前が適任だ。ただし単独接触は認めない」 命令のような言い方だった。 だが、根津は反発しなかった。 音流は正しい。 この状況で、感情だけで動けば死ぬ。 黄泉月が相手でも。 久野が相手でも。 「分かりました」 根津が答えると、音流は頷いた。 「これより、三人一組を基本単位として探索に出る。この場にいる十六人を五班に分ける。俺の班のみ四人だ。連絡はスマホのチームチャットを使う。定時連絡は一時間ごと。緊急時は即時。交戦は回避を基本とし、やむを得ない場合のみ応戦する」 木戸が不満そうに舌打ちした。 「結局、逃げ腰じゃない」 「生存戦略だ」 「敵を減らせば生存率は上がる」 「敵の情報がない状態で攻めれば、こちらが減る」 二人の視線がぶつかる。 空気がわずかに尖った。 だが音流は感情を動かさない。 「木戸舞香。お前の異能は【烈火】だったな」 「そうだけど」 「攻撃能力は貴重だ。だからこそ、無駄撃ちは許可しない」 「それは命令?」 「少なくとも、これは提案ではない」 木戸はしばらく音流を睨んでいたが、やがて視線を逸らした。 「……分かったわよ。今は従う」 「十分だ」 音流はスマホに表示した名簿を見ながら、淡々と班を読み上げていく。 「第一班。音流、甘田、上士幌、もう一名。ここを本部兼遊撃とする」 名前を呼ばれた上士幌 芹が軽く手を上げた。 市役所員と聞いていたが、目つきは妙に鋭い。根津はその顔を見て、どこか引っかかるものを覚えた。 「第二班。南原を班長とする。戦闘対応を優先。長江町北側を確認」 南原博は、軽く笑って肩を回した。 「了解。久しぶりに班長なんて呼ばれると肩こるな」 「元自衛隊だろう」 「もう引退した身なんでね。今は平和なエンジニア兼マジシャンだ」 「拳銃を持ったマジシャンは平和から遠いだろう」 「それはそう」 周囲に小さな笑いが起きる。 「第三班。潮見を班長とする。長江町東側、図書館周辺施設の調査」 潮見博は、目立たない男だった。 声を荒げることもなく、誰かに必要以上に近づくこともない。白衣ではなく普通の服装なのに、研究室の空気をまとっている。 根津と目が合うと、潮見はほんの少しだけ会釈した。 笑ってはいない。けれど敵意もない。 何を考えているのか、読めなかった。 「第四班。根津、天城、猫山」 「はい」 根津は返事をした。 横で猫山が姿勢を正す。天城は無言で頷いた。 「根津班は長江町西側を確認。西長江中学校、周辺住宅街、商店街を見ろ。敵との接触時は交渉優先。ただし猫山を前に出しすぎるな」 「僕、そんな突っ込みそうに見えます?」 「見える」 音流、天城、根津の声が重なった。 「三人同時!?」 猫山がショックを受けた顔をする。 根津はその肩を叩いた。 「大丈夫。勇敢なのは長所だよ。短所にもなるけど」 「言い方!」 少しだけ場が和む。 音流は最後の班を告げた。 「第五班。木戸を班長とする。南側の確認を担当。敵影を発見した場合は即時報告。独断交戦は避けろ」 「はいはい」 「返事は一度でいい」 「はい」 木戸は不満げだったが、従う気はあるようだった。 根津はその様子を見ながら、少しだけ不安を覚えた。 彼女は悪い人間ではないのかもしれない。 ただ、判断が早すぎる。 このゲームでは、それが強さにもなり、危うさにもなる。 「各班、出発前に装備を確認しろ」 音流が言う。 「銃の安全管理を徹底。味方への銃口管理を怠るな。食料、水、応急処置に使えるものを確保。街にあるものが利用可能かも確認する。敵を倒すことより、今日を生き残ることを優先しろ」 今日を生き残る。 その言葉で、根津はようやく実感した。 これは悪夢ではない。 少なくとも、ここにいる人間たちはそう思って動き始めている。 ならば自分も動かなければならない。 警察官として。根津兎として。 まだ分からないことだらけでも。 「根津」 音流に呼ばれ、根津は顔を上げた。 「お前は明るい。こういう状況では、それも能力の一つだ」 「え、褒められました?」 「浮かれるな。明るさは人を支えるが、判断を鈍らせることもある」 「褒めてから落とすタイプでしたか」 「猫山を守れ。天城の言葉を聞け。そして、自分一人で結論を出すな」 根津は一瞬、言葉を失った。 その指示は、妙に的確だった。 まるで根津が一人で抱え込みやすいと、最初から分かっているように。 「……了解しました」 音流は頷き、別の班へ視線を移した。 根津は天城と猫山の方へ向き直る。 「というわけで、根津班、出動です」 「軽いですね」 猫山が笑う。 「重く言った方がいい?」 「いや、そっちの方が根津さんっぽいです」 「会って一時間も経ってないのに、もう僕っぽさを把握されてる」 「分かりやすいので」 「天城さんまで?」 「否定はしない」 根津は胸に手を当てた。 「味方からの評価が雑」 猫山が笑い、天城がわずかに口元を緩める。 その小さな変化だけで、根津は少し救われた気がした。 根津は図書館の外へ出ると、スマホの地図を確認し、西長江中学校の方角を指した。 「まずは学校周辺から見よう。人がいない理由が何か分かるかもしれない」 「はい!」 「敵がいた場合は?」 天城が尋ねる。 根津は少し考えた。 黄泉月。久野。 違うチームにいる知人たちの名前が、頭をよぎる。 「まず話します」 「撃たれたら?」 「逃げます」 「逃げられなければ?」 根津は拳銃の重みを意識した。 答えたくない問いだった。 それでも、答えないわけにはいかなかった。 「……その時は、守ります。自分と、二人を」 天城は根津の顔を見た。 その視線は、責めているわけでも、試しているわけでもない。 ただ、音を聞くように、根津の言葉を確かめていた。 「分かった」 短く、天城は言った。 猫山が拳を握る。 「僕も守ります。根津さんも、天城さんも」 「ありがとう。でも猫山くんは、まず自分を守ること」 「それも守ります!」 「欲張りでよろしい」 三人は歩き出した。 西長江中学校へ続く道は、見慣れた通学路だった。 ただし、生徒はいない。 自転車もない。 この街は異常だ。 けれど、異常の中にも人間はいる。 考える人間がいる。 怖がりながら、それでも前へ進む人間がいる。 根津は拳銃ではなく、スマホを握り直した。 「よし。根津班、調査開始」 「はい!」 「了解」 青山市は、まだ沈黙している。 その沈黙の奥で、何かがこちらを見ているような気がした。 【登場人物】 @nezuu 様「根津 兎」(ねず う) @donpisha168 様「甘田 古来」’(かんだ こらい) @ra-mennhasioha 様「上士幌 芹」(かみしほろ せり) @Tabataru 様「南原 博」(みなみばら ひろし) 猫山 宗太(ねこやま そうた) 天城 和声(あまぎ わせい) 音流 寝峯(ねる ねるね) 木戸 舞香(きど まいか) 潮見 博(しおみ はく)